「美香ちゃん、見た?」


 「ええ・・・ 見たわ」


何の気無しに覗いたパチンコ屋で僕らはとんでもないものを見てしまった。



 「動け、動け、動け、動け、動けー!!!!」



大声で叫びながらハンドルを両手でガッチリと掴み、ネカセが変わってしまうのではないだろうかという勢いで台を上下左右に全力で揺さぶるおじさん。



なんだなんだ?



シマ中の人が突然の奇行に走った彼を見つめていたが、おじさんは一頻り台を揺さぶり終わると徐に天井の方を見つめて、そして次の瞬間打っていた台の液晶がざわつき始めたというのだからさあ大変!



ガンッガンッガンッ



零号機が壁に頭突きをしているあの演出は・・暴走!?それ即ち2R確変GETの瞬間である。驚く周りの人々を見ておじさんは少しニヤリとして、また、誇らしげな表情でこちらを見たような気がした。エヴァンゲリオン~最後のシ者~のシマが俄かに殺気立った気もした。



 「あのおじさん、暴走に入るってわかってたのかな?」



僕と美香ちゃんはシマの端のベンチで二人ジュースを飲みながらオジサンを何の気無しに眺めていた。あれからおじさんは何度かおかしな動作を繰り返し、その姿はいつ通報されてもおかしくないように見えたがよく店員に注意されないものだ。しかし、その気が狂ったかのような行動が何かを呼ぶのか、おじさんの打つ台は順調にドル箱を重ねて行くのであった。あの奇行は儀式のようなものなのだろうか?ゲン担ぎと言われればそんな気もしないでもない。



 「いいえ、よくごらんなさい!巧妙にカムフラージュしてるけれど、あたしの目はごまかされないわ」



 「はぁ?」



暢気におじさんの奇行を見守る僕の傍で、一人ヒートアップしている人がいた。美香ちゃん、さっきから妙にダンマリしてると思ったけどそういう事考えてたのね。店員さん、ここにもおかしい人が一人いるよ。



 「いい事?あのおじ様、奇行ばかりが目立つけれどそうじゃないわ!あの奇行はある行動を隠すためにしている仰々しいパフォーマンスに過ぎないわ。いい、けいちゃん?見てなさい・・ あのおじ様毎回ある決まった動作をするわ」



 「はぁ」



 「ちゃんと見てなさいよ・・・ あの人、何かしたあと絶対に最後に天井を見つめるから」



 「天井!?」



 「うん、・・・ほらっ!!見た?今あのおじ様、また天井を見たわ」



 「本当だ!!」



先ほどの暴走から既に四箱目に突入したおじさん。未だ確変中でぶつぶつと何か呟いているように見えたその後、美香ちゃんの言うとおり天井を見つめ、そして次の瞬間おじさんの台よりインパクトフラッシュの轟音が鳴り響く。



 「見たでしょ?」



 「うん、なにあれ?天井に幽霊でもいるのかな?」


 「幽霊に確変引かせてもらってるって?アンタバカぁ?」



 「アスカたんキター」



 「キモッ」



 「・・・」



しかし、天井か。天井を見つめて何があるというのだろう?僕には見当がつかないな。



 「私が思うに・・・ アレね!」



 「アレ?」



そう言って美香ちゃんが指差すその先には・・・あっ!!!



 「そうか、監視カメラ!」



 「ええ、間違いないわ。あのおじ様、監視カメラにアピールして店長にボタンをピッピして貰ってるに違いないわ」



 「美香ちゃん・・・」



 「ん?なに?」



 「天才だよ!!!」



 「ふふふ。けいちゃんこそ、飲み込みが早くて助かるわ」



そうか、そういえば昔先輩に聞いた事がある。「美人はやたら出る!」と、「エロい格好をしてるお姉さんはやたら出る」と。



 「なあ遠藤、俺は思うんだが、ムサ苦しい俺らのような男と美人のお姉さん、それにエッチなお姉さん。おまえがパチンコ屋の店長なら誰に出したい?もちろん玉の話だ」



 「そりゃエッチなお姉さんですよ」



 「だよな。マル秘ボタンをピッピッピしちゃうよな」



 「ピッピッピっすよ!!」



ああ、あれだ。若かりしあの日の会話がまざまざと脳裏に蘇る。そうか。ピッピッピなんだな。眼の前で奇行を繰り広げるあのおじさんも、それは一種のアピールで結局は店長の目に入ろうと必死になっているだけなのだ。ムサくるしい男が店長の同情を引くために出した結論があの奇行なんだ。そうかそうか。パチンコって奥が深いや。まだまだ知らない事ばかり。



 「美香ちゃん、そうと決まれば・・」



 「ええ、ちょっと恥ずかしいけどやるしかないわね!」



僕らが自分達の行動に疑問を持ち始める頃、奇行のおじさんの後ろに積まれていたドル箱は綺麗さっぱり無くなっていた。おじさんの呟きはまだ止まない。


  (おしまい)