去年の今頃2

テーマ:
つづき。

#去年の今頃 は、分娩室から部屋に移動してました。

夜中じゅう陣痛と戦ってたけど、一向に産まれる気配なく、夜が明けて、朝一、院長先生が来て、

もう丸一日経って、赤ちゃんもヤバイから、早めに産まなきゃいけないと。

なんかポロポロ涙が出てきて、

「隣の人は、どんどん出産して、この部屋を卒業していくのに、どうして私は…」

と、言ったら、院長先生が、

「卒業ちゃう!入学や。君も子供と一緒に入学するんやで。」

って、言ってくれて、その一言がなんだかとっても心に響いたなぁ。

で、陣痛促進剤使うか、バルーン入れるかの二択と言われたけど、どっちの方が私に効果あるかわからず、結局、院長先生に決めてもらい、陣痛促進剤を打つことに。

疲れ果てて、朝食をほとんど食べる気になれなかった私に、

「食べないと産む体力なくなりますよ!ちょっとでも良いから食べてください!」

と、言ってくれた厳しい看護師さん。ありがとう。
無理やり食べたよ。

そして、昼の12時から点滴開始。
ちなみに、昨日から続けている抗生剤の点滴もそのまま継続。その度の採血もありで、私の両腕は、もう注射の跡だらけだった。
失敗もされた。
ほんと痛々しかった。

促進剤も1時間ずつ投与量を増やしていくと言われ、この陣痛が、もっと痛くなるのかとビビる私。

ここでも、院長先生が、

「うまくいけば、今日中に会えるで!」

と、励ましてくれた。
でも、私の頭は、効かなかったらどうなるんだろう…と、不安いっぱいだった。

しかしながら、順調に促進剤が効き、16時くらいにやっと分娩室へ。

旦那も間に合い、あれよあれよと18時57分に無事出産!
猛烈な痛みは、3回!

私の間隔では、30分くらいだったんだけど、実際には3時間も経ってて、ビックリ!!

産後直後から、めっちゃ元気で、ケロっとしてた。
20分後には、もう普通にしゃべり、晩御飯をペロリと食べて、みんなで会話。写真撮影。

3時間は、分娩室で体力回復の予定だったんだけど、すぐ歩けるようになったので、移動の準備。

予想以上に元気で私自身ビックリしたなぁ。

途中パニック状態にならず、気絶することもなく、呼吸をしっかりキープ出来たのは、旦那さんが側にいてくれたおかげだと思ってます。

たぶん、1人だったら、パニック状態になって、産後の状態がドえらいことになってた思うよ…。

娘も空気よんで、旦那が立ちあえる時間に出てきてくれたんだと思います。

予定日通りだったら、たぶん立ち会ってもらえなかったと思うし。

そんなこんなな出産話。
記憶が鮮明なうちに書いておきました。
AD

去年の今頃

テーマ:
#去年の今頃 は、

深夜4時に破水して、
これ、そうかなー?と、ぼんやり思いつつ、また寝て、
6時にもう一回破水して、
やっぱりそうだっっ!!って、確信して、
親起こして、病院に連絡して、
7時半に病院着いて、検査して、
そのまま入院して、陣痛来るのを待ってたなー。

破水したから、感染症になるかもしれないからって、採血されて、
12時間毎に1本抗生剤を点滴、その後、感染症になってないかの採血の繰り返し。

注射嫌いの私は嫌で嫌で仕方なかった。

そして、赤ちゃんの状態を絶えず確認するために、心音ベルトをつけたられて、身動き取れずに苦しかった。
トイレ行くたびに、ナースコールしなきゃいけなかったし。

大抵、24時間以内に陣痛が来て産まれるって聞いてたし、
陣痛も来てたから、

きっと今日中には!!ウキウキ♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪♡

って、思ってたけど、間隔は短くならず、ずっとバラバラで…。
何度かチェックしてもらってたけど、まだです!の一点ばりだったなー。

暇だったし、歩いた方が良いかとウロウロしてたら、洗面とトイレ以外は動いちゃダメ!
少しでも羊水をお腹に止めとかないと!!!

って、言われて、更に暇になったなー。

お風呂も入るのNGで、熱いタオルで身体拭いた。

旦那さんも駆けつけて来てくれてたけど、この日は残念でした。

ちなみに、部屋は、分娩待ち室みたいな名前で、分娩室の真向かい。

今日1日だけで、何回出産の絶叫を聞いたことか…。
どんどん怖くなった。
部屋変えてくれと思った。
でも、おぎゃー!って、声を聞くと、きっと私も産めるんだと思った。

そして、私の相部屋だった人は、1日で3人変わった。みんな無事出産していったわけだけど、陣痛に耐える様が、これまた恐怖を煽った。

その後も、私は間隔の短くならない陣痛と夜中じゅう戦うことに。

つづく。
AD