はしれうさぎのブログ

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つれづれです。

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リウマチには炎症期という痛みが悪化する時期がある。


この時期の患者さんは痛みで運動が出来なくなるので、横になってもらい


アレクサンダー・テクニークで全身の内なる動きに乗ってもらう。


リウマチの痛みは骨の芯まで痛むというのだが、


それは内なる動きと共に薄らいでいく、らしい。


あすの朝にはまた痛くなるが、午前受けると晩までは持つ。


問題解決にはなっていないが、助けにはなっているようだ。




何が起こっているのだろう。


アレクサンダー・テクニークを使うと習慣的な緊張が和らぎ、


体が楽な方、好みの方へ動いていく。



筋がリリースされると関節間や周囲の受容体へのストレスが減ることで楽になると説明できる。



ただ、実感としてそれは現実に起こっていることのほんの一部としか思えない。

リウマチについて医学書に書いてあることは、


これまた本当に起こっていることのほんの一部だと思う。


医学書に載っていなければ、ない、とういことにはならない。



私は、エビデンスもなければ誰もしない方法でやっていても、


自分のやっていることに迷いはない。


データーも情報もないが、目の前に現実がある。



リウマチにアレクサンダー・テクニークでアプローチする意味はあるか。


そりゃあるだろう。


あんなに嬉しそうなんだから。

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神戸アートビレッジセンターで「ジョン・レノン・ニューヨーク」という


ドキュメンタリー映画を見た。


新開地にある神戸アートビレッジセンターは12年ぶりぐらいだ。


前は確かゴダールの「女は女である」のリバイバルを見た。


あれからもうそんなに経つのか…。



今までジョン・レノンは表現が直球過ぎてあまり好きになれなかった。


愛とか平和とか、聞いてるほうが恥ずかしかった。



ところが今回のドキュメンタリーで、


彼が直球で表現し続けた理由があるのが分かった。



隠喩や皮肉では、世の中は大して変わらない。


放ってはおけないことを変えるには、


みんなが恥ずかしくてできない事を、真顔でやる必要があった。


殺してはいけないとか、


だますのはやめろとか、


愛が大事とか。



彼とオノ・ヨーコは痛いほどそれを理解していた。


芸術だとか、格好だとかは、命の前では全然重要じゃなかった。


イカれたことや新しいことをやろうとしてたわけじゃなかった。


そんなことどうでもよかったのだ。

薄ぼやけた朝、


路上に転がったリンゴの芯が僕に言った。




「俺はお前らに困った顔を向けられる値打ちもない屑さ


どうしようもない屑なんだよ」




できるだけ見ないようにして、


できるだけ遠くへ蹴飛ばした。