【緋色の目覚め】
*坂本龍馬編*
「あの子も、この月を見上げちゅうがやろか…」
ぽっかりと浮かぶ三日月を見上げながら、彼女の笑顔を重ね見る。
◇ ◇ ◇
わしらが初めて会ったがも、こがな星々が輝く夜じゃった。
路地裏にしゃがみ込きいちょった(しゃがみ込んでいた)彼女に声を掛けると、
「こがなところで何をしゆうがじゃ?」
「えっ…」
まっこと悲しそうな瞳と目が合い、たちまちいてもたってもいられのぉなったわしは、ほがな彼女に手を差し伸べちょったが。
女子がこがなところに一人でおるゆうことは、何かあったに違いない。そう思うたわしは、戸惑いの色を浮かべながらも、徐々に心を開き始めた彼女の話に耳を傾けた。
ほりゃあ、幼馴染と故郷を離れ京へとやってきたはいいが、ここで生きて行くことに自信を失い始めちゅうとゆうものじゃった。
「そがなふうに俯いたまんまやと、幸福は逃げていくいっぽうじゃ」
「……っ…」
「ほれ、こうして空を見上げるぜよ!星がチカチカと瞬いちょる。それに、今の状況がずっと続く訳や無い。人生、山あり谷ありじゃ。なんて、ゆうちゅうが…わしも、同じように言われたことがあっての。皆、同じようにして何かに挑戦し続けちょるんだ」
──やき(だから)、失敗してもえい。失敗から学ぶことのほうが大きいのやき。
そうゆうと、彼女は柔和な笑顔を浮かべ始めたがじゃ。その笑顔が、まっこと可愛らしくてのう。わしは、しばらくの間、目を奪われちょった。
あの夜、彼女の涙を目にした時。どうしたち(どうしても)、その涙の理由を受け止めてやりたいなどと思ったがだ。
初めて会うたというがやき、不思議なことだ。
それからわしは、藍屋の揚屋のみを訪れるようになり、あの子に会えた日は嬉しうて。
「龍馬さん!」
「今夜も会いに来たぜよ!」
両手を広げながらゆうと、わしの腕の中に飛び込んで来たこともあった。
ぎこちなく弾き始める三味線の音色も、可憐な舞も…。
まっこと愛おしく感じちょったが。
ほがな夜を繰り返しよったある日のこと。
京の町中で偶然、あの子と出会うたことがあっての。夕方にゃまた京を発つ予定じゃったわしは、その偶然の出会いに感謝したがじゃ。
声を掛けた時の彼女の満面の笑顔が、今でも忘れられん。
「こがなげに(こんな所で)おまんに会えるとはのう!」
「私も、龍馬さんと会えて嬉しいです!」
「嬉しいことをゆうてくれよる」
「あっ、」
突然、歩き出そうとした彼女の草履の紐が切れてしまい、一瞬、二人して困惑の色を浮かべたが。
「なんちゃーない!(大丈夫だ)」
わしは、草履を受け取り彼女におぶさるようにゆうと、背を向け跪いた。
「龍馬さん、でも…」
「遠慮しな(するな)!ほれ」
「…はい」
女子をおぶるのはいつぶりじゃったろうか。
それも、好いた女子の温もりを背に受けながらわしは、置屋目指して歩みを進めた。
「しっかと掴まっちゅうんだぞ!」
「はいっ!」
背中から、指先から伝わってくる仄かな熱がわしの心をも温めてくれる。
好いた女子と一緒におることが、こがーに幸せなことじゃったとは…。まっこと手離しとうない、このまんま傍に置いておきたい。
ほがな想いが、急がにゃならん足を止めたくなる。
「龍馬さんの背中、あったかい…」
「…ほぉか」
「ずっと、この温もりと一緒にいられたら…」
「…………」
それが、彼女の本音ならこがーに嬉しいことはない。
「…いつか、おまんを…」
背に頬の柔らかい温もりを受けながら、そう呟くのが精一杯じゃったが。
「えっ、今、何て言ったんですか?」
「ほれは……ちっくと重いゆうたんじゃ」
「なっ!それなら下ろして下さい!」
「おい、ほがに暴れたち危ないぜよ!」
表情は窺え知れんかったが、じたばたと足を動かしながらゆう彼女の顔は、拗ねたような恥ずかしいような色を浮かべちょったがに違いない。
◇ ◇ ◇
夢ん中のあの子は、相変わらずの可愛らしさで。
わしだけに向けられる満面の笑顔が、忘れられのうて…
「もう一度、あの笑顔に会いたいのう…」
あの子の笑顔を守る為にも、もっとでかいことを成し遂げにゃならん。
(いつか、おまんを貰いに行くぜよ…)
夢ん中じゃー言えんかった想いを告げる為に。
【坂本龍馬編 完】
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