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Let'S COUST !!

日常と仕事のことを書いてます。
ブログは昔、自転車ライダーしてた頃の名残りです。もったいないので続きで書いてます。

いまの会社を起こしてからずっと禁酒してきた。

今回は投資を受けるつもりがなかったので、当面の生活は貯金を切り崩さなければいけないということ。
といっても貯金でしばらくは生活できるので、もっと自分を追い込むために「酒は飲まない」「自分の必要不可欠でない物品(服とか趣味の道具とか)は一切買わない」というマイルールを作った。
以降、交流会などの場でも一切の飲酒を断ってきた。


今夜、本当にひさしぶりに赤ワインを飲んだ。
今月は創業以来、初めて業績が黒字化したから。単月黒字にすぎないので、明日からはまた禁酒生活に戻るけど。

というわけで、少しだけ幸せ気分な夜でした!
もう1つ、最大の失敗だったのは、計画を信じすぎたこと。もう少し詳しく言うと、事業計画と収支計画だ。


その前に。
前の記事でも書いたが、アメリカのITベンチャー立上げの資金は、投資で賄うのが一般的だ。
資本家にどうにかアプローチを行い、ビジネスプランをプレゼン(発表)して、投資契約を取り付ける。自社評価額を交渉し、株式と交換に資本金をもらう。これが、ベンチャー企業立上げの一般的なスタイルだ。

顧客すらいない、机上の事業プランに数百万~数千万もの大金を出す人がいるのか?
実はアメリカには、そういう人がたくさんいる。しかも個人資産を。ベンチャー業界では、そういう人たちをエンジェル(天使)と呼ぶ。
僕たちは運よく、あるエンジェルから投資を受けることに成功した。

つまり、ビジネスプランという資料を作り、1円の売り上げもないのに口八丁で赤の他人にお金を「もらった」わけだ。
もちろん投資家は、誰にでも出資してくれるわけではないし、最初の資金調達を行えるベンチャー企業は一握りだ。

そのため、僕たちは朝から晩まで話し合い、見栄えのする論理的で素晴らしい資料を作り上げた。
いわば「投資家を納得させるため」の事業計画書だ。


その資料では、収支計画書が重要な役割を果たす。
収支計画とは、事業立上げ後にかかる費用の計画、売上げの予測、それらから計算した利益が書かれた計算書だ。
一般的には、今後5年間の計画を作る。利益は、初期投資がかさむ2年目までは赤字となってしまうが、3年目で黒字化し、5年目には急成長段階に入ると決まっている。

もちろんそんなルールを公言している投資家はいない。
でも笑えることに、収支はそのように推移する、と決まっている。そう推移しない収支計画書では、投資を受けられないと言っても過言じゃない。

もちろんこれには意味がある。最初赤字になってしまう分を投資家に負担してもらう。その代わり、ウハウハになる5年目になれば投資額に莫大なオマケをつけてお返しできますよ!と言っているわけだ。

もっと笑えることに、投資家の誰一人として、サービスインすらしていないベンチャー起業家が作った5年も先の収支計画など信じていない。
信じていないが、これはアメリカのベンチャー業界の暗黙のルールなのだ。投資家にリターンを返すという意思表示を行い、基本的なマナーを分かっている起業家であることを示す、一種の通過儀礼だ。


僕たちは、一緒に立ち上げた仲間で元世界的投資銀行のバンカーが作った、見た目にすごくカッコイイ計画書を元に、投資家を説得して回った。
そのバンカーは、投資家から投げかけられるどんな鋭い質問(いじめ)にも的確に回答し、彼らを唸らせた。

(続く)
失敗、というか結局立ち上げることすらできなかったキュレーションサービス。
原因の1つは、僕が慣れ親しんだウェブサービス立上げの方法を疑わなかったことだ。


アメブロのようなサービスで、例えばアメーバプロフィールという機能を作ろうとした場合、まず機能の要件を定義し、デザインし、プログラミングで実装し、テストしてリリースする。
要は、全て手作りする。選りすぐったディレクター、デザイナー、プログラマらが協働して何日間もかけて作り上げていく。この過程を、「開発」と呼ぶ。

普段は意識していなかったが、何人もが数週間以上に渡り開発するには、実際にはかなりのお金が必要になる。ほとんどは人件費だ。
立ち上げたばかりのベンチャーで、しかもエース級のプログラマがいないような大半のケースでは、かなりのお金をかけて外注しなければならない。もちろん、いい人が雇えるなら雇う場合もある。

自前の資本金を使う人もいるかもしれないが、アメリカのITベンチャー立上げの場合は、投資で賄うのが一般的だ。
僕たちも投資を集め、サービスの要件を自分たちで作り、開発は知り合いの業者に400万円で発注した。
開発には約2ヵ月ほどかかった。


こうして数百万かけて作ったサービスが、利用者の心を打ち、使いたい!と思わせられるだろうか?
実際には、YESでない場合も多い。大して使われなかったり、人気が出なかったりする。だから、作ってやってみるまで分からない!というのは当たり前の話だ。

ただ、それに数週間の時間とエネルギーと、何百万円ものお金を投入すべきだったのか?
最近では、リーンスタートアップという、極力お金をかけずに1カ月以内の短期でサービスを立ち上げて市場の反応を見る方法が流行ってきた。
そうすることで、無駄な時間や経費を抑えることができると考えられているからだ。(それでも上手くいくかは、実際にサービスを本格立上げしないと確定しないのだが)
少なくとも当時、僕たちにはそういう発想はなかった。いきなり本格開発&立上げを目指した。アメーバのサービス開発も、ほぼそういう形だった。


このやり方、つまりアメーバブログのように大企業が取り組むような方法をしてした結果、立上げ間もないベンチャーにとって膨大な金額を消費してしまった。
しかも、だ。最終的にこのキュレーションサービスは立ち上がらなかったので、この経費はすべてパーになった。

ベンチャーは、落とせる経費を落とすのが常識だ。僕も、上記のような開発スタイルの中では最安を目指した。必要な機能を完全に満たすには、1000万あっても足りなかった。
しかし今思えば、開発方法を根本から変えることで、もっと経費を抑えられた。実際に、いま僕が新規のウェブサービスを立ち上げるなら、実費で10万円もかからないだろう。


自分が経験してきた開発スタイルに固執したことは、失敗の原因の1つだった。
もしあの400万を使わなくて済んでいれば、ビジネスプランを軌道修正できていたかもしれない。

(続く)
GunosyやSmart Newsといったサービスを、キュレーションメディアという。

Googleの隆盛と共に、世の中には情報が溢れすぎている。
溢れすぎて、面白い情報・興味ある情報にたどり着くのは至難の業だ。要は、くだらない(失礼・・・)サイトや記事や情報が多すぎる、ということだ。

そこに登場したのが、キュレーションメディアと呼ばれる媒体で、独自のアルゴリズムが個々人にとって本当に面白い情報のみを抽出してくれる(ことになっている)。
「キュレーション」とは、情報を選んで集めて整理すること。 あるいは収集した情報を特定のテーマに沿って編集し、そこに新たな意味や価値を付与する作業を言う。


僕たちのサービスは、世の中のどこかにあって、ある人にとっては重要なんだけど手に入りにくい情報、でも別の特定の人にとってはいとも簡単に手に入る情報、それを上手に探し出せるサービスだった。
極端な例でいうと、このサービスを使えば、遠く離れた異国で暮らす息子が住む町の近くでテロが起こった!という場合でも、メディアが取材をして報道してくれるのを待つ必要はない。必要な情報を、現地の人が教えてくれるからだ。

今思うと、壮大過ぎて目が眩みそうだが、当時は夢中だった。
壮大すぎて実現できず失敗したのか?実は違う。壮大なことは悪いことじゃない。投資家は、壮大なストーリーを好み、それを実現できそうなチームに多額の投資をする。
実際、このビジネスプランには投資家が食いついた。

失敗の原因は、それまで自分の中で「当たり前だと思っていたこと」を疑わなかったことだ。
サラリーマンとして「当たり前だと思っていた」ことは、起業という異なる環境では疑ってかからなければならない。

僕は当時、2つの「当たり前」に囚われていた。
そのいずれもが、今となっては僕の中で「常識外れ」になっている。

(続く)
毎度毎度、事業を立ち上げる度に失敗の連続だ。
・・・と恥ずかしげもなく言うのも情けないけれど、このブログは昔を忘れないために書いているので。


その頃僕は、ベンチャー企業の総本山と言っても過言でない、シリコンバレーと呼ばれる土地からさほど遠くない街にいた。
この時考えていたビジネスは、人と人とのマッチングサービスだった。新規ビジネス立上げに興味がある友人ら4人ほどで集まり、何日間か議論して出したアイデアだった。

日本の中堅企業のサラリーマンAさんが、仕事でマレーシアに派遣されることになったとする。
前任者がいるわけではなく、新規で開拓する仕事だ。
この時、Aさんはマレーシアについて調べはじめるだろう。どうやって調べるのが早いだろうか?

当然、自分の仕事と近しい人で、かつマレーシアで既にその仕事をしている人(仮にBさんとする)に聞くのが早い。
Bさんは数年間マレーシアで仕事をしており、現地のことに精通している。問題は、AさんがBさんを見つけられるかどうか、だ。
この時に我々のサービスが登場し、AさんとBさんと結びつける、というわけだ。Bさんは、Aさんがネットで調べたり現地で一から調べたりする手間を大幅に削減してくれる。


このように、ある人にとって身近な情報でも、その情報にアクセスしにくい人にとっては調べるのに手間と時間がかかって大変、というのは山ほどある。
日本人の何割の人が、ニューヨークのマンハッタンで仕事をする時に、どこに住めばよいか、どれくらい家賃がかかるのか、さっと調べることができるだろうか?

膨大な情報がネット上に落ちている現代では、インターネットを使えば調べられない情報はあまりない。生活に関するような一般的な情報なら、頑張れば誰でも何となく調べることが可能だろう。
ただし、情報を集めて整理するには、特にそれが馴染のない領域の情報ならば、かなりの手間がかかる。

この課題、すなわち情報を集めて整理する(=IT用語でキュレーションという)サービスを提供するので、僕たちはこれをキュレーションサービスと呼んだ。
ごく最近(今も?)流行った、キュレーションメディアが登場するよりも少し前のことだった。


僕たちはこのアイデアを、かなり優れたものだと思い気に入っていた。

(続く)
関西には商店街文化が残っている。

京都・錦糸町、大阪駅周辺や天神橋筋商店街、神戸・元町商店街など大きなものから、もう少し小さな駅前の商店街まで、店も活況で人の往来も多い。
僕の生まれ故郷の商店街は、県庁所在地なのにシャッター街だ。

商店街での事業に参入できそうな機会があった。
上で並べたような名のある商店街の理事長にコネができ、商店街も海外向けの戦略を考えなきゃね、という話しが盛り上がり、いろいろ提案しているうちに、
「そういう話を今度理事会でしてください」と。ぜひ今後の発展に協力して欲しい。そんな感じで理事会に出席することになった。


雨の平日お昼時に商店街脇の会館の会合に、普段着なれないスーツを着込んで参加させてもらった。
結果・・・今後あまり関わることはなさそうだ苦笑

出席者は、各お店の代表者と理事長、それに「事業部長」という肩書きの人物。商店街のホームページを作っている外部の業者もいたかな。
流れを見ながら適当に話しを進めてみたものの、基本的にあまり積極的な発言がないので議論にならない。
挙句、外から刺青の人が入ってきたら困るとか、誰が旗を振るの(責任者には誰が立つか、ということで譲り合い)とか。


波風立てたくない、これまでと違ったことはやりたくない、という保守的な雰囲気。
個別に話しときに「あれやりたい」「こんなこともやりたい」と言っていた理事長ですら、理事会では積極的な発言は殆どなし。
事業部長という方には、「隣の商店街で新しいイベントやったら、お店の人に水かけられたんだよねー(新しいことをして嫌がらせを受けたらしい)」という話も聞かされた。

ヨソモノに対して警戒していたのかもしれない。
こういう集団に溶け込んで、新しいことに挑戦する、全体的な何かを変えていく、というのは相当時間と根気と忍耐が必要な気がした。

ベンチャー企業のように、「あれやってみる?」「おし今日からやろう!」的な進み方に慣れてる僕としては、手を引きたい気分満載になった。
それで時間かければ巨額が動く、というわでもなく、いち商店街の経済が少し変わる程度、というのもある。


新規ビジネスをする上では、顧客のBehavior(習慣など)を変えるのは極めて難しいから、やるべきではないと教えられた。
今回の件では、商店街のオーナー達の文化を変えるに近いものがある。そういうのは、とても難しい。

なかなか踏み込めない場を体験できて面白かった、ということで。
起業する前と後で、圧倒的に変わったのが金銭感覚。
1円単位で経費を削減するのだ!とかそういう話じゃなくて、単純に日頃使うお金について。


サラリーマン時代、毎月何十万もの額が必ず口座に入ってきてた。あれは天国のような環境だったと思う。
うちの家計は嫁さんに任せてたけど、僕は給料から定額を毎月入れていた。
で、残りは自分のお小遣い。・・・というか、家庭に仕送りしていたという方がしっくりくる。
嫁さんは僕の給料を知らないし、僕も嫁さんの給料も貯金額も知らない。家庭のお金がどう運用されてるのかも知らない。

早い話、毎月使えるお金がけっこうあった。僕はどちらかというと買い物が好きだ。
クレジットカードで何十万も落とすのは、日常茶飯事だった。カード大好きだったから、モノ買ってもお金を払ってる感覚はあまりなかった。最大の衝動買いは、車。450万笑
で、翌月には残高がまた増える。仕事が大変な月も楽勝な月も、変わらず入金される。


いま、昼食代100円高いと悩む。
から揚げ弁当430円 → から揚げスペシャル弁当630円 高すぎて注文できない。。
躊躇なく万単位を使ってた人間とは思えない。

世間で安定収入とか安定した職業とか、安定がもてはやされてるのがよく分かるようになった。
何か月も売上げが経たない月があって、その後売上げが立つようになってきたけど、金銭感覚は売上げ0時代と殆ど変らない。

不安定(収入が0になることがある)って恐ろしい。
と思うと同時に、一万円稼ぐのって、大変なんだなぁと思うようになった。

隣りの自転車屋さんに、中古のサドルが一万円で売っていた。他店の新品定価は3万円くらい。
前のサドルがボロになってきたし、色もデザインも機能もめっちゃいいなぁ、と思った。が。

一万円あったら・・・ウェブで数百人集客できる。
安いセミナーなら3回くらい参加できる。
名刺何百枚も刷れる。

そう思ったら、買えなかったorz


いろいろ買い出したら、また浪費癖が出てきそうなので、もうしばらく慎ましい感覚を大事に過ごしてみようと思いました。
オフィスを退去しよう。
そう思ってはみたものの、とても良くしてくれたオーナーさんに話すのは気が重かった。まだ入居して半年経っていない。
新契約すると、次のテナントから礼金やら入るだろうけど、入居者探しも楽じゃないだろう。人のこと心配してる場合じゃないけど・・・

どう切り出そうか考えながらオフィスに行くと、表でばったりオーナーさんに会った。
他愛無い世間話しとかしていたけれど、仕方ないので切り出してみた。
「実は退去しようと思ってます」

特に反応もなく、3か月前に通知くれたら、いつ出て行っても良いという返事だけもらった。
その流れで、これまでの経歴やら事業やら失敗談やら話して盛り上がった。途中でオーナーさんの電話が鳴って、仕事が入ったのでと去って行った。

さて。これからどうしようかな・・・
オフィスに入ってしばらく考えていたら、オーナーさんが僕のオフィスを訪ねに戻ってきてくれて、自分の事務所に招いてくれた。

そこで、このオーナーさんが立ち上げた昔の事業について教えてくれた。
今でこそ当たり前になったレンタルCDビジネスを、昔仲間と立上げた話しをしてくれた。当時はまだ法律もグレーで、かなり荒稼ぎしたらしい。

そんな彼が、自分が僕ならこんなことをする、あんなことをする、と。
「それだけの経歴と技術があれば、何でもできるで!」
そう言って、売り込み方を教えてくれた。
僕の持っている技術、経歴。どこでどう使えば良いか。そんなアイデアをぼろぼろ出してきてくれた。

その時に、気づいた。強みや弱みは、相対的なものだということを。


当たり前のことだけど、東京大学の中で東大生である価値は限りなく0に近い。
でも地方の小企業の中にいれば限りなく価値が高まる。その人に能力があるかどうかはこの際問題ではない。ただ東大生ということだけで、限りなく価値を持つ場合がある。
「理不尽な強み」というのは、こういうことか?

IT技術も同じだ。
既にIT化された分野では、IT技術は価値を持たせにくい。さらなる先進技術がないと勝負にならない。でもろくにIT化されていない分野では?

技術の進歩した現代で、僕が考え付くほぼあらゆるサービスは、既に事業化されている。
どんなに考えても思いつかなかった。
いわば「東大生を欲する企業」を見つけられなかった。

ただ、それを "見つけられる人" に出会った。
その瞬間、僕自身の強みにすら感じられない強みが、理不尽なほど強いものに変わった。特定の分野には、そうしたスペシャリストがいないからだ。
どこで生かせば価値が出るのか、彼はそんなアイデアをいくつもくれた。


これは単純な話のようで、奥が深い。
つまり強みというのは、活かす場所を適切に選んだ時に初めて強みになるからだ。
就職活動をしていた時、自分の強みと弱みを探す手段は、自己分析だった。分析結果を、「僕の強みは●●です」とか面接で話していた。
でも、自己分析で得られる強みや弱みは、その時点では強みでも弱みでもない。強みや弱みは、相対的な価値だからだ。

こう考えた時、僕は自分の強みをビジネスにする方法に、新しい軸を加えることができた。
もちろんビジネスが成功するかどうかは、それが全てじゃない。
でもこの考えに気づいたことで、僕は前に進むことができた。進むきっかけを与えてもらった。

このオーナーさんにはこの後も仕事をもらったし、人脈を紹介してもらったりアイデアをもらったりしている。
僕は退去するのをやめ、今日も彼のビルのオフィスで仕事をしている。


(p.s. 僕は東大生じゃありません)
立ち上げたばかりの法人にとって、賃貸契約と口座開設はちょっとしたハードルだ。

どちらもある程度の信用が必要だ。
いわゆるメガバンクで口座開設するには、キチンとした登記書類やら住所・電話番号などが必要だ。
詐欺事件の振込口座などに流用される可能性もあるため、法人の口座開設は個人の開設とはプロセスが全然違う。

必要書類を提出した後、1-2週間もかけて審査し、登記内容に少しでも懸念点があれば電話で確認されたり追加の証明書類を要求されたりする。
3年ほど前に開設した時は、UFJは当日すぐに開設できたし、三井住友も1週間ほど何かしら審査された後に承認された。金融機関はすごく厳しくなったな・・・

賃貸契約も、最近では家賃滞納を防ぐために保証協会を通して借主を審査し、滞納保険をかけているオーナーさんも多い。(この仕組みを使うと、滞納が起きると保証協会が払ってくれる)
だから、特にITとかあまり実態のない法人は、誰でもすぐに借りれるバーチャルオフィスなどを利用することが多くなる。
(ただし、殆どの詐欺会社がバーチャルオフィスを使っているため、そういう住所で登記すると、金融機関の口座はバーチャルオフィスの住所ではまず作れない)

賃貸の保証協会の審査も当然それなりの基準はあるわけで、生まれたての起業家なんて定職も収入もないアルバイト以下な人種なので、あまり通らない。
特に僕は、しばらくの海外在住で日本の籍を抜いており、ごく最近転入してきたとか胡散臭さ全開だ。
身分の確かな身内(公務員の親など)がいれば、連帯保証人として審査を有利に進めることもできるが、この程度で親を引っ張り出してくるのは自立できてない子のようで嫌だった。


そうして困っていた時、ある賃貸業者が現オフィスのビルのオーナーさんを紹介してくれた。
今までの経緯などを簡単に雑談して、オーナーさんは「貸してあげるよ」と内定っぽい返事をくれた。どこかの審査会社を通して身分の保証は必要だと言われたが。。
千原ジュニアにソックリな賃貸業者の担当者は、「審査会社の指定がないならどうにでもなりますよ!」とか胡散臭い言葉を残して去って行った。
ジュニアはどんな裏技を使ったのか、数日後に審査完了(もちろん通過)の連絡が来た。

当初やる予定だったビジネスプランで数か月事業を進めて行ったが、どうにもうまくいかない。
家賃は〇万円程度(安くしてもらっているので伏せ)で高くなかったけど、既に半年以上が経過していた。
家賃は高くなくとも、1万円の共益費に、公共料金とネットで月2万円程度はかかってくる。

僕はその間、他に商売になりそうなアイデアはないか探し続けていた。
いくつか試したが、とても生きてけるに足りそうなものはない。つくづく、商売のセンスないな~と思った。世の中は甘くない!

このままロクな売り上げも立てられなければ、あと何か月生きていけるだろうか。
そんなことを毎日考えていたら、だんだん気が滅入っていった。

疲れきったあたりで、ついうっかり、ネットで半沢直樹1話を見てしまった。こんな起死回生ができたらいいなぁとか思いつつ、気が付いたら全話見てしまっていた。
オフィスに着いた頃の清々しい朝の空気は、夜の重たい闇にとって代わっていた・・・

このオフィスを引き払ったら、どれくらい延命できるだろうか。
オフィス来てドラマ見てるだけならいっそ引き払っちまうか!
家は子どもがいて集中できないけど、子育ても手伝ってあげられるし。
日暮れ後の虚しさと、自分の馬鹿さ加減に呆れたのもあって、オフィスを引き払うと決心した。何だか胸がスカッとした気がした。
帰って、嫁さんに「オフィス引き払おうかと思う」と報告した。


翌日、オーナーさんに挨拶して出ていくことを伝えようと思った。
もちろん解約通知書を送ればそれで済むけれど、あれだけ良くしてくれた人だったから、ちゃんと面と向かって伝えたかった。


(全然「強み」の話しが進まなかった・・・適当に思いつくまま書いてるので・・・続く)
起業するときのポイントに、「自分の理不尽な強み」を探しなさい、というのがある。

他の誰にもなくて、自分にだけある、他の人が絶対真似できない強みを探しなさい。
そして、それを武器に事業内容を決めなさい。
ということらしい。事業プランをどう決めるか、という勉強をしていた時に教えてもらった。


・・・・・・そんなんあるわけないやん。とその時思った。
オリンピック金メダリストとか、上場企業の社長さんの持つ人脈とか、織田信長の血筋とか?そういうのをイメージしてた。
若いころは認めたくなかったけど、そんな人と並べば僕は凡人。そんな強みがあれば苦労しとらんわ。

そして、身の回りの起業家の殆どにそんな強みはなさそうだと思った。
そういう人は、例外なく成功していない。

でも、なんと。あった!!
自分にも、そんな理不尽な強みと言えそうなものが。教えてくれたのは、僕が借りているオフィスのビルの大家さん。

ーーーーー

「起業するなら、どんなに小さくてもいい。自分だけの城(オフィス)を持ちなさい」
僕の人生の最初の投資家から、そう助言されたのは2年ほど前のことだ。

「一国一城の主だからこそ生まれる自信と態度。それに、毎月家賃を払っていかなければならないという覚悟を持て。
コワーキングスペース(少額を払って起業家の卵たちが大部屋の机と椅子を間借りする施設)なんかじゃ絶対成功できない!」
そう言われた。当時はなんとなく、そうかな~?と思ってたけど、今回日本で登記するとき、そのアドバイスに素直に従うことにした。
そういえばサイバーエージェントの藤田社長も独立するときに、そんな話しをされたと言ってたのを思い出した。


登記したての法人がオフィスを借りるのは容易じゃない。賃貸契約時に保証人やら信用照会が必要だけど、立ち上げたばかりの法人にそんなものはないからだ。
でも、このビルのオーナーさんはとてもいい人で、僕みたいなどこから来たかも分からんヤツにでも部屋を貸してくれた。
しかも部屋が広すぎるからと言って、わざわざ壁を作って半分に仕切ってくれた。家賃も、相場よりだいぶ安いと思う。
それでも不必要に広い45平米ほどのオフィスに、僕は城を構えた。

そのビルのオーナーさんが、教えてくれた。
「○○さん(僕の名前)、あなたは自分の力にちっとも気づいてないんやね」

・・・???
あまりに何やってもうまくいかないので、もう退去しよう、と決めてオーナーさんに話した時、そう言われた。

(長いので続く)