【緋色の目覚め】
*結城翔太編*
「夢か……夢、か」
久しぶりに見たあいつの夢。
いつもの笑顔で俺に微笑んでくれていた。
その微笑みが可愛い過ぎて…
(そうだ……)
俺は、咄嗟に文机の引き出しの中にしまっておいたあの写真を引っ張り出した。
◇ ◇ ◇
俺達がこの時代へタイムスリップしてから、一年の歳月が流れていた。
最初はどうなることかと思ったけれど、俺もあいつも何とかこの時代で生きている。
でも、いまだにカメラの行方は見つけられないまま。もしかしたら、ずっとこの時代で生きて行くことになるのだろうか…と、不安に思ったり。
龍馬さんと一緒にいるのはとても楽しいけれど、いつ命を失ってもおかしくないと思えるほど、この時代の治安の悪さに驚かされたり…。
それに、新造とはいえ、嫌な思いをしているかもしれない彼女のことを考えると眠れない夜も少なくないし、こんなクリスマスの夜でさえも、一緒に迎えられないでいる。
そんなもどかしい日々を過ごしながらも、京の町中で偶然出会ったことがあった。
それは、今年の春。
資材を買う為に京の町を練り歩いていた時。背後から懐かしい声がして振り返ると、あいつの微笑む優しい瞳と目が合った。
「久しぶりだな、元気だったか?」
「うん、翔太くんも元気そうで良かった。いつ、京都に?」
「昨日、着いたんだ」
「そうだったんだ…」
そんな他愛もない話をした後、俺達は時間の許す限りお互いの近況を報告し合いながら買い物を済ませ、当ても無く人里離れた場所へと歩みを進めた。
その途中、辺り一面に咲き乱れるツツジの花畑を見つけた俺達は、思わず感嘆の息を漏らす。
「綺麗だね…」
「そうだな。これだけの花畑はなかなか…」
「うん、いい香り」
花に身を寄せる仕草がとても可愛くて、いけないと思いつつ一本だけつむいで彼女に差し出した。
「これ…」
「えっ?」
「お前に似合うと…思う」
俺もだけど、彼女の頬が少しずつ朱色に染まっていく。そんな躊躇いの指が、ゆっくりと彼女の髪に辿り着く。
少し震える手が何度か落ちそうになるツツジを挿し直し、
「似合うかな?」
「ああ…」
似合うなんてもんじゃなかった。
まるで、彼女の為に咲いているような気さえする。
照れたように俯くそのはにかんだ顔も、柔和な声も…全てが、愛しくて。
俺は、また改めて彼女が好きなのだと思い知らされた。
そして、辺りが夕焼けのオレンジに染まり始めた頃。
彼女を置屋へ送る途中、俺達は一軒の写真館の前で足を止めた。
「写真館?」
「そのようだな…」
「ねぇ、翔太くん。記念に、一緒に写真を撮って貰わない?」
「そうだな、行こう」
中へ入ると、柔和な笑顔の男性が俺達に微笑みかけてくれて、すぐにその準備をし始めた。その様子を見守りながらも、少し緊張した面持ちになる彼女に声をかける。
「緊張してる?」
「うん。だって、こんなふうに一緒に写真を撮るの初めてでしょ?」
確かに、小さい頃なら一緒に写真を撮って貰ったこともあったけど、意識し始めてからは初めてだ。しかも、二人だけで…。
準備完了の合図を受け、ぎこちなく定位置で肩を並べる俺達に、その男性はくすくすと笑い出した。
「そない硬くならんと、もっと寄り添って」
その声を受け、ほんの少しだけ近寄って同じようにぎこちない笑みを浮かべていると、男性は椅子に置かれた荷物の上に置いてあったツツジの花を俺に持たせ、彼女との距離を縮めるように言った。
「あんさんら、恋仲でっしゃろ?」
「えっ?!」
お互いに顔を見合わせて苦笑する。
(でも、そう見えているんなら…)
写真機の前に戻った男性から写す合図を貰った瞬間、俺は思いきって彼女の華奢な肩を抱き寄せた。
「えっ…」
彼女の躊躇いの吐息が気になりつつも、この手を離すどころかさらに胸元へと誘う。
部屋にシャッター音と男性の声だけが響く中、目線はカメラに向けたまま…
「ごめん……嫌だったか?」
「…ううん」
「どうせならって思ってさ」
「うん」
「いや、違うな…」
──ずっと、こうしたかったんだ。
◇ ◇ ◇
(もう一回寝たら、続き見られるかな…)
今見た夢のように、本当は内なる想いを告げたかった。
いったん抱き寄せたあいつの温もりを手離したくなかった。
「こんなにもお前のことが好きだったなんてな…」
白黒だけど、ツツジの鮮やかな色も、着物や髪飾りの色もすぐに思い出せる。
「約束するよ」
もっともっと強くなって…
いつの日か、“俺について来い”と、言えるように。
【結城翔太編 完】
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