「グラドルを考える」~<創世期>その3。 | ハル’s eye

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思うが侭に時々更新~アイドルと女優が大好きなオヤジのひとりごと。

①:’74~グラビア雑誌「GORO」創刊。<グラビア>が主役となる。

②:’75~<アグネス・ラム>登場し『グラビア・アイドル』の始祖となる。

③:’76~「ホリプロスカウトキャラバン」がスタートし<榊原郁恵>がグランプリ。

④:’79~グラビア専門誌「BOMB」が創刊。

⑤:’80ころ~「ミノルタ」CMで<宮崎美子>が大ブレイク。

⑥:’82~講談社アイドルグラビアの読者投票コンテスト「ミスマガジン」を創設。

・・・以上が<創世期>の成り立ちを掻い摘んだ項目である。


もちろん、この間も<アイドル歌手>や<若手新人女優>らの「グラビア」は続いていたし、その人気も衰えてはいなかったと思う。


特に’80代前半は松田聖子、河合奈保子、柏原芳恵、岩崎良美、中森明菜、石川秀美、小泉今日子、早見優、堀ちえみ、松本伊代などなど~<アイドル全盛期>だった関係で、彼女らの<水着姿=グラビア>と言う認識が主だったと言える。

~ゆえに<グラビア>を専門とするグラドル達の存在は薄かったと言える。


そんな中「ミスマガジン」の成功を踏まえて同年創刊された「スコラ」他、グラビアを誌面の中心にする<グラビア誌>が続々と創刊される。

しかしそれら<グラビア誌>に掲載される”グラビア”の大半は<アイドル歌手>が主体であったのも事実だと思う。


そしてまた「’84」に新しい<グラドル>が誕生する。


ハル & Cat’s-shinobui
<堀江しのぶ>さんである。~ご覧のとおりのグラマラスボディで<グラビア誌>の主役となった。

堀江はその後”巨乳アイドルブーム”の立役者となる”N社長”の秘蔵っ子であり、自ら「堀江を売り出す為に”Y・キャブ”を作った」と公言したほど、惚れこんでいたらしい。

しかしご存知のとおり~堀江しのぶさんは4年後「胃がん」でこの世を去る。

~まだ「23歳」の若さであった。

~しかして皮肉にもこの事件が<グラドル>と言うジャンルを世に知らしめるキッカケとなるのである。

その後、”Yキャブ”から<かとうれいこ>がデビューし、第16代クラリオンガールを務めるほか<写真集>や<イメージビデオ>などが爆発的に売れ<グラドルの女王>に君臨する事となる。


その他、同時期には<岡本夏生のレースクイン>や、<鈴木京香、山口智子、飯島直子などの水着キャンペーンガール>も頻繁に雑誌のグラビアを賑わしていたり~さらにはこの頃スタートした「夕やけニャンニャン」で結成された女性アイドルグループ<おニャン子クラブ>が中高生を中心に大ブレイクし、解散する’87ころまで<グラビア誌>でも活躍する。


・・・以上ここまでを<創世期>とする。


~次は「’90代」へ突入する。

・・・一旦休憩します。