『ずっと言い出せなくて』 その5 | 明日は こっちだ!

明日は こっちだ!

おもに ろくなことは書きませんが ロックなことは書きます

◎【言い出せなくて』 その5 (ネット検索+ケンチ)

      ※その1~ http://ameblo.jp/harenkenchi/entry-11496672903.html


2軒目はどうするかということになった。
俺は関口さんのさっきの態度が気にかかり、先輩に誘ってもいいかと尋ねた。
先輩は意外そうな顔をしていたが、
もうひとりのOLさんを連れてさっさと行ってしまった。
「もう少し、飲みません?」
「ええ」
関口さんを伴い、落ち着いて話せそうな店に入った。
1軒目よりも静かな会話だったが、お互い打ち解けた感じになった。
関口さんも
「こうして落ち着いて話せるほうが好きです」
と言っていた。
まったりとした時間を楽しみつつ、俺は気になっていたことを口にした。
「さっき、俺叱られちゃいましたね、関口さんに(笑)
なんか悪いコト、言っちゃったかなぁ?」
彼女が目を丸くした。
「ごめんなさい!あんな大声出すつもりなかったんですけど…なんか…」
「なんか?」
「故郷の話をしてた時の大塚さん、辛そうな顔してた気がして…」
黙って話を聞いた。
「私はずっと東京で生まれ育ったから故郷がある人の感覚はよくわからないんですけど、
普通、故郷の悪口を言う人って、それが冗談だったり、口ぶりに愛着が感じられたりして、
本心で言ってるようには感じられないんです。でもさっきの大塚さんはとても辛そうに見えました」
真剣に話す関口さんが恵子ちゃんとダブって見えた。
お互いのメアドを交換し、関口さんと別れた。

なんだか無性に恵子ちゃんと話したくなった。
携帯のアドレス帳を開いたが、やっぱりやめた。
俺の気持ちが通じたのか。
数日後、携帯に恵子ちゃんから電話が入った。
その日はタイミング悪く夜勤中で、着信に気づいたのは翌日だった。
電話しようかしまいか夜まで迷った挙句、メールを送った。
「久しぶり~!元気だった?昨日はごめんよー。夜勤中だったから」
返信はすぐに来た。
「ごめんね、突然電話して。夜勤だったんだ。ごめんなさい」
また送る。
「どしたん?何かあったのかい?」
また返信が来る。チャットのようなメールのやりとり。
「うん。最近落ち込んでて…ちょっと健吾君の声が聞きたかっただけ」
こんなに弱い感じの恵子ちゃんは初めてだ。
思い切って電話した。
メールほど暗い声音ではなかったけれど、
恵子ちゃんが無理して明るく振舞っている感じがした。
「悩みがあるなら話してみなよ。大したことは言えないだろうけど」
「ありがとう。あのね…」
よっぽど我慢していたのだろう。どっと恵子ちゃんの言葉が溢れ出た。
ずっと仕事のことで悩んでいたこと。
精神状態が影響したのか、三半規管をおかしくして耳の病気になったこと。
仕事を続けられなくなり、とうとう会社を辞めてしまったこと。
お母さんが更年期障害で倒れたこと。
次の仕事も決まらず、またお母さんのことも考え、
マンションを引き払って実家に戻ったこと。
そんな状態だから、次の書展に出す作品も煮詰まってしまっていること。
気丈に話していたが、言葉は泣いているように感じた。
俺は通り一遍の慰めしか言えなかったが、
彼女は何度もありがとうと言ってくれた。声が震えていた。
「健吾君と飲みに行ってた頃が恋しいよ。
あれって、私にとって大事な時間だった」
深い意味は無い。彼女は気弱になってるだけ。
落ち着きを取り戻した彼女がおやすみと言った。

翌日、俺は開き直った。
恵子ちゃんと、このままで行けないだろうか。
もう恵子ちゃんを無理に忘れなきゃいけない理由は何もない。
俺と彼女の道が交差することは絶対に無いし、そんなことは出来ないけど、
せめて平行に歩いていくことは許されないか。
それは辛さを伴うし、
いつかこの先、もっと大きな辛い結末を迎えるかもしれないけど、
その時まで、ほんのちょっとでも幸せな気分を味わいたい。
俺の気持ちさえ誰にも悟られなければ、なんの問題もないはずだ。
ナルシシズムな考えに、俺の気持ちは軽くなった。
それからは頻繁に電話とメールのやりとりをした。
決して気持ちを気取られぬよう、細心の注意を払いながら、
真面目な話、馬鹿な話、楽しい話をした。
恵子ちゃんも明るさを取り戻してきた。

12月。
いつものように送られてきた恵子ちゃんのメールは沈んでいた。
秋に仕上げた書の作品が落選したという。
彼女の書道歴は年季が入っており、
階位で言えば「師範」の腕前を持っていた。
それだけに周囲から受けるプレッシャーも相当なものだったろう。
加えてあの頃の彼女のプライベートはボロボロだったし。
無鑑査で出展はされるが、見に行く気力がないと言っていた。
拠り所とするものが上手くいかない。
きっとそれはものすごく辛いことなんだろうな。
すぐさま慰めたくて俺は携帯を手にとったが、
口にできる言葉なんて高が知れている。
俺はメールを送ることにした。
「ひとつの作品を生み出したというコト、
それを多くの人が見にくるというコト、
それが恵子ちゃんへのご褒美だと思う。
だから、おめでとう」
返事はすぐ来た。
「ありがとう」
まだまだ私は未熟だけれど、でも何かを表現したくて、
それをいろんな人に見てもらいたくて、
だから、それを形に出来て、そういう場を持てているということは、
有難くて、幸せなことなんだよね。目が覚めました。
とっても素敵な言葉を、ありがとう」
おかげで展覧会に行く気になれたと彼女は言った。
上野の美術館で来年2月。
ぜひ一緒に観てほしいという彼女に、俺は「もちろん!」と約束した。
今年もひとりの年末だったが、心は少しあったかかった。

2004年。
年が明け、俺は2月を心待ちにした。遠足を待つ小学生の気分。
仕事はますます不規則になり大変だったが、張り合いがあるから苦にもならない。
現金なものだ。
そして当日がきた。
上野駅に降り立つとすでに恵子ちゃんはいた。
なんか痩せたな。ちゃんと食べてんのか?
「恵子ちゃんもお母さんも、身体は大丈夫?」
ふたりとも快方に向かっているとのことだった。
しかも彼女は地元で職に就き、順調な生活を送っていると。ほっとした。
一年半ぶりに会う恵子ちゃんの笑顔は変わってなかった。
彼女の案内で美術館へ。
「初めて見せるね、私の作品。これが賞を逃した傑作です(笑)」
彼女の指の先に、懐かしい字があった。
今回の作品は俵 万智の歌だった。

朝市はにんげんの市。
食べる買う歩く語らう
手にふれてみる。

この歌は俵のバリ旅行記の歌だそうだ。
昔、恵子ちゃんもバリを旅行したそうで、
その時感じたバリという国が持つ生命力が、あのとき無性に懐かしくなったという。
きっと彼女は自分の作品に癒されようとしたんだろう。
あんな精神状態の中でこんな力強い文字が書けるなんて。
しかもそれを書いたのは、今俺の横にいる小さな女性なのだ。
「この人です!この人がコレ書いたんですよぉ!」
俺は叫び出したくなった。
その後、2時間以上もかけて会場を観て回った俺たちは、
彼女の「ベタな観光地に連れてって(笑)」という要望を叶えるべく、
汐留の有名な店でランチをとり、お台場の某TV局を巡った。
「なんだか垢抜けたね、健吾君。いろいろあったんだろうね」
TV局の「球」から夕暮れの海を眺めていたら、
恵子ちゃんがまじまじと俺の顔を見て言った。
ドキンとしたが、
「もともと持ってた俺の都会的な一面が、ハマで開花したんだよん(笑)」
とかわした。
恵子ちゃんはツッコミもせず、ただ微笑んでいた。
帰りの新幹線の時間を気にしなくてもいいように、
俺たちは東京駅で晩飯を食べることにした。
酒も食もすすんだ。
ふと、恵子ちゃんが言った。
「あのね。私、今付き合ってる人いるの」
鼻の奥がツーンとした。
その彼は友人から紹介された人だと言う。
年は30代後半。大人の人だ。
「おお!おめでとさーん!」
やめろ馬鹿。
「どんな人?照れんなよぉ!教えろって(笑)」
口が止まらない。
「ん。やさしい人。私が大変な時も助けてくれた」
「いいじゃん、いいじゃん!…で、結婚とか考えてるの?」
「まだわかんない。そういう話はまだしてない」
「しちゃえばいいじゃん!恵子ちゃんに気持ちはあるんだろ?」
「うん…でも考えること、いろいろあって」
「なにを考えるってのさ?こういうのってタイミング大事だぞぉ(笑)」
お前はそのタイミングをいつも逃してるだろ…。
恵子ちゃんが真顔になった。
「なんか…結婚させたがってない?」
「そ、そりゃ従姉が幸せになるってのは嬉しいことだもの!」
「ありがと」と言う恵子ちゃんとは目が合わせられなかった。
改札口まで恵子ちゃんを送った。
早く帰したいような、引き止めたいような。
改札の向こうに行ってしまった恵子ちゃんは、何度も振り返って手を振った。
姿が見えなくなるまで俺も手を振った。
また、“大好きな”悶々とした時間が訪れた。

開き直ってわずか3、4ヶ月。
これが結末か…早いなちょっと。もう少し時間があると思っていた。
一ヶ月後、結婚式の招待状が届いた。
送り主の名は…田中…。
きた!!!!!!!
…ん、いや、違う。恵子ちゃんのお父さんの名じゃない。
それは田中一族の別の従兄さんからの招待状だった。
脱力して安心し、安心したことに憮然となった。
(もう覚悟決めろよ、俺)
しかし覚悟を決める材料は、
いつまで経っても恵子ちゃんから届かなかった。

6月。
従兄さんの結婚式に出席するため俺は帰郷した。
2月以来、一切連絡を取り合っていなかった恵子ちゃんと顔を合わせる。
いたって普通。元気そうだ。変に意識していたのは俺だけだった。
きっと彼氏とうまくいってるんだろうな。チクリとした。
またも席は同じテーブルだった。
しかも今回は隣。まぁ、意識する必要はないんだけど。
披露宴もたけなわを迎えた頃、恵子ちゃんが俺の肩を叩いた。
「終わったらすぐ帰るの?」
「いや。この後親戚だけで軽く飲むんでしょ?顔出してくつもりだよ」
「そう。だったら後で時間くれる?話があるの」
きた。今度こそきた。はぁ。
「んん~?彼氏のことかい?(笑)」
おどけた俺の言葉は、なぜか無視された。
「???」
田中の家に移ってからは、時間がやたら長く感じた。
酒の味もよくわからない。
やだなぁ。ああ、いやだ。
このまま恵子ちゃんのスキを見て、逃げちゃおっかな。
本気で考えた。
帰りの新幹線の時間が迫ってきた。
恵子ちゃんは台所に行ってる。
チャンスだ。
俺は中腰になって「そろそろお暇しますね」と親戚一同に挨拶した。
従兄のひとりが「駅まで送るよ」と言った時、背後から声がした。
「私、送るよ。飲んでないし」
…恵子ちゃん。
つかまってしまった。
みんなの手厚い見送りを受け、恵子ちゃんの車に乗り込んだ。
走り出すと恵子ちゃんが言った。
「話があるって言ったじゃない」
「ご、ごめんごめん。酔ってて…」
彼女は怒ってた。ちょっと怖い。
駅前のロータリーに車が止められた。
俺は覚悟を決めた。でもまた口が動いた。
「とうとう彼氏と結婚する気になったん?」
「黙って聞いて」
ぴしゃりと遮られた。
「あのね」
「健吾君のことが、好きなの、ね。
付き合ってほしいな、って」
今までで一番色気のない告白だったが、
俺を一番動揺させた告白だった。
もう1コ、脳が欲しかった。
とてもじゃないが混乱しすぎて整理できない。
また病気が再発したんじゃないかと思えるほど鼓動もひどい。
ようやく、半開きになった口から言葉を出した。
「かかか、彼氏は?彼氏のことは?」
「別れたの」
恵子ちゃんはずっとそっぽを向いたまま、こちらを見ようとしない。
「別れたって…どうして!?」
恵子ちゃんが上ずった声を上げた。
「理由なんかない!」
「健吾君が、好きなんだもん」
もうこの場に居るのが耐えられなかった。
「ごめん。考えさせて」
俺は逃げた。
最後まで恵子ちゃんはこちらを見なかった。

いつもなら爆睡する新幹線。でも今日は寝れるわけがない。
うれしかった。正直に。
本当に好きで好きでたまらない相手から告白された。
初めての経験。
恵子ちゃんの顔が浮かぶ。
思考が短絡化する。
もう何も考えないで、恵子ちゃんの気持ちに応えてしまおうか。
「俺も好きです」と、ぶちまけてしまおうか。
きっと最高の日々が始まる。
笑顔の俺の顔が頭に浮かんだ。
…いけね。また口、開いてら。
乾いた口の中を舐めた時、親父の顔も浮かんできた。
我に返ると横浜に着いていた。
あんなに考え事をしていたのに乗り換えミスも乗り過ごしもしていない。
習性ってすごいなと、くだらないことを考えて気を紛らわそうとした。
引き出物を床に広げ、もらった折り詰めに箸をつける。
普段食べてるコンビニ弁当よりも格段に豪華な食事。
なのに食がすすまない。
恨むよ、恵子ちゃん。
せめて夕食後に告白してくれれば。
いや、だからといってどうというわけじゃないんだけど。
愚にもつかないことを考えながら、食べ残した折り詰めを冷蔵庫にしまう。
ダメだ。今日は何も考えられない。
車の中での風景がリピートされる。
「考えさせて」
馬鹿な台詞を吐いたもんだ。考える余地なんて、そもそもないだろ?
もうずっと昔から、答えなんて決まってただろうに。
もう寝よう。夢を見よう。いい夢たのむ。

0時頃、メールの着信音で目を覚ました。
恵子ちゃんからだった。
立て続けに3通。
俺はメールを開かずにまた目を閉じた。
………。
着信ランプが瞼越しにチラつく。
わかった。わかったよ。見りゃいいんだろ。
薄目でメールを開いた。
「こんな夜中にごめんなさい。
無事、お家に帰れたでしょうか。
さっきは聞いてくれてありがとう。
でも恥ずかしくて伝えられなかったことがあって…メールしました。
私は、健吾君と話をしたり、一緒にいると楽しいの、ね。
健吾君の話は、
色んなところに話が広がっていったり、色んなことが出てきたりして、
頭の中いっぱい引出しがあるんだなぁって、すごいなぁって、
いつも思ってた。
気楽でお馬鹿な話題が多かったけど(ごめんね)、
健吾君がする真面目な話も好きだった。
その中で、健吾君の言葉で前向きになれたり、
「あ、そうか」って気付かされたりしたことがいっぱいあったの。
それも、とっても素直に。
落選した時にもらったメールでは、
とっても素敵な言葉の使い方をする人なんだなって思ったし、
忘れかけてたことを思い出させてもらいました」
「それと健吾君って、最初に会った頃から変わったような気がするのね。
良い意味で。(どこが?って言われると上手に説明できないけど)
その、変わっていけるというか、変われる力を持っているというか、
そういうのがとてもすごいなぁと、かっこいいなぁと、思ったの。
そして他にもいろいろ…。
だから、好きになりました」
「好きって気持ちに気付いたのは、東京で会った時。
今まで色々あったから、無意識に気付かないようにしてた気がする。
でも気付いてしまったから、色々考えたけど、伝えようって決めました。
従姉弟だから、だからこそ言いました。
言わないでこの気持ちのまま見ていくほうが、嫌だなって思ったの。
上手く伝えられているかわからないけど、
どんなでもいいから、
健吾君の気持ちを教えてほしいな、です。
長くなってしまってごめんね。
おやすみなさい」

翌日は夜勤だったから、出勤時間まで時間があり過ぎた。
起きて洗濯に取り掛かった。
チンした折り詰めを無理矢理、腹に入れた。
未開封のDVDを観た。
それでも時間はなくならない。
早く職場に行きたかった。
仕事が始まれば、考えることは仕事のことだけになる。
出勤前に少し寝ておこうとベッドに入った。
…寝れない。
何度も寝返りを打つ。
…ダメだ。
寝酒を飲んだ。
具合悪くなった。
結局一睡も出来ずに時間は経った。
必死に歯磨きして酒の臭いを消し、会社に行った。
こういう時に限って仕事は暇。
逃げても無駄。眺めていた天井がそう言った気がした。
考えよう。
みんなが笑顔でいられる方法を。
シミュレーションが始まった。

1.恵子ちゃんと付き合う。

2.円満に交際が進み、お互い結婚の意志をもつ。

3.彼女を親父に会わせる前に、親父と母のこれまでの経緯を話し、
母(太田家)と親戚関係にあることを親父に言わないよう口止めする。

4.結婚。披露宴はガーデンパーティ。

………アホか。
4の前には「両家顔合わせ」があるじゃないか。
その時に恵子ちゃん側の誰かが口を滑らしたらバレるだろ。
なら、

4.田中、太田の両家の人間全てに口止めする。

5.結…

………無理だそんなの。
大体、
結婚式なんてことになったら親父か母、どちらかは参列できなくなる。
親父は妹の結婚式の時、参列を辞退した。
母に「花嫁の親」としての権利を譲ったのだ。
結果、妹はバージンロードをお父さんと歩いた。
この上、息子の晴れ姿まで見せられないなんて。
いや、俺が誰と結婚しようが、
ふたりが揃って参列することはないんだろうけど。
ええい、もう。
それに口止めが成功したって。
一生、恵子ちゃんにウソをつかせるのか?
田中や太田の人たちに、ワケのわからない約束をずっと守ってもらうのか?
そして親父を、一生だまくらかすのか?
みんなが笑顔でいられる方法?
そんなのありゃしない。

二ヶ月後、俺は恵子ちゃんにメールを送った。
「こんばんは。
元気に過ごしてますか?
まずはお返事が遅くなってしまったことをお詫びします。
そして、ごめんなさい。
俺は恵子ちゃんとお付き合い出来ません。

※つづく

$明日は こっちだ!