act.3 彼女の事情 10 | もしも君が迷ったなら

もしも君が迷ったなら

思いついた言葉を詩に。思いついたストーリーを小説に。

『本当にいいの? 中田さん、強情っぽいから、きっと思ってないことを君に言ったりするかもしれないよ?』
 昼休みの翼との会話が頭をよぎる。
『いいの。あたしはもう、あの頃のあたしでいたくない。後悔したくないの』
 そう決心した。その気持ちに嘘はない。
『そう。谷沢さんがそう決めたんなら止めないけど……。でも本当にいいの? 中田さんとの友情が壊れるかもしれないんだよ?』
 翼はもう一度訊ねた。
『大丈夫。あたしは、壊したりなんかしない。……真由子はきっと、話せば分かってくれるよ。強情なところはあるけど、誰よりも温もりを求めている子だから』
 そう言うと、翼は少しの沈黙の後、口を開いた。
『分かった。だけど、これだけは覚えといて。何があっても、絶対に諦めないで。中田さんに何を言われても、友情が壊れそうになっても』
 由美はその言葉に深く頷いた。すると翼は優しく笑ってくれた。
『大丈夫。君ならできるよ』


 そう、壊しちゃいけない。壊すつもりはない。
 分かってるのに、遠くなる後姿を追いかけたいのに、足が動かない。
「追いかけないの?」
 不意に後ろから声がした。
 驚いて振り返ると翼が立っていた。由美はゆっくりと顔を戻し、真由子の後姿を見つめ、口を開く。
「追いかけたいけど、足がすくんで動けないの」
 そう言うと、翼はその手で由美の背中に優しく触れた。
「大丈夫。君ならできるよ」
 まるで魔法の呪文のようにそう呟くと、ゆっくりと背中を押した。
 何かの呪縛から解かれたように、右足が一歩を踏み出す。押し出された体を支えるように次の一歩も踏み出し、自然と走り出した。
「大丈夫」
 翼は由美の後姿を見ながらそう呟いた。



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