【あいらぶゆー】沖田総司編



あの激闘の流鏑馬対決から二週間後の正午。


夕刻までお休みを頂いた私は、彼の好きなお菓子を持って屯所を目指していた。


「喜んで貰えるといいんだけど…」


ふと、胸に抱えたままの風呂敷包みを見やり、ほくそ笑む。



流鏑馬での対決は、何とか沖田さんが逃げ切った形で終わり。


お二人に労いの言葉を掛けつつ、心の中で悲鳴を上げるほど沖田さんの勝利を喜び、気が付けば沖田さんに声を掛けていた。


また、お菓子を作らせて下さい…と。


それからまた二週過ぎるまでの間、和菓子屋さんで修業し。私にとってもう一つのバレンタインデーを迎えようとしていたのだった。



屯所までの道のり。

終始、沖田さんのことばかり考えていたその時、


「○○さん!」

「え、」


通り過ぎようとした路地裏から、涼やかな声に呼び止められる。


「沖田…さん…」

「お一人でどちらへ?」

「えっと…その…」


笑顔で近寄って来る沖田さんを迎え入れるものの、あまりに突然のことに心臓がドキドキと高鳴り始め、抱えたままのお菓子を抱きしめながら呟いた。


「沖田さんこそ…どうして…」

「私は、非番中で…」


お互いに見つめ合い、すぐにその視線を逸らし合う。


「あ、あの…この間の流鏑馬での対決はお見事でした」


上目使いに見やりながら流鏑馬での勇姿に見惚れていたことを伝えると、沖田さんは「まぐれでした」と、言って瞳を曇らせた。


「ご自分に有利な勝負だったからでしょうが、慶喜さんが揚鞭をしていなければ私は……きっと負けていたでしょう」

「沖田さん…」


確かに、揚鞭は高度な技術を要すると秋斉さんも言っていたけれど、慶喜さんもそれを承知でそれを用いたのかもしれない。


それくらいのハンデを課さなければ、あまりにも沖田さんが不利だろうと…。


「でも、沖田さんが勝った!あの時の沖田さんは…本当に格好良かったです…」


慶喜さんの粋な心遣いを感じながら満面の笑顔を返すと、沖田さんは少し吃驚したように瞳を見開いた後、「ありがとうございます」と、言って薄らと微笑み返してくれた。


そして、これからお菓子を届けに屯所を訪ねる予定だったことを告げると、


「○○さん…」

「はい」

「壬生寺へ行きませんか?ここからならすぐですし」

「え、」


突然の申し出にきょとんとする私に、沖田さんは「お菓子を独り占めしたいので…」と、言って照れくさそうに俯いた。


いつだったか、当番の隊士の方々とお昼御飯の支度をしていた時。私の作った御漬け物と牛蒡汁を取り合うように食べてくれたことがあったことを思い出す。


「確かに…」

「本当に、遠慮するということを知りませんからね。あの人達は…」

「ふふ、でも私の作った料理を『美味しい』と、言って食べてくれたことは、とても嬉しかったです」

「おかげで、私はお代わりができませんでしたけれど…」


お互いにまた微笑み合い、思い出話などをしながら私達は壬生寺を目指した。



 ・


 ・


 ・


「貴女をここに連れてくるのは初めてでしたね」

「はい、よくここで剣術などの稽古をしていたという話は聞いたことがありましたけど…」


壬生寺へ辿り着いて間もなく。

表門を潜って境内を歩いて行くと、真正面に本堂が堂々とその姿を見せ始める。


そして、沖田さんに案内されるまま本堂近辺の池に辿り着くと、その周りに連なる大きな岩の上に腰掛けた。


「うわぁ…鯉とか、亀が沢山いる」


ここは、新選組が剣術や槍術。法術などの稽古をする場であると同時に、人気力士を集めての興行の場として使用されていて、子供達との交流もここで成されているらしい。


「つい、遊んでくれと言われると断れなくて」


うなじに手を回し、照れながら言う沖田さんはとても可愛くて。そう言いながらも、子供達から気軽に声を掛けて貰えるほど、親しみやすく信頼されているのだろうな…と思ったりして。


そんな風に、沖田さんの話に耳を傾けていた時だった。


「あー、総兄!」

「ほんまや!」


どこからともなくやって来た子供達が私達の元へ駆け寄って来て、私と沖田さんを交互に見やると、一番小さな男の子が微笑みながら言った。


「総兄、こちらはどなたですか?」

「この方は、私の…」


一瞬の間。


男の子に向けられたままの沖田さんの横顔を見つめていると、


「…いい人だよ」


(…えっ…)


沖田さんはしっかりとそう伝えて、いつもの微笑みを浮かべた。


子供達の茶化すような声に、少し怒った様な表情で静かにするように諭し始めるが、私にはそのやり取りが遠く聞えて…。


(今の…聞き間違いなんかじゃないよね…)


顔から火が出るような想いでただ俯いていると、膝の上の風呂敷包みに添えられた女の子の小さな手に気付く。


「これなぁに?」

「これはね、沖田さんの為に作ったお菓子でね」


そう言うと、「お菓子やって!」と、目を輝かせる子供達を見やりながら風呂敷包みを解いて行った。



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~


「うわぁ、落雁だ!」


箱の蓋を開けた途端、子供達と同じように沖田さんの表情も明るくなっていき。


「沖田さん、落雁が好きだって言ってましたよね?」

「はい、大好物です!」


内心、ほっと胸を撫で下ろしていると、そっとお菓子に手を伸ばそうとした男の子の手を取り、沖田さんはまた諭すように言う。


「こら、頂きますって言ったか?」

「…いただぁきまぁす」


沖田さんは、照れくさそうに言う男の子の頭を優しく撫で、次いで私にも同意を求めてきた。私は、大きく頷いて、まずは沖田さんからだということを説明すると、子供達は横一列に並び始める。


「一生懸命、作りました…」

「では、頂きます」


一つ口に含み、「美味い」と言って満面の笑顔を見せる沖田さんに微笑んで、これ以上は待ちきれないという様子の子供達に落雁を配って行く。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!」


美味しそうに食べるその笑顔が、何だかとてもほのぼのして。


(良かった、喜んで貰えて…)



その後も、子供達と遊んだり話をしたりして過ごしたから、結局のところ二人だけの時間はあまり無かったのだけれど…。


彼らの喜ぶ顔を見られたことが、今日一番の幸せだと思った。




夕刻。


子供達を見送った後、沖田さんに付き添われながら島原へと向かった。


私は終始、このまま辿り着かなければ良いなどと思いながら、沖田さんの少し後ろを寄り添うように歩いていたが。


楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、私達は辿り着いた大門前で足を止めた。


「送って下さってありがとう…」

「貴女に何かあったら大変ですからね。それと、」

「それと?」


言いよどむ沖田さんを上目づかいに見つめると、今まで見たことも無いような凛々しい瞳と目が合う。


「先ほど口にした言葉は、本心です」


(…っ……)


思わず目を見開いてすぐ、そっと肩を抱き寄せられた。


「沖田…さ…ん」

「嘘をつくのは心苦しかったし、いつかは堂々と告げたいと思っていたので」

「私も…」


沖田さんの肩に手を回し、そっと襟元に頬を埋めて今までの想いを告げる。


「沖田さんのことが……大好きです」

「やっと、聞くことが出来ました」


新選組として生きる彼も。

子供達と笑顔を交わし合う彼も。


全てが愛しすぎて。



「また、貴女に会いに参ります」

「約束ですからね…」


やがて、離れ行く手をまた引き寄せたいという気持ちに苛まれながらも、そっとこの手を離して笑顔で彼を見送る。



まだ微かに残る優しい温もりを手繰り寄せながら、私はいつまでもその愛しい背中を見続けていた。





【終わり】




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