【あいらぶゆー】徳川慶喜編
「よおぉし…なかなか上手く出来たかな」
お皿に乗せた桜餅を見つめながら、慶喜さんの喜ぶ顔を重ね見て思わず顔を綻ばせた。
「流鏑馬」での勝負は、ハンデを負いながらも慶喜さんが勝利し。食べたいと言っていた桜餅を修業する為に、再び図々しくも和菓子屋さんに頼み込み修業していたのだ。
その結果、花里ちゃんや秋斉さん達に、鹿の子よりも美味しいと言って貰えたことが私の背中を押してくれて…。
どうしてかは分からないけれど、秋斉さんから九日後にまた慶喜さんが置屋を訪れるということを聞いた私は、その日に桜餅を御馳走すると同時に、今までの想いを伝えたいと思っていた。
そして、まだまだ先だと思っていた、もう一つのバレンタインデー当日。
いつものようにお座敷へ出る準備を済ませ、台所で桜餅とお茶の用意をして、お座敷で待ってくれている慶喜さんの元へ急ぐと、あの柔和な笑顔に迎え入れられたのだった。
「…今宵のお前も綺麗だね」
「慶喜…さん…」
「もっと近くで…」
お前の顔が見たいと、言われ高鳴る胸を必死に抑え込みながら歩みを進め、寄り添うようにして腰を下ろす。
「あの、慶喜さん…これ、どうぞ」
「桜餅じゃないか」
「あれからまた、和菓子屋さんに無理を行って修業させて貰ったんです」
慶喜さんは、お盆ごと差し出した桜餅を見つめながら嬉しそうに微笑み、「頂くよ」と言って一つ手に持ち、口に頬張った。

二個目、三個目も美味しそうに頬張るその姿をドキドキしながら見つめていると、
「あ…」
「…どうかしましたか?」
その顔が一瞬固まって、三個目を口にしながら申し訳なさそうに私を見つめた。
「すまない、お前の分を残しておくのを忘れてしまった」
「ふふ、逆に良かったです。残さず食べて貰えて…」
最高の褒め言葉を貰えたと思って顔を綻ばせていると、今度は優しい温もりに包まれ始める。
「やっぱり、お前といると心が安らぐ…」
しなやかな指先が私の頬を擽り、
(…あったかい…)
心地良さを感じながら、その大きな手を包み込むようにして改めてあの日のことを思い出しながら、静かに想いを告げた。
「格好良かったです…あの日の慶喜さん…」
「勝てて良かったよ。沖田くんも、本気だったからね…」
「でも、どうして勝負事にまで…」
「…秋斉から聞いていなかったのかい?」
お互いにきょとんとした後、慶喜さんはふっと微笑み、更に私を抱き寄せて言った。
「…知らぬは本人のみ、か」
慶喜さんの息遣いを間近で感じてすぐ、「誰にも渡したくなかったから…」と、囁かれて一瞬、胸がトクンッと跳ねた。
「…なんて、一方的過ぎたかな」
「………」
「お前の気持ちも考えず…」
そう言いながらも、慶喜さんは私を解放するどころか、俯いたままの私の顔を覗き込むようにしてその端整な顔を近づけて来る。
「私は……ずっと、慶喜さんのことを応援していました」
(…言っちゃった…)
恥ずかしくて、慶喜さんの温かい胸に顔を埋めるようにして顔を伏せると、耳元でくすっと微笑むような息遣いがして、
「それは、俺のことを好いてくれていると思っても良いってことかな?」
「……っ…」
ゆっくり顔を上げると、あの無邪気な瞳と目が合った。
「…いつも、慶喜さんだけを想っていたんです。会えない日も、ずっと…」
「…………」
「だから、あの日。久しぶりに慶喜さんと会えて嬉しくて…」
言いながら、何故か涙が溢れてきて。
気が付けば、慶喜さんの襟元にしがみ付いていた。
「本気にしても良いんだね」
「…私の方こそ…」
微笑み合い、やがてその視線がお互いの唇を捉え、どちらからともなく重ね合う。
「お前だけを愛する」
離れてゆく唇を惜しんでいると、これ以上ない程の甘い声で囁かれギュッと抱きしめられた。
ずっと欲しかった言葉。
触れられる度に思いは募り、触れる度にこの手を離したくない衝動に駆られる日々が続いていた。
それなのに、今私は…
大好きな人に告白し、その想いを受け止めて貰えたのだ。
いつか、こんな日が来て欲しいと願いながらも、この瞬間がまだ信じられずにいると、私の頭上で低く抑えたような声を聞く。
「次は、いつ会いに来られるか分からないが…」
「…っ……」
───必ずお前の元へ帰るから。
「慶喜……さ…」
「それまで、待っていてくれるね?」
「…はいっ」
再び零れる涙を、慶喜さんのしなやかな指先が優しく拭ってくれる。
「泣き顔さえも愛おしい…」
その泣き笑いのような表情を見つめて、私はまた温かい胸に頬を寄せた。
「ずっと、待っています…」
想い、想われ。恋、焦がれ。
この人の傍にいられるのなら、私は…。
新たな想いを胸に抱きながら、時許す限りその優しい胸に寄り添っていた。
【終わり】
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