路傍に、タヌキが横たわっていた。
車にぶつかったか、引かれたかしたのだろう。
ピクリとも動く様子はなかった。
可哀相に。
1月の寒空の下。
車がビュンビュン走る県道の脇で、誰に看取られることもなく命を終えたのだ。
このタヌキにも、お父さんお母さんがいるんだと思うとたまらなくなる。
が、もう一つ。
私には、こういうタヌキを見ると、
別の意味でたまらなくなってしまう記憶がある。
あれはいつだっか。
ある日、エイリアンが大きな袋を持って帰ってきた。
なんと。タヌキを拾ってきたと言う。
私が先日遭遇したような、道端で命を落としたタヌキだそうで。
「タヌキ拾ってきた?で、どうするんです?漢方にでもするんですか?」
この男。
生きた蛇やムカデを見つけると、すぐ捕獲。
お酒に浸けて薬を作ることがよくあった。
だから、この時も何か薬でも作るのかなと。
ところが。
「もちろん食べるよー。タヌキは良いよー。栄養たっぷりよー。貴重品よー。」
脳にウジでも湧いたか?
花でも咲いたか...?
確かに台湾にはタヌキを食べる習慣がある。
市場にも売っているらしい。
だから、エイリアンにタヌキを食べる習慣があっても不思議じゃない。
でも、市場で売られているタヌキは、食用に飼育されているものだと思う。
「道で拾ってきたタヌキを食べる?絶対にイヤ!
車に引かれて死んだんじゃなくて、病気で死んだタヌキかもしれないでしょ!?
ウイルス感染でもしたらどうすんの?変な病気になったらどうするんです!」
魂の叫びだった。
こんな回りくどい嫌がらせしないで、私と別れたいなら別れたいと
はっきりそう言ったらどうだ。
一瞬そんな思いが脳裏をよぎるほど、たまげた。
このおっさんが変わっているのはよく知っていたつもりだが、
いくらなんでもここまでとは...
今どき、どこの家庭の食材に「道で拾ってきたタヌキ」がある!!
実はマタギなの、あんた!?
「大丈夫よー。病気で死んだタヌキじゃないよー。見ればわかるよー。」
ウソをつけウソを。
何と大ざっぱで命知らずな根拠だろう。
「食べるって、誰がさばいて料理するの?」
タヌキを入れた農業用の麻袋をチラッと見た。
この中に、死んだタヌキがいる...
「わたしやるよー。大丈夫よー。」
ああそうかい!
「タヌキの毛剃らないといけないねー。道具ある?」
ねえ。それ本気で訊いてる...?
今どきどこに「タヌキの毛を剃る道具」を常備している家がある!
結局、ヒゲそり用のカミソリで剃ることにしたらしいが、何せ相手は獣。
体毛は濃いというより深い。
家庭用の小さなカミソリでは、すぐ刃がダメになってしまうらしい。
「ねえ、カミソリの刃、買ってきてくれない?」
ふん。心の底からお断り。絶対にイヤ。
その後、更なる口論に疲れて外出。
帰宅後、玄関に入ると、何やらいつもと様子が違う。
ん?何だ。この生臭い匂いは...
まさか!!!!!
そのまさかだった。
あの地球外生命体は、タヌキを玄関でさばいたのだ!
この後のことは、ほとんど覚えていない。
私の脳にとって、よほど不快な記憶だったのだろう。
覚えているのは、エイリアンがタヌキをグツグツ煮ている
後姿を恨めしく眺めたこと。
それから、料理したタヌキをエイリアンが隣に住む両親宅に
“おすそ分け”したこと。
「へえ、タヌキね。俺たちが小さい頃はあったなー。
生臭くて食べられないって話だったけどなー。」
へえ。そうなのか?
そう言いながらも、父は行きつけの飲み屋に持っていって
皆で食べたらしい。何と勇敢な人々だろう。
感想は...?
「ちょっと硬かったけど、生臭さはあんまり感じなかったなー。」
へえ。そうですか。
生姜とお酒たっぷり入れてたみたいだから。
父は無事に帰宅した。顔色も悪くない。
その後、誰も体を壊さなかったらしい。
でも、そういう問題か...?
体さえ壊さなければ、道で拾ってきたタヌキを食べられるものだろうか。
“栄養たっぷり”で“貴重品”だから?
戦中戦後を生きてきた世代には敵わない。
あの日の夕飯、タヌキを拒んだ息子と私が何を食べたかは覚えていない。
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