大人になると言いたいことを我慢して、歯を食いしばって頑張る。
日本の大人の社会というとこんな、イメージがありますよね。
だけど、よく考えれば子供の頃も自分の言いたいこと言えてないような気がします。。。。
「それが、日本だ!!!」と言えばそれまでなのですが。
だけれど、言いいたいこと自分の気持ち押し殺すのはちょっと精神的に負担ですよね。
それに、「本当にそれでいいのですか?」と自分に聞いてみてください。
そんなときは大方「いやよくない。」と思うはずです。
そんなときは、やっぱり自分の言いたいこと言いましょう。
ただし、自分の言いたいことを「言う」というより、「伝える」という形が重要なのではないかなと最近身にしみて感じます。
ただ自分の感情を言ってみたところで、相手は?になるだけですから。
世の中には、間違っていることも、正しいこともないのですが。
当然、人間である僕たちはこれが「間違い」で、これが「正しい」と自分の定規に当てはめています。
ちなみに、僕の定規は「その事象が自然か自然じゃないか」というものです。
そして、この定規に反しているから、おかしいといくら言っても相手は聞く耳は持たないのは当然。
例えば、ゴミを平気で捨てる人に、「いやいやそれは、自然に帰らないから捨ててはいけないよ。」
と言っても、そもそもが、自然に帰るとか帰らないとか分からないので、その人は捨てるわけです。
だけれども、ゴミを平気で捨てる人になんとか、ゴミをその辺に捨てさせない方法を考えなければならないわけです。そこでできるのは、「自らの姿勢」を伝えることです。
自分が自らゴミを拾ったり、ゴミを拾うイベントがあることを「伝える」わけです。
だからと言って、ゴミを捨てる人が捨てなくなるということは? ですが。
もし、その人以外のゴミを捨てる人が誰かの姿勢をみてゴミを捨てなくなっていけば、一人また一人真似する人がいるそして、全体の60%の人が捨てなくなる。すると、面白いようにあっという間に100%その辺にゴミを捨てる人がいなくなる現象が起きるはずです。
経済学者Rudiger Dornbuschさんもこう言っています、“Crisis takes a much longer time coming than you think, and then it happens much faster than you would have thought.”
「物事が起こるまでには 人々が思うよりも時間が掛かるが それが起これば 思った以上に 急速に進展する。」
だから、自分の定規と違った人を目の前にして、押し殺すエネルギーも、文句を言うエネルギーもいらないんです。エネルギー使う場所を間違ってはいけない。
エネルギーを使うべきは、自分がどう生きているかを精一杯目の前の相手に伝えること、それが大切だなあと思う今日この頃です。そして大人になるということは、いかに相手に伝えて相手と世界を変えていくことだとおもうのです。