この記事は、ガジェット通信が私に関する問題記事の掲載について、このブログ記事をリンクして頂く他の対応はして頂けなかったので、これ以上要望し続けても無駄と判断し、問題記事のどこが問題であるかの指摘を中心とした内容に差し替えさせて頂きます。
(2013年6月7日)
(2013年6月7日21:43加筆修正)


ガジェット通信に寄稿記事として掲載された一連のブログ記事について、虚偽に基づく内容が含まれており、誤解が拡散しない為にも、こちらに書かせて頂きます。
(茶色の文字はメカAG氏の記事のもの、青色の文字は私のシノドスの記事のものです)

問題の寄稿記事は「LNT説とALARAの関係に関する勘違い」というタイトルのものから始まりました。

この記事は、メカAGさんによる
「問題は片瀬久美子がLNT説はALARAに反し、閾値説こそがALARAに沿うものだと考えている点」
という指摘による批判となっていますが、この指摘について、私はその様な事は全く考えておらず、過去に言ったことも書いたこともありません。
他に、「上記の引用部分はきっと何かの受け売りを書き写しているだけだから」という失礼な記述もあります。

この問題のブログ記事が私への批判の論拠として引用しているのは、私がSYNODOSに寄稿した記事です。まず、こちらをお読み下さい。

「放射線の健康影響をめぐる誤解」
http://synodos.jp/science/1568/3

私は、過去にこの様なツイートをしており、基本的には現在も同じ考えです。
以前から、放射線防護には閾値を設けないLNTモデルを採用することを支持しています。もし閾値があったとしても、100mSvよりもずっと低い値である可能性があると考えています。

片瀬久美子‏@kumikokatase11年6月15日
私は、自分の経験上からも閾値をどこかに設定する方が不自然に感じる方で、生物はデジタルのように、ある数字でパキッと分布が切れる方が少ないし、だらだらと裾野を伸ばしてグラデーションで続いている方がなんかしっくりきます。被曝量が下がるとその影響も下がって軽微になっていくイメージ。
2011年6月15日 - 5:17


片瀬久美子‏@kumikokatase11年6月15日
純粋に発癌に影響する因子を放射線だけに調整して、それだけを純粋に見られればもっと分かり易いのですが、これも実際に人で他の因子が入らない様に排除して調べるのは非常に困難です。結果として、影響が軽微なレベルでは、何だかよく分からなくなってしまいます。閾値の見極めはとても難しいです。
2011年6月15日 - 8:47


片瀬久美子‏@kumikokatase11年6月28日
@iina_kobe 100mSvの閾値については確定的影響についての話ですね。現在の原発事故で問題になっているのは、もっと低い被曝量での確率的影響についてです。特に妊婦や子供についてのデータはこれまでに充分とは言えず、なるべく用心するという姿勢がいいと思います。
2011年6月28日 - 20:26


片瀬久美子‏@kumikokatase11年6月28日
@iina_kobe そして、被曝量が少なければ影響も少ないだろうというのが主流の知見ですね。実際に、ICRPやWHOなどの国際機関は、閾値無し線形モデルを防護の面で採用していますし、私もそれでいいと思っています。
2011年6月28日 - 20:28


片瀬久美子‏@kumikokatase11年6月29日
@michitomoe 実はDNAの修復にも確率は低いのですがエラーがあって、誤った修復が行われることがあります。なので、修復系が働けばDNAが完璧に直るという保証はありません。その点でも閾値の存在は実際にはかなり低い線量レベルにまでなる可能性もあります。
2011年6月29日 - 0:39


ガジェット通信編集部には、「LNT説とALARAの関係に関する勘違い」という記事の事実確認をして頂く様にお願いをしましたが、この記事の執筆者であるメカAG氏による続編の記事を続けて掲載されました。

「続・片瀬久美子がなにを間違えているか」
「続々・片瀬久美子がなにを間違えているか」


これらの内容は、
” 俺が「片瀬久美子は○○の場でこういう発言をした」と述べ、実際にはそういう事実がないなら虚偽だろうが、俺はそのようなことは述べていない。「片瀬久美子はこう考えている」というのは、俺の推測であり、俺がそう推測した事実は片瀬久美子本人であれ否定することはできない。”
という主張や、

”片瀬久美子は「これ以下の放射線量なら心配することないんだ(許容範囲なんだ)」というのを、科学で裏付けてほしいわけだよね。俺はそれは(許容範囲を決めるのは)科学ではなく政治の仕事だと言っている。同じ事を何とか科学に求めようとしているのが閾値説。なので片瀬久美子の考えは閾値説だと言っている”
という様な、思い込みからの一方的な決めつけによる批判を繰り返しているものです。

ガジェット通信編集部に事実確認を要請した2点に絞って、メカAG氏の反論を検討してみます。

「LNTモデルと一緒に組み合わせて用いられる重要な考え方に、ALARA(As low As Reasonably Achievable:合理的に達成できる範囲で、できる限り低く)の原則というものがあります。放射線被曝によって生じる害とそれを避けないことによる利益(医療を受ける、避難せずに済ます、など)を比べて、上手に利害のバランスをとりながら被曝量をできる限り低くしていくという考え方です。」
と私が書いたシノドスの記事の上記の範囲を引用して、

「上記の引用部分はきっと何かの受け売りを書き写しているだけだから、」
されていましたが、メカAG氏は私の指摘があった後に、こう反論されました。

「当該箇所の引用部分というのは,ALARAの考え方の説明の部分であり、誰が書いても同じ内容になるはず」

「英和辞典でALARAを引くと次のような説明が出てくる。
合理的に達成可能な限り低く,実際可能な範囲でできる限り低く
ALARAの意味 – 英和辞典 Weblio辞書
http://ejje.weblio.jp/content/ALARA
放射線うんぬんが付け加わってるだけで、同じだよね。こんな部分に片瀬久美子のライターとしての名誉やオリジナリティが現れているんですかね。」


上記引用としたのは、ALARAの日本語訳の部分とのことです。
(こんな短い英語フレーズの訳が類似したとしても、「受け売り」とは言えるのか疑問ですが…。普通に訳したら、メカAG氏の指摘の様に、誰がやっても誤訳しない限り似通ってくるでしょう)

もし、ALARAの訳が受け売りだと指摘するのだとしたら、先の記事では「上記引用部分…」ではなく、「ALARAの日本語訳は、きっと何かの受け売りを書き写しているだけだから、」と訂正して頂かなければなりません。「上記引用部分…」という表現だと、範囲が広すぎます。

そして、「こんな部分に片瀬久美子のライターとしての名誉やオリジナリティが現れているんですかね」という事ですので、本来オリジナリティーが現れない部分だと認められていますので、「誰が書いても同じ内容になるはず」とされている通り、最初の記事の「受け売り」も表現として不適切になります。

「上記の引用部分はきっと何かの受け売りを書き写しているだけだから、間違っていないのだけど、」
の記述は、
※「ALARAの日本語訳はありきたりなものだから、間違っていないのだけど、」
とするのがいいと思います。

次に、「問題は片瀬久美子がLNT説はALARAに反し、閾値説こそがALARAに沿うものだと考えている点」が事実がどうかですが、

メカAG氏は、
俺が「片瀬久美子は○○の場でこういう発言をした」と述べ、実際にはそういう事実がないなら虚偽だろうが、俺はそのようなことは述べていない。「片瀬久美子はこう考えている」というのは、俺の推測であり、俺がそう推測した事実は片瀬久美子本人であれ否定することはできない
と述べられています。

よって、「片瀬久美子がLNT説はALARAに反し、閾値説こそがALARAに沿うものだと考えている」というのは、私がそう考えているのではなく、メカAG氏がそう考えているという事になり、私の考えではない事になります。

従って、「問題は片瀬久美子がLNT説はALARAに反し、閾値説こそがALARAに沿うものだと考えている点」というのは、私本人がそう考えていないので、その批判は無効になります。

「俺がそう推測した事実は片瀬久美子本人であれ否定することはできない。」
とというのが成立するならば、同様に、
私がそう考えている事実はメカAG氏本人であれ否定することはできません。

読者が誤読しない様に、次の様に記述した方がいいでしょう。
※「問題はメカAG氏が、片瀬久美子はLNT説はALARAに反し閾値説こそがALARAに沿うものだと考えている点」とし、
※「片瀬久美子自身はLNT説はALARAに反し、閾値説こそがALARAに沿うものだとは考えていない」という追記もあるといいですね。

また、続・続-の方で、メカAG氏は、
「LNT説は肯定するが(つまり閾値説を否定するが)、集団線量についてだけは認めないというのは、理論的にありえない。片瀬久美子は低線量における集団線量にもとづく死亡者数の算出は不適切だといっているのだから、これは閾値説を唱えているに等しい」
と述べられています。

私は、シノドスの記事においてもそうですが、集団線量の否定はしておりません。

「このモデルによって算出された集団内の死亡数は、ごく低い線量の範囲では健康影響が不明瞭なので正確さに欠けており、特に個々の人がガンで死亡する危険性を見積もるための目的で数字を出して使うのには適していません」
と説明していますが、この「適していない」というのも「否定(禁止)」ではありません。

この文章は、具体的に例を書くと、「(AさんがLNTモデルで1万人中6人の癌死の見積もりになる放射線量を被ばくした場合)Aさんは0.06%の確率で癌で死ぬ」という様な、癌死亡率を算出する目的で使う事などを指して、LNTモデルの適用としてはふさわしくないという意味です。

この事は、ICRP Publication 103, 2007 年勧告の161項でも、
「特に,大集団に対する微量の被ばくがもたらす集団実効線量に基づくがん死亡率を計算するのは合理的ではなく,避けるべきである。集団実効線量に基づくそのような計算は意図されておらず、生物学的にも統計学的にも非常に不確かであり、推定値が本来の文脈を離れて引用されるという繰り返されるべきでないような多くの警告が予想される。このような計算はこの防護量の誤った使用法である」と説明されています。これは、シノドスの記事でも紹介しています。

一般的に言えることですが、算出された数字がどの様な方法によって出されて、どれだけの確からしさがあるのか分かっていないと、その数字だけが絶対視されてしまいがちです。
ごく低い線量の範囲ではLNTモデルによって算出された数字は正確さに欠けているので、この数字の確からしさは低く、「どの様な方法によって出されて、どれだけの確からしさがあるのか」という背景を抜きに数字だけを一人歩きさせるのはできるだけ避けた方がいいでしょう。

私は、集団線量についての注意点を述べているのであり、放射線防護の目的として妥当に使われる場合は問題があるとしていません。

私が「集団線量についてだけは認めない」という解釈をするのは元々無理があります。

シノドスの記事で、私はLNTモデルとALARAを組み合わせて使い、上手に利害のバランスをとりながら被曝量をできる限り低くしていくという考え方を紹介しています。
「LNT説はALARAに反する」という事は全く書いておりませんし、考えてもおりません。

以上、総合的にメカAG氏の反論を検討しても、「片瀬久美子がLNT説はALARAに反し、閾値説こそがALARAに沿うものだと考えている」という事は否定できます。

残り2つの記事については、他の人達にも読んで頂きましたが、「何が言いたいのか良く分からない」という感想でした。客観的に読んで頂き、私のシノドスの記事とメカAGさんの記事のどちらが筋が通っているか、読者の方でご判断下さい。
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