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2017-08-05 21:15:55

ヒロヨの誕生日

テーマ:ヒロヨのこと

 

今日はヒロヨの誕生日。

 

ヒロヨが生まれてきてくれてよかったなあ。

 

ヒロヨに出会えてラッキーだったなあ。

 

ヒロヨと親友になれてよかったなあ。

 

だけど、もっと一緒に生きていてほしかったなあ。

 

…2012年に祝った最後の誕生日の写真を見ながら

 

私はしみじみそう思う。

 

目を閉じてヒロヨの顔を思い浮かべる時、

 

私の瞼の裏に鮮明に見えるのは、

 

ヒロヨに預けた次女を迎えに行った時

 

私たちを車まで見送りに出てくれて

 

次女にギュウッとハグして、カーシートに乗せて

 

チュッとキスして「アイラブユー」の言葉を交わした後、

 

助手席の窓から運転席の私を覗き込んで

 

「ほんならね、ち〜ろ。気ぃつけて帰りゃあよ〜!」と、

 

毎回同じように声をかけてくれた顔。

 

もしくは、ランチ抜きで仕事をする私のところに

 

何か食べるものを持って来てくれて

 

「これ食べや〜」と言ってくれた顔。

 

いつもいつも私のことを気遣ってくれていた、

 

まるで私のお母さんか奥さんみたいだったヒロヨの顔。

 

でも、たぶんそれは私だけに限ったことではなく、

 

きっと多くの人がヒロヨの「気遣い」の恩恵を受けたことだろう。

 

だから盛和塾で「利他」の心を学ぶたび、

 

私は必ずヒロヨのことを想う。

 

本当に人のために尽くすということは、

 

ヒロヨのように愛をもって、心を配るということ。

 

自分のことよりも先に、誰かのことを思いやるということ。

 

まったく恩着せがましいことなど言わず、

 

ただただ私たちのことを気遣ってくれた、ヒロヨ。

 

ありがとう。

 

ありがとうね。

 

私も誰かにとってのそんな存在になれるように

 

一生懸命生きていくよ。

 

ヒロヨの分までみんなを愛していくよ。

 

8月10日は、私にとって本当に大事な日。

 

ヒロヨ、生まれてきてくれてありがとう。

 

私と出会ってくれてありがとう。

 

ずっと一緒にいてくれてありがとう。

 

ああ、会いたいなあ、会いたいなあ。

 

ヒロヨ、お誕生日おめでとう。

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2017-05-27 20:03:54

テーマ:ブログ

 

たとえば学校の廊下で

街の喧騒の中で

波を待つ海の上で

エアポートの待合室で

ライブを聴くレストランで

 

たまたま偶然同じ場所に居合わせた

まったくの他人と出会い

ちょっと言葉を交わしたりすると

その人は見知らぬ人から

友達になったり

恋人になったり

かけがえのない人になったりする。

 

縁というのは、不思議ですてきで

時には切なくて、いつもありがたい。

 

ワイキキの街の中で

道行く人たちを眺めていると

本当にいろんなカップルがいる。

 

無表情だけどしっかり手を繋いでいる壮年夫婦や

街角で見つめあうセクシーなカップルや

交差点の真ん中でウエディング写真のために

飛び上がってポーズをキメる新婚さん。

 

そんな人たちを微笑ましく眺めなだら

この二人はどうやって知り合ったのかな

あの子達はどんな恋をしているのかな

なんて、ぼんやり思いを馳せたりする。

 

「千尋さんはどこでジュニアと出会ったの?」

「何がきっかけ?」

「どうして彼に決めたの?」と

私も時々聞かれることがある。

 

あの日、あの場所に、もしどちらかが行かなかったら

私たちは一生出会うこともなかったのかもしれない。

だけど、このせまいハワイのことだから、

もしかしたらどこか他の場所で出会っていたのかもしれない。

 

「偶然なんてない」

「起こることはすべて必然」

 

そんな言葉を思い出した。

 

 

 

 

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2017-01-19 21:16:28

大統領

テーマ:美しきひとびと

 

私の前夫は黒人だったので、

彼の祖先はおそらくアフリカから

奴隷としてアメリカに売られて来て

過酷な人生を送った人々なのだろうと思う。

 

彼の両親は、彼がまだ幼い頃離婚して

父親はもう行方もわからなかったので、

私が紹介されたのは彼の母方の家族と

再婚相手のジョージだけだった。

 

母方の祖父母は、普段からとてもきちんとしていて、

孫の家族に会いに来るのにもスーツ着用だった。

 

彼らはワシントンDC郊外のバージニア州の

広い敷地内のこぎれいな一戸建ての

赤いレンガの家に住むミドルクラスで

大多数が貧困に苦しむアメリカの黒人の中では、

地味だけれど豊かな暮らしをしていた方だと思う。

 

寡黙な祖父は機械のエンジニアで、

すでにリタイアしていたけれども

家の周りのものは自分の手で作ったり直したりした。

 

働き者の祖母は庭で野菜を育て、

収穫すると瓶詰めにして保存し、

全粒パンをたくさん焼いて冷凍保存し、

家族が集まる時にはその食材を使って料理をした。

 

サンクスギビングにはターキーとスタッフィングの他に

瓶詰めグリーンビーンズのキャセロール、

バターが2本以上入っていた甘いヤム芋、

野菜とゼラチンを型に入れて作ったサラダ、

温めた全粒パンにバターをたっぷりつけたもの、

バニラアイスを添えたアップルパイとパンプキンパイ、

そして砂糖とミントがいっぱい入ったアイスミントティー。

 

朝食にはグリッツとスクランブルエッグと

全粒パンのトースト。

 

すでにベジタリアンだった私は、

肉も卵も食べなかったけれど、

ヤム芋はおいしかったのでレシピを教えてもらって

バターの多さに愕然としたのを覚えている。

そしてグリッツは、今でも時々食べたくなる。

 

1980年代のアメリカでは、お母さんが弁護士で

お父さんが医者という裕福な黒人家庭を描いた

テレビドラマ「コズビーショー」が大人気で、

マイケル・ジャクソンやプリンスがスーパースターで、

黒人だけでなく白人にも大ファンが多かったので、

実際にDC郊外の白人タウンに行くまでは、

「人種差別」というのはもうほとんど存在しないものだと

私は勝手に思い込んでいた。

 

前夫はいわゆる「白人学校」に通い、

いつも白人の友達と遊んでいたけれど、

一番仲良かった親友のバースデーパーティーに

自分ひとりだけが招かれなかった時、

「ママが黒人は呼んじゃダメだって言うんだ」と

親友に告げられ、「人種差別」の痛みを

幼心に初めて知ったと言っていた。

 

8年前、初の黒人大統領が選出された時、

アメリカ中の有色人種が明るい未来を予感し、

これからすべてが変わって行くような気がした。

 

でもそれと同時に、一部の白人至上主義者たちが

どれほど憤慨し、反対しているかを聞いて

何かとても暗くて冷たいものを感じた。

 

おそらくオバマ大統領の8年間は、

そんな暗くて冷たいものと闘う日々だっただろう。

彼や多くの人々が思い描いていた未来へは、

まったく近づけなかったのかもしれない。

 

最初から「すべてに反対する」と宣言していた共和党の

強い圧力でなかなか前に進むこともできず、

有色人種の中にも、初の黒人大統領の消極さに

がっかりした人が多かったとも聞いた。

 

それでもオバマ大統領が残したレガシーには、

たくさんの人々が感謝している。

 

どれほど多くの白人至上主義者たちが

オバマ大統領を陥れようと暗躍しても、

スキャンダルをひとつも見つけられなかったこと。

「やっぱり黒人はダメだ」と容易には言わせなかった

人格と教養の高さ。

 

これから億万長者の白人男性たちが政権を握り、

アメリカはどれほど歴史を逆行するのかと

ナーバスになっている人の声がニュースで流れる。

 

でも、不安要素にフォーカスしてはいけないと思う。

 

アメリカが人種差別大国に逆行しないためには、

ひとりひとりが人格と教養を高めて行くこと、

そして、心を正して行くことが必要なのだろう。

 

前夫の祖父母が真面目に一生懸命働き、

子供たちを厳しく躾け、しっかりと教育を与え、

アメリカ社会の底辺に落ちないよう頑張ったように、

日系の先人たちがハワイで活躍してきたように、

 

希望にフォーカスして行こう。

 

いつかまた黒人大統領や、

もしかしたら日系大統領や、

女性大統領が誕生する日もきっと来る。

 

 

 

 

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2016-06-14 19:06:05

至福

テーマ:私のこと


今朝、家の外に出たら快晴で、
ああ、いい天気でよかった~!と、
ひとりでパーキングの車まで歩いて行ったら
きれいな虹がパーっと目に入った。

なんの根拠もないのだけど、
私はそれがヒロヨからの誕生日プレゼントのような気がして
「ヒロヨ、ありがとう~!」と思わず声に出した。

サントワさんからのカードに書いてあった
「ヒロヨちゃんの分まで長生きして」という言葉に
あ~、そうだな、ヒロヨちゃんが生きられなかった日々を
私は大事に生きなくちゃ、と思ったら、泣きそうだった。

そしてたくさんの人たちからのお祝いメッセージや、
小学生みたいな拙い日本語で書かれた
子供たちからのカードを読んで、心がホカホカになった。

私の年齢を知らない次女からの「なんサあいなの?」と
書かれた言葉には笑ったけど、
ケンからの「マミーの子でほんとうに良かった!」
という言葉に、目頭がジーーンと熱くなった。

私はなんて幸せなんだろう、と
宇宙に、神様に、仏様に、ご先祖様に、
私の周りのすべての人に、
心の中で手を合わせて感謝した。


皆さん、ありがとうございます。

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2016-02-12 18:59:00

3年

テーマ:ヒロヨのこと



昨年から私の「ジュニマネ日記」を読み始めた母に
「もうヒロヨちゃんのお墓の写真を
毎日毎日ブログに載せるのはやめなさい」
「お墓に毎日行くのはいいけど、もう写真はやめなさい」
と、実家に帰った時だったか、私はたしなめられた。

いつまでも私がそんなことをしていては
ヒロヨが成仏できないと思っているのか、
世の中の人々はお墓の写真なんか見たくないのだから、
もうやめた方がいいと思っているのか…
まあ、たぶんその両方だろう。

娘が「いつまでも親友のお墓の写真をブログに載せる
気味の悪い人」と世間から思われるのが
母には辛いのかもしれない。

ヒロヨのお墓を作ってくれたヒロヨのお姉さんに
毎朝感謝しながら、私はお花の水を替え、
手を合わせて、目を閉じて、
あらゆる人の顔を思い浮かべて
「ありがとう瞑想」をする。

忙しくてお墓に行けない日が続くと、
霊園の近くを通るたびに、
心の中で手を合わせる。

私がヒロヨのお墓に行かなくなって
ヒロヨのことを忘れて暮らす日が1日でもあったら
ヒロヨも私のことを忘れてしまうのじゃないかと
私は不安になる。

もしも私がヒロヨより先に死んでいたら、
ヒロヨはきっと同じように
たぶん毎日私のお墓に来たのだろうと思う。

でも、もしも私が本当にヒロヨより先に死んでいたら、
その後ヒロヨに何かあった時に
リオを守ることができなかったわけだから、
やっぱり私はヒロヨのためにも
こうして生かされているのだろうと思う。

世の中に起こるすべてのことは、
きっといつかの良いことのために起こっている。

ヒロヨは自分でも知らないうちに命をかけて、
リオを守ったのだろうと思う。

だけどやっぱり
私は今でもヒロヨに会いたい。

あの笑い声を聞きたい。

一緒に思い出話しをしたい。










会えなくなって、3年。

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2015-12-04 18:48:03

裏庭の池

テーマ:私のこと


ものすごく眠い時に文章を書くと、
だんだん朦朧としてきて、自分が何を書いているのか、
何を書きたいのかもわからなくなり、
それを翌朝読んでみると、
自分でも驚くほど意味不明だったりする。

そんな状態になるのはだいたい真夜中で、
急いで終わらせたい書き仕事の途中とか、
ワインを飲んだ後にブログを書き始めた時なんかだ。

それが今日の遅めの午後、オフィスで
コンピュータに向かい、クライアントのために
弁護士に宛ててメールを書いている時、
しかも自分では眠いなんて思っていなかった時に、
一瞬スペースアウトしてしまったのか、
私は「えーーっ?!」と、声を出してしまうほど
変なことを書いていた。

その弁護士に私は、
「彼のために手紙を書いてくださいませんか?」と
依頼事項を書いていたつもりだったのだが、
いったい私の頭の中で何が起こったのか…

ボーっとしながらタイプを打ち込み続け、
ハタと我に返って文章を読み返してみると、
そこにはなんと、

「彼のために裏庭に池を作ってもらえませんか?」と
まったく思いもよらないことが書いてあった。

これ誰が書いたのー?!
…と叫ばずにはいられない言葉。

だってその時私は、裏庭のことだって、
池のことだって、これっぽっちも考えていなかった。

それまでだって一度も、池を欲しいなんて望んだことも、
クライアントと池の話をしたこともなく、
裏庭の池に関する本も記事も読んだことはなかった。

そこにいた皆は「何かに取り憑かれたんじゃないの」と笑った。
あとでその話をジュニアにすると、
「自分で気づいていないかもしれないけど、
もしかしたら潜在意識の中で千尋は、家の小さな裏庭に、
池を欲しいと思ってるのかもしれないよ」と爆笑しながら言った。

そのメールのスクリーンショット
(あまりにもウケたので写真に残した)をサシャに送ってみたら、
彼女は私から英文の校正を頼まれたのだと思い、
「スペルが一箇所だけ間違ってたけど、あとは大丈夫」と返事をくれた。

「ねえ、本当にあとは大丈夫なの?」と、思わず電話して聞くと
サシャは「あ、そうか。裏庭はワンワードね」と言う。

そこ?そこなの?

「裏庭に池を作ることに対しては、何も思わなかったの?」と
あまりのおかしさに涙ぐみながら聞くと、
「この弁護士は、造園のビジネスもしてるの?」と聞き返すサシャ。

私はお腹を抱えて笑いながら
「本当は、彼のために手紙を書いてくださいって、
そう書くつもりだったのよ~~」と教えたら、
サシャも「やだ~~、変だと思ったよ~~」と大爆笑。

ヒーヒー言いながら、涙流して笑いながらも、
人間の脳の不思議に畏怖の念を覚え、
こんなにも意味不明な文章を書いてしまった自分に
なんだか少し空恐ろしいものを感じた。















裏庭に池…。

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2015-11-12 18:16:18

あなたにしか聞こえない

テーマ:美しきひとびと


ヒロヨの眠る霊園に行くたびに
いつも目についていたこのお墓。

テッド・マカレナと書いてあるので、
私は毎回「ヘ~イ、マ~カレナ♩」という、あの
陽気な振り付けの歌を思い出していたのだけど、

あの歌とは関係なく、あまりに聞き覚えのある名前だったし、
しかもその墓標に書いてある言葉が私にはとても気になった。

一般的な墓標の言葉には「Beloved Wife and Mother」とか
「Forever in our Hearts」などがある。

でも、テッド・マカレナの墓標には、
「SO SOFTLY ONLY YOU CAN HEAR」と書かれている。

「そのかすかな音は、あなたにしか聞こえない」
…それとも、「あなただけに聞こえる、かすかな声」

どちらにしても、墓標に刻むほどの深い意味があるとしたら
それはテッド・マカレナの言葉なのだろうか。
それともテッド・マカレナの遺族から彼への言葉なのだろうか。

そのお墓の前を通るたびに私はその言葉を読み、
30代で亡くなったテッド・マカレナは何者だったのだろうと
見知らぬ人に想いを馳せるのだけど、
霊園を出ればそのことはもうキレイさっぱり頭から消え去る。

ある夜、ふと「テッド・マカレナ」のことを思い出した私は、
ついにその名前をグーグルで検索してみた。
彼はハワイではとても有名なゴルファーだった。

その名前に聞き覚えがあったのは、
テッド・マカレナというゴルフコースがあるからだった。

生まれたのは、墓標にあったのと同じ1934年6月14日、
34歳の若さで亡くなったのは、1968年9月13日。
彼はジュニアのお父さんと同じ年代に、同じ学校を卒業している。

さっそくジュニアのお父さんにテッド・マカレナのことを聞いた。

「有名なゴルファーだったのよ」と言うと、
お父さんはテッドについていろいろ話し始めた。
でも、「SO SOFTLY ONLY YOU CAN HEAR」という言葉の意味は
お父さんも知らなかった。

グリーンの上で、白いゴルフボールをじっと見つめながら、
テッドは彼だけに聞こえる音を聞いたのだろうか。









ポチ…っと。

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2015-07-13 21:24:52

アンクル・ロジャー

テーマ:美しきひとびと


アンクル・ロジャーは、コアロハウクレレのパパさんと親しくて、
しょっちゅうコアロハの工場に入り浸っていた。
だからジュニアにとっても私にとっても
コアロハの工場が、アンクル・ロジャーとの出会いの場だった。

フェイスブックで繋がって以来、
アンクル・ロジャーは私が掲載する家族写真に
いつもユーモアのあるコメントを残してくれた。

お父さんのフェイスブックにも、
ジュニアのフェイスブックにも、
いつもアンクル・ロジャーのコメントがあった。

アンクル・ロジャーが、私の「ジュニマネ日記」を
グーグルで変な英語に翻訳して
読んでくれていたのも知っている。

アンクル・ロジャーはジュニアのお父さんや、
ブライアン・トレンティーノや、
うちの健と同じ学校の出身だからか、
いつも『ケンチャン、ケンチャン」と、
健のことも気にかけてくれていた。

彼は郵便局の職員だったけれど、
ハワイアンミュージックが大好きで、
自ら作詞作曲することも多かったと聞いていた。

カントリー・コンフォートが歌った「Rainy Day Song」を
アンクル・ロジャーが作詞作曲したということは、
昨夜アンクル・ロジャーの訃報を聞いた後、初めて知った。

いつもいつも笑顔しか見たことのない人が
突然いなくなってしまうことの深い悲しみを
私はまた思い出した。

アンクル・ロジャーと最後に会って挨拶を交わしたのは
コアロハ・パパの70歳のバースデーパーティーだったか、
それとも去年のウクレレ・フェスティバルだったか。

その時何を話したのかも、
私はもう忘れてしまった。

アンクル・ロジャーとは、
もうすぐ開催されるコアロハの20周年パーティーで
またいつものように会えるものだと私は思っていた。

「今度会ったら聞いてみよう」と思っていた
アンクル・ロジャーのストーリーを、
私はもう聞くことができない。

アンクル・ロジャーに「いつもありがとう」と
お礼を言うことすら、私にはできなかった。

私が管理しているお父さんのフェイスブックにも
アンクル・ロジャーはコメントを書き込んでくれていたのに
返事すらできないままに、彼は逝ってしまった。

「大事なことを後回しにしてはいけない」

それは知っていたつもりなのに、
私はまたいつものように
日々の忙しさにかまけていたのだった。

ああ~、アンクル・ロジャーはいつも楽しくて
朗らかで、いい人だったなあ~と、今さら思う。

アンクル・ロジャーは今頃ユーホリアの中で、
彼が愛したハワイアンミュージック界の
先に旅立った大御所たちに会っているのかもしれない。

アンクル・ロジャー、
今までたくさんの笑顔をありがとう。


ありがとう。









また会う日まで。

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2015-06-12 17:51:02

生まれ変わり

テーマ:ヒロヨのこと



これまでに私は、
たくさんの人が書いた死生観についての
いろいろな文章を読んできた。

輪廻転生を信じる人、信じない人、
まるで見てきたかのようにその仕組みを語る人、
さまざまな信仰や、宗教や、宇宙観や、学識や臨床例。

死んでみなければわからないことだから、
生きている間は誰にも真実はわからない。

臨死体験を経た人や、霊感のある人、
ヒプノセラピーで前世が見えた人など、
「見える」人には、本当に見えるのかもしれない。

でも私には、まったく見えない。

ヒロヨが亡くなってから数日間、
金縛りにあったり、不思議な夢を見たり、
「見える人」から話を聞いたりしたけど、
本当のところは今もわからない。

ヒロヨの魂は、大きな光の中に帰って行って、
私たちを包み込んでいるのかもしれない。

私たちが思い続ける限り、
ヒロヨは私たちの中に生きている。
目を閉じればその笑顔が浮かぶし、
耳をすませば、なつかしい声が聞こえる。

動物にも、花にも、風にも、人間にも、
すべてのものに、神が宿っているという、
その神はもしかしたら、
光の中に帰って行った魂たちなのかもしれない。

それともこの世に魂なんてなくて、
死んでしまった後には、
ただ「無」があるだけなのか。

私は魂の存在を信じているし、
深い縁のあった人たちとは、死んでしまった後でも
いつかきっとまた会えるような気がするのだけれど、

それはいつなのか。

どんなきっかけで生まれ変わって、
どんなふうに次に出会うのか。

もしも、サシャから生まれたブルックリンに
ヒロヨの魂が宿っているとしたらどうなのだろう?

みんなと一緒にいるのが大好きだったヒロヨが、
早くまたみんなと一緒にいられるようにと
急いでブルックリンに生まれ変わってきたとしたら?

私たちがあんまり会いたがるものだから、
「しょうがないねえ」と思ったヒロヨの魂が
ブルックリンに入って生まれてきたのだとしたら?

先週、海で波待ちをしながらそう思いついた時、
私は子供みたいに涙があふれて止まらなかった。

泣きながら波に乗り、泣きながらまたパドリングをして、
「ブーちゃんはヒロヨなの?」と、遠くの海に問いかけた。

もしそうだったら素敵だけど、
真実は誰にもわからない。

ヒロヨの魂のかけらは、ブルックリンに入っていたり、
昨日お墓に供えた花に入っていたり、
いつか生まれるリオの子供に入っていたり、
今吹き過ぎて行った風にも入っていたりするのかもしれない。

それとも、ヒロヨは私が死ぬのを待っていて、
光の中で迎えてくれるのだろうか?
また生まれ変わって一緒の時代を生きるのだろうか?

人間って不思議で、
魂って不思議で、
縁って不思議で、


やっぱり人生ってすばらしい。

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2015-06-10 18:57:18

隣の部屋

テーマ:ヒロヨのこと


死なんて、まったく何でもないのです。
何に値するものでもありません。
私はただ、するりと隣の部屋に移動しただけ。
何も起こってはいないのです。
すべては元のまま。
私は私のままで、あなたはあなたのまま、
そして共に過ごした愛情いっぱいの人生も、
変わらずにそのまま。
お互いにとって相手がどんな存在であったかも、
ずっとそのまま。
私をいつもの名前で呼んでください。
いつも通りの気楽さで、私の話をしてください。
声のトーンを変えることなく。
無理に厳粛で悲愴的な空気を漂わせることもなく。
いつも一緒におもしろい冗談を言っては笑っていたように、
笑ってください。
楽しく遊んで、微笑んで、私のことを思って、
私のために祈ってください。
いつもそうだったように、
私の名前を日常の会話に出してください。
亡霊の影をその上に見ることなく、
苦しまずに、私のことを話題にしてください。
人生の意味は、永遠に変わりません。
ずっと同じまま。
そこにあるのは絶対的な継続。
こんな死なんていうものは、
きっと無視できる程度の事故でしょう?
私の姿が見えないからといって、
忘れ去られることはないでしょう?
私はただ、少しの間、この角を曲がった先の
ほんのすぐ近くで、あなたを待っているだけ。
何もかもすべて良好です。

*****

ヘンリー・スコット・ホランドのこの詩を読んだ時、
なんだか胸がいっぱいになって、
するりと隣の部屋に移動した宏代が
私に語りかけているような気がして、
私は簡単に日本語に訳してみた。



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