最後に、このテーマの記事の最後の3人目を説明して終わります。

 

大人しく無口だけど、自分を認めてほしいなぁという願望は持ち続けているタイプの子の話です。

 

このタイプの子は、よりそって共に体験をしてく「経験を積む」、「実感から学ばせる」ことが必要なタイプです。環境を整えただけでは、「感じ方、自分の把握の仕方が鈍い」ので、はっきりと物事の本質をとらえることができにくいです。


そのため、その時々で「なんとなく過ごす」ことが多く、ただ、期待感や理想は持ち得ているので、あとで不満や不服が出てきたリ、何となく傷ついたり、という感情だけを「リアルに感じていく=体験として積み上げていく」ので、使える現実的な経験は積んでいないのに、ネガティブな感情という経験だけは積みあがっていくという長期の誤学習を重ねていくタイプです。受動型の受け身な子が、成長してうつ病や二次障害になりやすいのは、このリアル体験で有益なノウハウは培ってこなかったのに、感情だけが体験して積みあがっていった結果であると思われます。

 


この子の場合は、

 


「期待するなら、それ相応の行動を取る」

「自分は何もしなくて相手に期待だけするのはフェアじゃない」

「望むのであれば、すべきことをやらないといけない、要求にこたえないといけない」

 


という、彼の中にあるアンバランスさを自覚させて、長期間にわたって調整していくのを手伝うのが効果があります。

 


一見、一番問題がなさそうに見えて、実は支援が必要です。時間もかかります。

 


心の内を人に言わないですし、受け身でひたすら感じて感情を積もらせていく、中でこじらせていく、そして経験から学ばない筆頭になる子なので、解説も体験も必要なタイプだからです。日常の小さな一つ一つのことで、手取り足取りで教えていくと、少しずつ理解しノウハウが入っていく感じはあります。ただ、生まれ持った「面倒くさがり」な部分、先延ばしにしたり、メリットを察知できない(予測ができない特性が強い)分、自分の得、メリットになることも察知できないのでやらずに損をする、という悪循環なパターンにすぐに戻りそうになるので、そこを生まれ持ったパターンに戻って損ばかりしないように、「こういうパターンで行動すると得をする」という行動してよかった、という実感を積み重ねて「自発的にその気になる」回数をじりじり、じりじりと増やしていくことになります。

 


成功体験を積み重ねましょう、と言われるタイプは、絶対的にこの受動型のタイプだと実感しています。とにかく、できるならやりたくない、と行動省略の方へ走りがちで、それでマイナスの評価を得たり、自分が望んだこと、期待したことが実現せずがっかりしたり、不満を持ったりする経験をするのですが、その「やらなければ得することが棚ぼた式にやってくることはない」という現実の法則をなかなか現実のものとして理解しない、その一点が頑なでなかなか、こだわり崩しのようにその概念に関わるのは時間も根気もいることなのです。

 


努力をしようとしない、というのとはまた違い、「何か自分から行動を取るという概念がすっぽりぬけている」と言う方がしっくりきます。受動型というのは、用事があったり、願いがあったり、自分が期待することがある場合、人間は自分から行動するものだ、という当たり前のことを「当たり前じゃない、知らない、そういう考え方ができる機能を持ち合わせていない」がために受動型です。全部向こうから来るもの、それを上手に受け止めるのが下手なのだ、と誤解する子も多いです。そこを、全部向こうからこない、上手に受け止めるなんて斜め上の発想と努力で、幸運や期待したものが向こう側からやって来ないのだから、受け止める練習なんてみんなしない。自分から金魚すくいのように、狙ってすくう練習を日々しているのであって、それが考えるということや行動ということだ、と教えていく必要があります。

 


子供が例えば「今日は百円ショップによらないの?」としか言わなかった場合、なぜ百円ショップなのかな、なぜ言うのかな、と考え、「お母さんに用事はないから行かないだけよ。用事があればもちろん寄るけど、お母さんは今日は用事がないなぁ」と説明します。

 


これを「行かないよ」とだけ返事すると、たまに子供はこうした考えになります。

 


<心の声>

 


「百円ショップで色々見たかったけど(見たかったから一言だけだけど、百円ショップによらないの、と言葉を発した)寄らないって。わかった。」(その場ではちゃんと納得しています)

 


帰る道を歩きながら、もしくは帰宅して

 


「やっぱり、あれとあれ見たかったなぁ。自分はいっつもこうやって我慢してるな。」

 


「親は自分の希望をかなえてくれない、気遣ってもくれない」

 


(自分の気持ちを後からじっくりと振り返って理解するので、それから希望していたのに、言ったのに、丁寧に自分の言葉を受け止めてくれなかった、適当に流された、行きたかったのに、という不満を募らせるスローテンポな、人よりワンテンポもツーテンポも遅れた感情反応をすることがあります)

 


ですので、

 


「なぜ、この子は百円ショップという言葉を出したのだろう」と親がわで、受動型の無口な子がぽろっと出す言葉を、できるだけ拾い上げるようにしていると

 


「お母さんに用事がないから寄らないだけ」という説明をしておこう、という返事になり、それが

あとから、子供にじわじわと効いてきます。どう効いてくるかと言うと

 


「やっぱりあれとあれ、見たかったな。お母さんは用事がないから行かないって言ってたから、あの時見たいって言ってたらいけたのかな。」(と反省や後悔モードに突入する)

 


「自分が行きたかったら、自分に用事があるって言わないといけないのかな。お母さんは用事がないから行かないんだし、僕の用事は僕が伝えないと伝わってないし」(と、以心伝心ではないこと、自分でアクションを起こさないと相手は全く知らない・わからないということを経験する)

 


という風に、ぐるぐると後悔しやすい受動型は考えることがあるので、次の機会に

 


「寄りたい」と言い出せるようになる子もいれば、

 


親が「もしかして、あの子、百円ショップに行きたかったから突然あんな一言言ったのかしら」と気が付いたときは、次の機会に

 


「今日もお母さんは用事がないから百円ショップには寄らないけど、あなたは用事はないの?」

 


と促してあげると、はっとなって、「ああ、うん、行きたい。」と自分の意見を、やっとこさ言えるという体験ができます。

 


小さいことですが「行きたいと言った→行けた→満足」という体験が、多くの学びを秘めています。

 


・以心伝心はない、言わないと伝わらない

 


・自分の希望は自分言う(アクションを起こす必要がある)

 


・アクションを起こせば、結果がでる(良くも悪くも何もないのではなく必ず結果がでる)

 


という実践的な学びができるので、これが「家庭でできる、療育的な関わり」の代表的なものです。こうした小さい子とを積み重ねると、受動型の子は、「望むのであればやらないといけないことがある」という感覚が備わってくるので、そうなれば、やらないから結果が出なかった、やったから結果が出た、という現実の動きをちゃんと理解できるようになってきます。

 


「やらなければ得することが棚ぼた式にやってくることはない」という現実の法則、を理解すれば、理解しなかった時よりも「納得感が違う」ので、わけがわからず不満だけがたまる、から卒業し、わけがわかった上で不満がたまる、失敗する、という違いが出てきますから、精神的なダメージに至るような誤学習のパターンを繰り返すよりは良好な成長を見せます。

 


長くなりました。3人のパターンを「リーダーに選ばれない」とい一つの実例を通して、異なる特性や、異なる考え・感じ方や、タイプの違いを書いてみました。それによって、子供によって異なる対応を取ることの必要性も、少しわかっていただければいいなと思います。

 

 

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