今日ご紹介する親族の子は、進路が決定しましたので書いても良いとのことで、紹介させていただきます。

 

親族達にも、本人も「こじらせ型」と特性を断定してしまうような、思い込みと一部の考えにとらわれると抜け出しにくく、かつ現実の「事実」に結び付いた思考がなかなかできないという癖を持った、脳内多動を持つ子です。

 

ここに書いた特徴は、常にこの子が自戒している特徴であり、これを自戒している間は、何とか暗い後ろ向きで無気力な思考に落ち込んでいくことを防ぐことができています。自分の特徴を明確に把握することで、

 

「あ、またはじまった。自分が暗くなってる」

 

「あ、この考えって空想じゃないか?ちゃんと事実から丁寧に考えてないよな。」

 

「この考えって、自分オリジナルすぎるかな、他の人の考え方を聞いてみよう」

 

という風に、対策や次にすべき事を機械的に、今では習慣的にやっていくことで、特性からデメリットを受ける一方の自分ではなく、特性を指針として自分を支えていくという方法を取っています。

 

来年の4月から社会人になることが決まっていますが、こうなるまでにはかなりの紆余曲折があり、特性を指針とできるまでの七転八倒もたくさん経験しています。自分の嫌になるほど物事を悪く悪く進行させてしまう性格、性質、特性というものを振り切りたい、という絶望的な思いから生まれた、どん底で得たスキルだと本人は考えているようです。

 

ですので、過去の辛い、悪い記憶がある限り、自分は二度とあのどん底へ戻りたくないから、自戒してやっていく、あの時に比べたら今の自分はあまりある幸せを味わっている、と日々感謝しながら過ごせているそうです。

 

不登校は根深いものがありました。こじらせ思考の自分が周囲の人たちを巻き込み、自分と関わると諍い、不仲、責めたり責められたり、嫌悪や怒りの世界しか展開しないのです。誰とも「まともに会話して穏やかに終わることがない」というぐらいに、この思考癖が人とのコミュニケーションを阻害していました。

 

大人たちができるのは、粘り強く、悪い結果に終わる理由やどういう展開でそうなったかの解説や解釈、良い例や他にできる方法などをコツコツと伝え続けること、より穏やかに対することができる手本となる年長者や習い事の師匠などを見つける事、コミュニケーションの基本を教えてくれる絵や本を「見る余裕があるとき」はあきらめずに、提供することを続けました。

 

不登校の間こそ落ち着いて物事を考えるチャンスだと、療育になりそうな習い事や人だけにこだわらない、生き物、植物が目的となるような活動に参加させてみたり、学校では学べない「この子だけに必要な」生きた経験、心に深く衝撃を与えられるような自然の壮大さを感じられるような活動、経験などを、とつとつとしていきました。

 

高校は単位制に籍を置いたものの通学できず、高卒認定の資格試験を受けて大学を受験し、合格したものの、大学という特殊な環境に全くなじめず、早々に退学しました。この子にとっては、大学は受験を終えて解放された若者が楽しむためのテンションの高い集まりで、自分のような暗さを持っている人間は、なお暗さが浮き彫りになり、居づらいことこの上ない、ただの自分の人間的な欠点、人と上手くやれない自分のいたらなさを直視しないといけない拷問のような時間だった、と言います。

 

この子は、同じ年齢、若い情熱と明るさ、楽しさを謳歌できる若者たちと共にいることは苦行となると判断しました。そう判断できるだけの、自分の性質、特性への理解は出来上がっていました。

 

それゆえ、ほとんど通学せずにやっていける通信制の大学へ入り直し、孤独ですがマイペースで大学卒業資格と、自分なりに学びたい事を学ぼうと試みました。ところが、スクーリングというものがあり、この子にとっては通学制での失敗がかなり記憶に新しく、ストレスと抵抗は強く感じたとのことですが、先に通信制の大学を卒業した経験のある親族の兄さんや姉さん、入学した事務局の相談先などと話をすることで、

 

「初めての経験を必要以上に怖がり抵抗感を膨らませて自滅する」

 

自分の独特の性質と戦い、それこそ七転八倒しての自分の避けられない特性と向き合いながら、それでもやってみようと「何度も挫折しながら、でも少しずつ進展させてきた。今回ダメでも、次も、また次もある」と自分に言い聞かせて、スクーリングに挑みました。

 

この子は、そのスクーリングで人生観が大きく変わることとなりました。通信制の大学へ入学している同級生は、若い子は少なく、社会人経験があるまたは仕事しながら勉強をしている人ばかりで、その意欲や真面目さ、年齢が高いことでの落ち着き、コミュニケーションの取りやすさは格段に同年代の若い子達とは違う、過ごしやすい、と1日目にして感じたそうです。

 

そして何より刺激を受けたのは、60歳を超える物腰の柔らかい、とても優しくしてくれた女性が、スクーリングの授業になるとすごい一面を見せたことでした。その方は仕事をしていて、かつ大学に学びに来ており、チームのレポートをまとめる時には巧みにパソコンを使って率先してまとめ役となり、あっという間にパワーポイントで資料を作り上げ、家で学習しやすいようにと全員にUSBに資料をコピーしてくれたそうです。

 

この子にとっては、それは「すごい」の一言であり、面倒見のよい優しいおしゃべりのおっとりしたおばさまが、パソコンに向かう時には誰よりもスキルのある優秀な仕事人に変化したことが「これが社会人として生きてきた人の強さなんだ!」と感じることができ、その衝撃的な経験から、自分も同じように、自分ができることで高い能力を身に着けて仕事できる人間になりたい、と初めてリアルに「仕事」というもに対する理想、あこがれ、現実的な実感というものを感じたそうです。

 

他にも自衛官や看護師、司法書士、アパレルで売り子さんをしている人、ずっとカフェで修業している人などバラエティー豊かだったそうですが、どの人も「人と接する」こと、態度、発言を丁寧に大事にしている感じがして、受け狙いや盛り上がりやノリ、世間話などのこの子が対向できない範疇でのコミュニケーションではなく、多くが

 

「このクラスを取ったのはなぜか」

 

「今まで仕事で感じてきたこと」

 

「これから予定していること」

 

など、学びを活かすための情報交換などが主で、それはその子の知りたい「社会」がたくさんつまっていたそうです。スクーリングは短期間で終わります。その子にとっては「長いはず」と思っていた期間はあっという間に終わり、チームの皆と授業発表のために共に考え、資料を作成するために意見交換した掲示板などでは仕事をしていない自分が「情報を探してまとめる」という部分で活躍することで感謝され、「こういうのが仕事だったら楽しい、自分も役に立てるなら仕事は楽しいはず」と感じたそうです。

 

通信制の大学は卒業できることになりました。単位は全部とり、あとは自分の趣味、取りたかった科目を余分に取っている最中です。そして仕事も決まりました。仕事が決められたのも、集う社会人の皆さんから、「こういう場所で求職すれば、その分野なら空いてると思うよ」とか「その業種の経験者は隣のチームにいたから、ちょっと話聞いといてあげる。役立ちそうなら話をしてもらえるか頼んであげるからね」と情報交換のど真ん中に入れていただき、それを数年繰り返し、得た情報と本人の今までにない行動力と熱意が功を奏した結果です。

 

仕事場にはすでに何度も足を運んでいて、アルバイトとして入っているので、4月から正社員になることに不安はないそうです。憧れた定年を過ぎてもなお輝いていた同級生のように、自分が定年しても仕事ができるように、そしてその頃には、今とは違い色んな作業ができるようになっていて、誰よりもその分野では物知りでスキルがある人になり役立てるように、と60歳ぐらいの自分が見えるようになったそうです。

 

発達凸凹のある子達は、「見て心に入り込むほどの印象的な経験」から大きく学ぶことがあります。定型の人が感動するような体験や経験が「全く効かない、何も感動しない」一方で、定型の同級生が経験しないだろう内容を「すごい」と感じ、それが鈍く感じにくくなった心にドカンと火をつけて、それが生涯灯り続けるような特殊体質な人が結構な数いるのも、傾向かなと思います。それが「こだわり」だったり「特性」だったり「しつこさ」や「変わっている」ことのメリットでもあります。

 

この子は小学校から通学生の大学まで、朝起きると、今日はきっといいことがない、嫌だなと思いながら起きていたそうですが、今では無遅刻無欠勤でアルバイトへ人より早く出勤しています。いったん心が目覚めると過去のこの子とは別人のように生きていく、それが特性を持つ人の百ゼロのふり幅なのかもしれません。

 

一人、暗い長いトンネルから抜け出ただろう、もうこれから何度挫折してもおそらく大丈夫だろう、という「核心、親族が言う所の生きていくコツ」を学べた親族の子について、ご紹介してみました。

 

 

 

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