【緋色の目覚め】
*沖田総司編*
「可愛かったなぁ。泣き顔も…」
さっきまで感じていた温もりを思い出し、もう一度布団の中へと潜り込む。
(なんて寒いんだ……)
◇ ◇ ◇
あの方とお会いしてから、早一年。
初めてお会いした時は、珍しい着物を身に纏っていたからどこの出身なのだろう?などと、不思議に思っていたのだけれど。
今では、お座敷遊びで競い合う仲にまでなった。
見聞を広めろ…という、土方さんに無理矢理連れられていた頃とは比べ物にならないくらい、島原を好きになれたのはあの方と出会えたからだ。
いつだったか…。
いきなり、大門の壁を乗り越えてきた彼女に驚かされたっけ。
「こんな夜更けにどちらへ?」
「あ、貴方は新選組の…」
「沖田です」
「沖田さん…。あの、この事は内緒にしておいて貰えませんか?」
「ということは、もしや夜這いにでも行かれるおつもりで?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「はは、冗談ですよ」
その突拍子も無い言動に唖然とさせられながらも、既にあの頃から惹かれ始めていたのかもしれない。また門の壁をよじ登ろうとする彼女のお手伝いをして、お別れの挨拶をして間もなく。
「きゃっ!」
「だ、大丈夫ですか?!」
「大丈夫です!ご、ご心配かけました!」
着地に失敗されたのだろう。壁の向こうに声を掛けてすぐ、元気な声を聞いて安心すると同時に、笑いが込み上げるのを必死で堪えていた。
そして、ある夏祭りの夜。
捕り物に向かう途中、偶然、彼女を見かけたことがあった。
急を要していた為、すぐにその場を後にしたのですが、藍屋さんと慶喜さんの間で満面の笑顔を浮かべる貴女を目にした時、何故か腑に落ちない気持ちが込み上げてきて…。
その時、既にもう惹かれていたのでしょうね。
いつもお座敷へ遊びに行くと、投扇興などで競い合ったり。ふと、私が溜息をつくと、可笑しな顔を作って笑わせてくれたり…。
屯所に足を運んで下さった時も、隊士らと息を合わせ楽しそうに微笑む表情がとても可愛くて。
こんなに素敵な人がいたのかと思うほど、魅せられていった。
新選組一番組組長として生きる道を選び、数々の禍根を抱えていた私にとって、彼女の笑顔は癒しであり。
今の私には無くてはならない存在だ。
だから、そんな彼女の涙を初めて目にした時は、どうしたらいいか分からなかった…。
「もう、泣かないで下さい」
「はい…」
「私は大丈夫です。それに、貴女に泣き顔は似合わない」
少し微笑みを浮かべる彼女にほっと胸を撫で下ろし、頬を伝っていた涙を指で拭うと、彼女の優しい手が私の手を包み込む。
洛陽動乱(池田屋事件)後、私が体調を崩した事を耳にした彼女は、私のことを心配してわざわざ屯所まで駆けつけてくれたのだった。
真実は言えぬままだったが、彼女と会えるとは思っていなかった私はとても嬉しくて…。
「無理をせずに過ごしていれば、もうじき治るとお医者様も言って下さいましたし」
「それを聞いて安心しました…」
「すみません、貴女にまで要らぬご心配を…」
「沖田さんが元気なら、それだけで私は…」
泣き笑いの様な表情で伏し目がちに呟く彼女が可愛くて、堪らず重ね合っていた指を絡め取り、その手を引き寄せそっと自分の胸に誘った。
「沖田さん…」
「…少しの間だけでいい」
「…………」
「こうしていたい」
襟元に添えられていた彼女の手が震えていることに気付き、
「…嫌でしたか?」
「いえ…」
思い描いていた以上の温もりが、私の少し冷えた指先を温め始め、この胸に頬を寄せる彼女に想いを告げずにはいられなかった。
「貴女のことを……好いている」
抱きしめる手に力を込めると、彼女の手の平が私の背中を温め始める。
それは、私のことを受け入れてくれた証。
やがて、彼女は消え入りそうな声で私の名を呼び。
私のことを好いていると言ってくれたのだった。
◇ ◇ ◇
「可愛かったなぁ。泣き顔も…」
夢ですから。
あの時は、あの方の涙を拭ってあげただけだったというのに、大胆にも自分の欲望のままに抱きしめていた。
(こんな夢なら、毎日でも見たいものだ…)
「でも、今の私には無理ですね…貴女をこの手に抱くなんて」
急激に喉の奥から込み上げるものを堪えていると、障子の隙間から吹き込む冷たい夜風が、渇いた咳を攫っていった。
「…参ったな」
受け止めるべきものが多すぎて、時々、心が折れそうになる。
だからこそ…
いつの日か、告げたい。
私と共に生きて欲しい…と。
【沖田総司編 完】
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