皆様、こんばんは。
本日は、2013年4月9日火曜日でしたね。
今朝はアメブロメンテということで、寝る前に更新をば。

内容は、the iron lady鉄の女こと; Margaret Hilda Thatcher元英首相のこと。

キリスト教一辺倒なとこと、医療や教育に自由競争を取り入れちゃったことに関しては賛成できないが、下記3点で尊敬している。

1.民間でできるところは民営化し、規制緩和を行い停滞する英国経済を建て直したところ。
2.インフレ抑制には成功したものの、大量の失業者が出て、いっこうに良くならない景気を見ると、政策の柱の一つであった完全マネタリズム(「政策は物価安定のため貨幣量の増加率を一定率に固定するにとどめよ」)を放棄して、リフレ政策*1 に方向転換した点
3.父親を尊敬し、化学を修めて、企業に勤め、法律を学び、弁護士資格をとって、政治家になった点。努力家!

凄い方だ(.- -)人
氏のご冥福をお祈りします。

日本は日本で、八百万の神と一緒に、女性も男性もISGID ものびのび働いて、ほわんと生きていける国にするべく頑張っていこうと改めて思いました


リフレ(
Reflation)政策*1
「リフレ政策」とは「二つの悪の悪い方=デフレーションと戦うための方策」のこと。
インフレは貨幣価値を下げて困る=悪だけど、デフレは収入が減って、経済が回っていかなくなるから困る=もっと悪ので、後者をどうにかしましょうという政策。

「二つの悪」の悪い方と戦う ―― リフレーション政策と政策ゲームの変更
http://synodos.jp/economy/828 (2013.4.9確認)
2012.12.11 Tue SYNODOS -シノドス 矢野浩一 / 応用統計学
より抜粋, 解釈に基づいた引用



サッチャー元英首相が死去、鉄の女として英国を導いた史上初の女性首相
http://news.mynavi.jp/news/2013/04/09/001/index.html?gaibu=hon
2013年4月09日01時02分 提供:マイナビニュース

イギリス史上初の女性保守党党首であり、1979年~1990年には首相を務め、反共産主義を貫き続けるとともに、保守的かつ強硬なその性格から「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャー元首相が8日、脳卒中のため死去したことが明らかになった。

87歳だった。

英BBCなど複数のメディアが報じている。

1959年にリンカーンシャー州グランサムに産まれたサッチャー元首相は、オックスフォード大学を卒業後、1959年に保守党から下院議員に初当選。

1975年に史上初の女性保守党党首、1979年にイギリス初の女性首相となった。

第二次世界大戦後のイギリスでは最長となる約11年半の間政権を維持し、保守党を3度勝利に導いた。

この訃報は、サッチャー元首相のスポークスマンによって公表され、後日、ロンドン市内のセント・ポール大聖堂で葬儀が行われるという。

なお、現在スペインのマドリードに滞在中のキャメロン首相はこの訃報を受け、「私たちは偉大な指導者であり、偉大な首相であり、偉大な英国人を失いました。

彼女は英国をただ首相として先導しただけでなく、英国を救った人物でした」とすぐに声明を発表。

今後には、フランスのフランソワ・オランドとの会談などが予定されているが、それらをすべてキャンセルし、ロンドンへ戻ることを決定したという。

サッチャー元英首相が死去、鉄の女として英国を導いた史上初の女性首相
イギリス史上初の女性保守党党首であり、1979年~1990年には首相を務め、反共産主義を貫き続けると..........≪続きを読む≫


国を救った「鉄の女」、死してなお国を二分する議論残す
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130409/erp13040912100007-n1.htm

2013.4.9 12:07 MSN産経ニュース
 【ロンドン=内藤泰朗】英国では8日、87歳で死去したサッチャー元首相について、「国を救った偉大な指導者だ」(キャメロン英首相)とする高い評価が多かったが、左派や野党勢力からは批判が早くも挙がっており、その評価は英国を二分している。「サッチャリズム」と呼ばれた妥協しない政治姿勢を貫いた“鉄の女”は、死してなお議論を巻き起こしている。

 訪問先のマドリードから急ぎ帰国したキャメロン首相は8日夕、首相官邸前で会見し、サッチャー氏が「英国病」と呼ばれた経済を大改革して発展への道筋をつけたことや、東西冷戦でソ連の全体主義に勝利し、フォークランド諸島をアルゼンチンから奪還したことなどを挙げ、「国を救った偉大な指導者」の死を悼んだ。

 さらに、サッチャー氏の改革に反対する勢力も「サッチャー氏が国を愛し、全力で国のために尽くしたことでは賛成するはずだ」と強調し、「彼女は母であり、祖母でもある。今夜は遺族のことを心にとめたい」と呼びかけた。

 しかし、英スカイテレビによると、英スコットランド南西部の最大都市グラスゴーでは8日、反サッチャー派の若者たちがシャンパンを開けて「鉄の女」の死を祝った。サッチャー氏によって解体させられた労働組合の出身者らは強い反感を隠さない。

 英タイムズ紙は9日付1面で「ファーストレディーは死んだが、遺産は生きている」と伝え、その功績を高く評価した。だが、その一方で、「サッチャー氏は死亡したが、国はまだ分断されたままだ」と指摘し、約11年半に及ぶサッチャリズムがもたらした英国の大変革による反対派の“傷”はまだ癒えていないとの見方を示した。