【緋色の目覚め】


*土方歳三編*




「・・・・・・・・・」


重たい布団を退け、障子の隙間から入り込んだ月明かりを頼りに縁側へ足を運んだ。


寝ぼけた意識と頭を冷やす為に。





 ◇   ◇   ◇





出会いはいつだったか、奇抜な格好をしたあいつらを目にした時は一瞬、刀を抜きかけた。あん時、総司がいなかったら刀を抜いていたかもしれん。


それから、慶喜公に連れられ藍屋に身を置いたという知らせを受けてからも度々、島原を訪れたが。初めてあいつの花魁姿を目にした時、俺も総司もすぐには気づけない程の化けっぷりに驚いたことがあった。


女ってのは、化粧一つでどうとでも化けやがる。


ただ、あいつだけは他の新造とは違い、酌をする手はぎこちないわ、舞も三味線も嗜んだ事が無いと来た。


三味線なら、俺のほうがちったぁマシだと思うほど。綺麗な着物や化粧で着飾っていても、中身がついていっていない。


俺にとっては、ただの遊女の一人。あるいは、慶喜公から面倒を看る様に仰せ付かったからという理由以外、特に気に留めるような事は一切無かった筈だった。



あれは、夏祭りの夜だったか。


長州の奴らが身を隠しているという古寺へと向かう途中、藍屋さんと慶喜公に挟まれるようにして歩く彼女を見かけ、その場に気持ちを置いていくことが出来ぬまま…。


会えば見つめたくなり、近づけば触れたくなっていた。



そして、うるさい総司を置いて独りで彼女の元へ出向いた時。


「あの……」

「なんだ」

「…ごめんなさい」

「どうして謝る」


彼女は、いつものように俺に寄り添い酌を済ませた後、申し訳なさそうな顔で伏し目がちに呟いた。


「新選組は、人斬り集団だって聞いていたんですけど、本当は違っていたんですね」

「その言い分は外れちゃいねぇが、俺達はただの剣客集団じゃない。主に京の治安を守り、討幕派を捕縛するのが仕事だ」

「なんか、見直しました」


俺達のことを誇らしげに語り続ける奴も珍しい。上目使いに微笑む顔を横目で見やりながら、俺は黙ったままその話に耳を傾けていた。



多分、その夜からだろう。あいつに魅了され始めたのは。


ただ一人、俺の決心を揺るがし。


唯一、この手で守りたいと思った女。




「・・・・・・」


その華奢な体を抱き寄せると、心地良い温もりを感じた。


こいつの前でなら、本当の自分を曝け出せる。


彼女の肩をさらに強く抱きしめ…


「俺の女になるってことは、墓に片足突っ込んだも同じ。それでも、俺について来る気か?」

「土方さん…」

「なんだ」

「それは愚問です。私は、もうとっくに覚悟を決めて来たのですから…」

「……そうか」



艶が~る幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~


柔らかな黒髪に口付けを落とし、慈しむように囁くと彼女の吐息が俺の襟元を擽った。


しばらくの沈黙。

惚れた女を抱きしめているだけで、こうも心が癒されるとは。


「…あったけぇな」

今まで感じたことの無い優しい温もりが、己の身も心もあっためていく。

「あったかい…」

その言葉を受けて、さらにこの胸に抱き竦める。


「もう二度と、俺の傍を離れるな」

「…絶対に…」


ふと見下ろすと、俺を見上げる優しい瞳と目が合う。

「もう二度と、私を離さないで下さいね」

そのいつもよりもしおらしい態度に、ほくそ笑んでしまう自分がいた。




 ◇   ◇   ◇




(どうせなら、もっと抱いときゃ良かったな…)


冷たい夜風が、微かに零れる吐息を攫って行く。

「夢とはいえ、やけにぺらぺらと口走っていたもんだ」


今までも、そしてこれからも…。

俺は、近藤さんを支えながら新選組副長として生きて行かねばならない。

そんな死を賭して戦う俺に、どうしてついて来いなどと言えようか。


「だが、」

月にあいつの笑顔を重ね見ながら、心の中でのみ呟いた。


俺だけを想っていてくれないか、と。





【土方歳三編 完】



special thanks

てふてふあげはさん

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