『ユーザビリティとアップルに学ぶべきいくつかのこと』  山中俊治氏


Android Usability Seminar 2012で、デザイナーの山中俊治氏が

ユーザビリティとの出会いからアップルのものづくり、ご自身が目指されている

生き物らしさのデザインについての講演内容です。


人間中心設計に携わるものとして、こうした著名な方にユーザビリティテストの有用性について語っていただきうれしい限りです。

プロトタイピングしながらユーザビリティなど評価してブラッシュアップしていく方法が、今後ますます主流になっていくことでしょう。


Android Usability Seminar 2012 ほかの講演者の記録
『サービスデザインとデザイン思考』 奥出直人氏 
http://ameblo.jp/hc-design/entry-11166972756.html


■はじめに


アップルのハードウェアが専門になるかもしれませんが、
アップルの仕事と自分の仕事を対比して未来を紹介できればと思います。


まず、お断り。日経の雑誌記事で、「Appleのやり方はもう古い」と書かれてしまったが、そういう意味では言っていない。

今は素晴らしい方法だが、次は違うよという意味だが、大胆な記事になった。


■初めてのユーザビリティとの出会い


Suica自動改札機アンテナ面の最適化。95年に実施。
友人にニールセンのところで学んだユーザビリティテスト経験者がいて、

それで試してみた。やる前は懐疑的だったが、有効だった。


→デザイナーの方にとって、自分の作品が評価されるのでなかなか受け入れられにくい面があります。
 ただ、最終的なゴール、お客様の役に立つことに焦点を合わせられるかでエゴから脱却できるのです。


Suica自動改札機の読み取り面のデザインで試行錯誤した。

プロトタイプは技術的には今とほぼ同じものだったが、なかなかうまくいかなかった。


被験者はピッとする読み取り面になかなか当ててくれない。

ピッの機械特有のタイムラグがユーザーに理解されない。
光の部分に当てたり、スキャンのように滑らしたり、定期券を見せながら

歩行速度で通過してしまったり。。
近接アンテナの距離は15センチくらいまでと規制されていた。

ユーザーに新しい作法を覚えてもらう必要性あった。


→新しい作法を普及させるデザインは難しいものです。

 iPhone/iPod touchでの2本指でつまむ操作「ピンチ(pinch)」も、情報がないと思いつきません。

 そこをアップルは、大量のピンチ操作のCMを流し、クチコミ効果も狙って広めたところはさすがです。


ユーザビリティテストは、5種類の改札機デザインに対して各々5名で実施。

順序効果を考えながら、慣れていく過程も見ながらテストした。


テストから、読み取り面を少し手前に傾けると当てること(アフォーダンス?)を利用。少し手前から準備する効果があり、一瞬カードを止めてくれる。
新しいテクノロジーを使えば、こうした予測できないことはよく起こること。

なのでユーザビリティテストは有効だった。


997年1月に、テストをもとに試作機を作った。
光に誘われること、手前に傾いてるとカードを当てる、警告表示は離れたところに

などを発見した。
センサーの反応がよくなったこともあるが、改善前は40-50%の成功率が、

改善後は99%が通れるようになり、このように劇的に良くなるとは思っていなかった。


デザインで人がかざすように何とかならないかと相談を受けたときには、

やってみないと分からなかったのでこの実験に全く勝算はなかった。
ユーザビリティテストは大変だけだというイメージがあったので、積極的では

なかったが、実施してみるとユーザビリティテストの効果があったので、

自分自身、大切さを知った体験だった。


→ここでは多分、観察中心のユーザビリティテストで、回顧法も用いたかもしれません。
 (上記2つのセンテンスは、2/2に加筆修正しています)


13.5度の角度は、装置と、かばんが当たった時にカバンが邪魔にならないことや、

傾き加減など内部構造の制約から決まったので、最適かどうかは分からないが

テストをしてOKだったのでそれに決めた。


そしてSuicaタイプを採用する場合、他の全国のJRでもこのインターフェイスを

採用するように求めた。

統一したUIがないと、ユーザーは戸惑うため。


■おサイフケータイの実験


NTTドコモとプロトタイプのテストをした。

ケータイの画面上に表示させるかとか、ONにするボタンをつけるべきではないかとか、様々なことを試した。


リーダー/ライター側の反応が悪く、何をやってもうまくいかなかった。
うまく読み取れたことを携帯電話側で判別するのは難しく、読む側のデザインが

重要であることがわかった。


そこで、IDをドコモが開発していたの
で、そのリーダーをデザインした。

決済時の音に特色。音楽家と一緒に音をデザインした。

失敗した時の「ビーッ」という音ではなく、OK時と失敗時の音をテストして決めていった


→サウンドデザインですね。UX(ユーザー体験)のデザインとなると、音の要素も重要な場面が増えて来ることを実感しました。


■キッチンツールのOXOとの開発


米国のキッチン用具メーカーのOXO(オクソー)は2005年当時、

日本では成功していなかった。

それは日米のユーザーでの使い方が違うことに気が付いていなかったため。


→6-7年前なのに、文化や地域性による使い方の差を考慮してしないなんて。。。と思いましたが、デザインに自信があったり、自国で売れていたり、組織が大きくなると陥りがちなことだと思います。


・レードルの使い方
日本ではスープをすくうお玉を鉛筆を持つように、みそ汁をかき混ぜるように

繊細に握ることに驚きだった。

米国ではテニスグリップのようにしっかりと握ることを想定していた。
ユーザビリティはローカルな文化にも有効である。


・トングの場合
日本はピンセットもち。

欧米はチキン1羽を持ち上げられるようなしっかりとしたデザインだった。
日本に合うような持ち方から、とても繊細につかむことができるピンセットのような

トング、「プレシジョントング」を考えた。
(製品) http://amzn.to/zwgV08


・大根おろしのデザイン
OXOは、ジャガイモの皮むきのピーラーでヒットした会社。

日本で同じような位置付けのものはないかということで、大根おろし器をターゲット

とし、大根おろしの歯並びを調査した。


発見したことは、大根おろしの歯並びは同じ方向で削っていると、じきに

滑るようになってしまうが、職人の作った昔の大根おろしはそうはならない。

轍みたいなすべりが起きず、いつもざらっと削れる。


機械で作った歯並びは一定だが、職人は手作業なので多少の不揃いが

良い結果になっていて、それを体現した。
また、誰も取っ手を使っておらず、歯の近くで保持したいことが分かった。
(製品) http://bit.ly/ynoBhc


ユーザビリティテストのしらみつぶし的な実験が大変だった。
形態的に下が台形で広がるため、収納を考えて立てる形に工夫した。
結果、Gマークの金賞をとり、3000円もするがヒット商品となった。


→最適解を探すプロトタイピング時の仮説検証テストは、実験的になるため、場合によっては

 試行錯誤が多くなります。
 ただ、これはプロダクトのテストだからであり、WebなどのUIにおいてはそこまでするケースは

 ほぼありません。 (この山口コメントは、2/2に加筆)


■ユーザビリティテストのキモ


・「開発の初期に行う
 できたものの確認ではなくて、開発のアイデアを考えるためにテストを行う。


・「少ない人数でもよい」(5ユーザーテスト)
 開発初期なので、統計的な意味はない。


・「可逆的なプロトタイプ
 プロトタイプを作って回すことが大切。


・「周到な計画
 柔軟がゆえにきちんと計画。特に被験者に気持ちよく協力してもらう。


・「予想外大歓迎
 人間の行動を発見する位置づけ。


・「クライアントを巻き込む
 これが一番大事。レポートを見るだけでは分かってもらいにくい。

 自分の経験でこれが良いというのは各自のイメージが異なるので、

 そういった状況でユーザビリティを議論しても無駄。

 同じ実験をみんなで見て共有することで、短期間で決断することができる。

 そのため、クライアントのキーマンの同席が重要である。


→Suica改札機の事例は、試行錯誤として実験的にプロトタイピングで使うユーザビリティテストです。
 これより上流工程の企画段階で行うユーザビリティに関する調査は、UIや人の行動を検証する

 目的ではなく人の行動観察からユーザーニーズ(要求事項)を探る目的だと思います。
 企画段階含めてユーザビリティテスト(ユーザーテスト)と呼ぶ人もいますが、私としては

 「テスト=検証」という言葉にこだわり、ユーザビリティテストは狭義の意味で使い、

 ニーズ探索を目的とした調査とは区別したいと主張しています。


■アップルに学ぶべきいくつかのこと


アップルは、新しい製品が出るたびにばらして研究している。
MacBookを分解して分かった裏面のすごいところ。

曲面に刺さったビスが、面に対してどれも水平なところ。

普通は垂直に刺して止めるので、面とねじの頭がそろわない。


ふたを開けると、わざわざビスも斜めにはめ込むように切られている。

そうするとそれ専用の機械で穴をつくらないと無理。

アップルは、ソリッドな固まりのようなPCを作りたいので、そのための処理。

全体をきれいな曲面にしている


以下、アップルの製品について山中氏が解説しています。
以下の部分は、「安藤日記:デジタルガジェット好き「安藤幸央」の日々のメモ」
から引用させていただきます。
http://bit.ly/zcBimV


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・iPhone 3GS
美しい背面カーブになっている。
金型で成形して、作る関係で、クルッと丸まっている。
プラスチックの製品は良くみると細い線がわかる。型を割るため。


なんでこんな奇麗なカーブになるんだろうと思った。
ケースの裏を見ると、跡から削った跡がわかる。
一般的な工業製品ではやらない。


Appleの製品は、削ってある。

このことをブログで書いてみた。
何のために削っているのか?


プラスチックは凹凸がある状態で成形すると、歪む。
表側をツルツルにするために、これだけの手間をかけている。
コスト感覚から言うと信じられないこと。


・iPhone 4
ガラスのフチが、ガラスしか無いように見えるが
0.3mm のプラスチックで囲まれている。
フレームも、信じがたい精度で作ってある。


・iPod nano
ガラスの画面があって、フチがあるが、
どうやって作っているのか?


アルミの固まりで、部品が外に向かって出ている。
ドリルで固まりから作っていることはわかった。
穴の加工はどうやって?


アンダーカット用の専用のドリルを使っている。
従来は考えられなかった。
こんなコストをかけてなぜ作れるのか?


いままでの工業製品は型に流し込むのが普通だったが、
中国にコンピュータ制御の加工機が何千台もあって、加工している。
恐るべき生産システムを作ったといえる。


・Apple Remote
どうやって作ったのか謎だった。
アンダーカットできるマシンを使って、
穴をあけて、奥に向かって、掘り進めている。
その隙間に基板を押し込んでいる。


(以上)
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<アップルのものづくりの思想>

1.「無垢」な固まりとしてのハードウェア
・塗装なし
・ドラフト角なし(型から抜くために台形になっていない)
・パーティングライン最少
・曲面にそったネジ頭
・NC切削加工による量産


2.赤子が使えるための条件
・レイテンシがない。(子供は待つことが全くできない)
・最小のハードウェアボタン。
・恣意的な意味づけがない。(記号や数字で対応させるなど)
・失敗しても致命的にならない(削除OKですぐに押せてしまわないなど)


3.その上に展開される自由な著作物


これらは、ハードからソフトまで一貫して開発していないと難しい。


→こだわりの曲面に対して、コスト高をどう工夫するか、生産モデルを変革することで成し遂げています。
 優先順位がはっきりとしていて、そこを守りつつどう現実的にするかの工夫が素晴らしく、

 デザインだけではなく「ものづくり」としての素晴らしさに目を見開かされました。


■未来に向かって


人間は生き物に敏感に反応する。

しかし、画面にキャラクタを登場させて挨拶させても反応はよくない。


展示会に出した反射動作だけで動くロボットは、みんな喜んで触ろうとする。
ゆっくり動いていて、触るとすっと反応して引っ込む。それが生き物に見えるため、

子供は面白がってあそぶ


実はセンサーを使わずに、衝突しようとすると避けて動くように作っている。モーターの位置関係で判別している。
生き物感が自然に出てしまうロボットである。


・生き物らしさのデザイン
自律的な人工物に囲まれる未来への布石
生命感の抽象化
人は生きているかどうかに敏感である
コマンドによらないコミュニケーション


■質疑応答


Q.「簡単に使えるようになると、ユーザー側が考えなくてよくなるため、物事についての考えが生まれてこなくなるのではないか。」


A.箸と食事の関係に例えられる。箸は考えずに使えるが、簡単に使えるからこそ

食事のことを考えられる。設計思想によるが、道具をどう捉えるか。
もっと開発者が一緒に遊べる道具であって欲しいという人もいるが、

一方で、コンピューターはもう考えなくてもよい道具になってもよいのではないかと。
ジョブスはそう考えているのでは。 このセンテンスは、2/2に加筆修正


道具は考えずに使えるようになるべきだ、という主張になるほどと思いました。
 逆に言えば、IT製品やWebはいかにやさしい道具化していない製品が多いことかということで、
 そのためにはアップルの特徴である「シンプル」さが重要であると理解できると思います。


Q.「アップル製品以外に分解した他の商品は?」

A.カメラのレンズ部分の機構など。ただ、デザインのためにこんなに無理をしているは、アップルくらいしかない。
アップル製品は、メカニカルデザインをソフトウェアを実現するためにだけしか使っていない。


Q.「Macのコンセプトモデル作成時についてコメントが欲しい。」


A:90年代にアップルのOSに関して仕事したことがある。
米国2チーム、日本1チームからの提案で、我々の日本チームのデスクトップ画面

(Drawing Board )が決まっていたが、ジョブスが戻ってきてOS10に切り替わること

でお蔵入りに。


アップル社と仕事をして感銘を受けたことは、一つずつのパーツをすべてデザイン

したが、そのテンプレートの見事さ。
パーツを埋める画像ファイルのテンプレートがあったが、すごくわかりやすい

テンプレートだった。
何のためにどこで、どう使うかが分かりやすく説明されており、説明ツールが

きちんとわかりやすくデザインされていた。


→開発パートナーに対する資料もわかりやすくデザインされているとは素晴らしい。

 ただ、開発パートナーに対してもアップルのデザイン思想に沿ってきちんと仕事をしてほしいという

 裏返しもあると思いますが、さすが徹底していますね。


以上です。