春の足音がしたので | お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳

春の足音がしたので

ハートのジェイです。

すっかりご無沙汰してしまいました。
この一週間、私は恐怖と不安と疲労で萎縮していました。

今の私にブレイブなんてありません。
田中さんには申し訳ないけれど、地震速報の警報が鳴るたびに、私は一気に心拍数を上げてしまいます。
誰だってそうだと思います。

ところで、Windows95の起動音を作曲したのは、私も大好きなイギリスのブライアン・イーノですが、この地震速報の警報音を作曲したのは誰なのでしょう。大したやつだと思わないわけにはいきません。誰も好きになれないし、馴れることもないし、だけど、鳴ったとたんに人を縮み上がらせるなんて、どんなホラー映画だってかなわないと思います。



昨夜のことです。

街がすっかり眠りに就いた深夜2時、田中さんの家から200メートルと離れていない近所の鋳物工場でガス爆発事故があり、私はドキドキが鎮まりませんでした。
一瞬、ラストを飾る大玉の打ち上げ花火のような轟音が眠る街に響きわたりました。
震災と度重なる余震によってガス漏れが起こり、引火したのだと思います。
ベランダに出てみると、ぼんやりと傘をかぶったスーパームーンの真下で、凄まじい火の手が上がり、そこら中にサイレンが鳴り響いていました。

計画停電が始まってから、近所にサイレンの音が絶えません。
たとえば、停電しても田中さんのうちの前の交差点にお巡りさんは立ちません。信号の消えた交差点をドライバーの判断で車が行き交います。とても危険です。そんな中、昼なら頭巾をかぶった小学生たちが集団下校し、夜なら懐中電灯を手にしたサラリーマンたちが真っ暗な交差点を黙々と渡って行きます。

計画停電のない23区内では、決して見られない光景のはずです。
残念ながら、23区内と周辺の6県では、この計画停電に対する感じ方や考え方には、かなり温度差があると私は思っています。それが都内と周辺のモチベーションの差にもあらわれているような気がします。

そんな鬱々とした中で…



田中さんの家のすぐ近くに、本来なら、とっくの昔に自治体が買い取って歩道になっているはずの土地がありました。なぜか地主が売らないために、その一角だけ囲われて歩行者の通行の妨げになっていました。

そこは、春にはタンポポをはじめ、一年中いろんな雑草の花が咲き乱れ、夏になると背の高さまで緑が生い茂る空き地でした。田中さんも、よくその中に入って、写真を撮っていたものです。
この数年の間、雑草たちは何度も何度も刈り取られ、やがて除草剤がまかれ、一面に砂利が敷きつめられてしまいました。それでも、雑草たちは何度も芽吹き、除草剤のために枯れるまでの短い命を燃やしていたのです。

震災の前、そんな空き地に、近々建設が始まるマンションのモデルムームが出来ました。
砂利が敷きつめられ死んだかに見えた土地は、ついにアスファルトで舗装され、駐車場が出来ていました。

震災があって一週間以上たった日、すっかり変わってしまったその風景の一角に、私は小さな変化を見つけました。

それは、

敷きつめられたアスファルトの下から花を咲かせていたタンポポでした。

$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳-タンポポ

タンポポもふつうに生きている。

春の足音がしたので咲こうとしたら、なぜか上にアスファルトがあった。
だが、つぼみは動揺することなく時間をかけてゆっくりと地上に顔を出し、いつの間にか花を咲かせていた。
何も特別なことはしていない。そして、

頭上には、いつもと変わらぬ太陽があった。



そんな復興を心から願っています。