Haru 中学生 13 行動療法 ① | 寄り道していこう。

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旧ブログ名・私と子どもと遥かな明日

今日は、また暗い過去話に戻ります (^_^;)


タイトル、「行動療法」となってますが・・「行動療法で不登校が治った!」という明るい話ではありません、ごめんなさい。




神経内科の思春期外来での治療の経過はおおまかにこんな感じでした。


2週間に1回の親子別々のカウンセリング(15分ずつくらい)と投薬→


様子を見ながら薬を変えつつ「行動療法」を勧められる→


一向に好転しないので、薬を打ち切り→


原因が本人のもともとの気質のためかもしれないから、ということで発達障害の検査→


自閉症スペクトラム

(当時のドクターの診断は高機能自閉症→その後、アスペルガー症候群ただし、かなりグレーゾーンに近いというような診断となりました)

と判断される。


文字にしたら、たったこれだけの事ですが・・・

13歳だったHaruにとってはもちろん、40年近く生きてきた私にとっても神経内科に通っていたこの日々は、

人生の中でいろんな意味で決して忘れられない毎日でした。


そして、先が全くみえない毎日でした。


「明けない夜はない」という言葉がありますが、いつか明ける、と分かっていても真っ暗な夜が続く日々は人を精神的に追い詰めていきます。


その中で、2週間に1回15分、話をしてくれる思春期外来の先生だけが頼りでした。


Haruが心を許していないのは分かっていながら、私はとにかくその先生が勧める薬は何でも飲ませ、先生の言う事は全部試してみました。


その先生に勧められたのは「行動療法」


不登校の治療(?)に使われるらしいですが、最近は勧めない先生も多いという話です。


「学校に行きたいか行きたくないか」という気持ちはひとまず置いといて(おいといていいのか、という問題はありますが)とにかく体に「行動」させることで、少しずつ不安感をなくしていく、というやり方です。


朝、起きたらまず制服を着てみる。

制服が着れたら、ご飯を食べて家を出てみる。家を出れたら通学路を歩いてみる。

今日、ひとつめの角まで行けたら明日はその次の角まで。その次の日はもう少し学校の近くまで・・

というように目標を設定して、毎日えんえんと努力するわけです。



もともと努力家のHaruは、この提案を受け入れ頑張ってみようとしました。


制服を着て外に出ることができるようになってからは、毎朝一緒に中学への道を歩きました。


その頃のHaruは普通に歩くことが出来なくて、いつも病み上がりのようなおぼつかない足取りでした。


登校時間より少し遅れて、顔色の悪い中学生が母親とよろよろ歩くのを見て、

ご近所の人に気の毒そうにチラチラ見られたり・・・


そんな事を気にしている余裕が無いくらい親子で必死でした。


中学まではほんの15分くらいの平坦な道。

元気な時のHaruなら駆け足で10分で着いていたかもしれません・・


その道のりが永遠かと思うくらい遠くて・・


距離は日によって違いましたが、毎日Haruは途中で気分が悪くなって座り込みます。

そのたびに「がんばったね。明日はもう少し行けるかもね。」と励ましながら、今来た道を戻ります。


家まで帰るとHaruはいつも精魂尽き果てたような感じで、寝込みます。

Haruが眠ったのを見ながら、毎日泣いていました。





中途半端なところですが、長くなりすぎたので1回切ります f^_^;


最後に、余計かもしれませんが・・補足を。


不登校を「行動療法」で治すことについては、私は自分の息子のケースしか分からないので賛成でも反対でもありません。

この記事は、私の体験をそのまま書くためだけのもので、「行動療法」はじめ不登校対策そのものについて議論するためには書いていませんので・・・ご了承くださいね。