結婚宣言した @riripon48 の「人生を危険にさらせ!」http://amzn.to/2sEfBLe  はけっこう面白いから、AKB48をやめたら、どこかのメディアでコメンテーターとかしたり、コラム執筆の需要はあるんじゃないか?一度、インタビューをしてみたいと思った読後感。

 

 

 

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【原稿執筆のための参考

テーマ:

待機児童数(16年4月1日現在)

 

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000137594.pdf

 

 

教育・保育施設等における事故報告集計について

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000122201.html

 

 

平成28年におけるコミュニティサイト等に 起因する事犯の現状と対策について

 

https://www.npa.go.jp/cyber/statics/h28/h28_community_shiryou.pdf

 

日本の地域別将来推計人口 (平成 25(2013)年 3 月推計) -平成 22(2010)~52(2040)年-

 

http://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson13/1kouhyo/gaiyo.pdf

 

 長年、電子掲示板を運営していると、ときの流れを感じることがあります。私が運営している「虐待掲示板」があります。最近、こんな投稿がありました。

 

以前(と言っても数年前ですが)ここにいた『ゆうき』です。
確か中学の頃初めてここに来て、今はもう20超えてます。
未だに虐待は続いてるし、エスカレートしてる。
耐えきれなくなって学校の先生に相談しても、忌み嫌われて強制的に介入するような、あとで私が殺されるってわかってるはずなのに構わず勝手に行動した先生達のせいで、これ以上虐待のエスカレートが進まないようにするために学校を辞めることになりました。

経験者じゃないんだから、理解してもらえるなんて思ってなかったけれど、先生達に言われた言葉がふと思い出されて心に深く突き刺さります。

あれから何年も経って、当時ここにいた人たちも見かけませんね。
でも、悩み続けてる人達はいて。
早く、みんなが救われる日がくることを願っています。
逮捕されたとして、加害者は数年もすれば戻ってきます。
そのリスクを、先生達は理解できなかったようです。
虐待を受ける人達が、安全に助けを求められるような、そんな社会になればいいのに……

とりあえず生存報告です。
また時間あるときに来て、みんなの話きけたらなと思います。
ここに吐き出して、少しでも落ち着きましょう。
ここがみんなの居場所になりますように。

 

 かつて常連の投稿者が一旦は離れたものの、また戻ってきてくれるのは複雑な気持ちです。離れるということは、この種の掲示板を必要じゃなくなった可能性があるからです。ただ、苦しいときにはこの掲示板を思い出してくれるのは嬉しいものです。

 

 

弁護士ドットコムで今月書いた、自殺政策関連記事です。

 

40歳未満、死因の1位は「自殺」の衝撃…国の自殺対策はどうなっているのか(1)

https://www.bengo4.com/internet/n_6184/

 

「SOSの出し方」を教えるだけでは、若者の自殺が減らない理由(2)

https://www.bengo4.com/internet/n_6187/

 

取手市の女子中学生自殺、文科省が市教委判断の「ちゃぶ台返し」をした理由(1)

https://www.bengo4.com/other/1145/n_6238/

 

文科省「教育現場は生徒の苦痛を軽く考えている」いじめ自殺、どう防ぐか(2)

https://www.bengo4.com/other/1145/n_6239/

 東京都は昨年6月、「万引きに関する有識者研究会」(座長、矢島正見・中央大学文学部教授)を設置。今年3月、「高齢者による万引きに関する報告書」をまとめた。万引きにおける少年の割合は2010年の30%から16年の18%と減少した。一方、高齢者の割合は10年には21%だったが、16年には29%と増加している。高齢者の万引きが社会問題になっている。そんな中で、一つの常習累犯窃盗に関する裁判が東京地裁(太田雅之裁判長)であった。判決は6月15日にあり、懲役2年2ヶ月(求刑・懲役4年)とした。太田裁判長は「もう犯罪はしたくないと言ったことを信じている」と述べた。そこには、法律論だけでは割り切れないものがあった。

 

裁判長「私はあなたを信じている」

 

 被告人(74)は、縦に細い線が入った白のワイシャツと、スーツの黒ズボンの姿で法廷に現れた。髪は短く、顔色はいい。裁判長に促され、証言台の前に立った。

 

 「被告人を懲役2年2ヶ月に処する」

 

 太田裁判長は判決理由が長くなるために、被告人を座らせた。判決では、検察官の起訴状通りに事実認定をした。地下鉄内の切符自動発券機の釣銭取出口から300円を盗んだのだ。被告人は前科12犯、累犯4犯。「常習性があり、規範意識も欠如している」としながらも、被害額が300円と少額で、すでに弁償をしていること、反省を態度を示していること、弁護人が支援をすると言っていることを考慮した。

 

 太田裁判長は「何回もやっているので、悪いのは悪い。でも、弁護人は今後のことを考えてくれている。それにあなたも今後は犯罪をしたくないと言っている。私はあなたを信じていますから」と述べた。

 

被告人「SuicaやPASMOの利用者が増えたので、窃盗をする額が減った」

 

 被告人質問は5月29日にあった。

 

 「ちょっと耳が遠いです」

 

 被告人は裁判長の声かけにそう答えた。裁判を傍聴した人はわかるかもしれないが、裁判長によっては傍聴席まで声が届かないほど声が小さい人がいる。今回の裁判長はそこまで小さくないが、被告人には聞こえなかったようだ。

 

裁判長 住所は?

被告人 横浜市.....忘れた。

裁判長 (そのあとの住所を言いながら)建物の名前は?

被告人 忘れた。

裁判長 (具体的な名称をあげて)その建物ですよね?

被告人 そうです。

裁判長 これから検察官が起訴状を読み上げます。立っていられますか?

被告人 座らせてください。

 

 こうして起訴状の読み上げが始まったが、被告人にきちんと聞こえてたかどうかはわからない。起訴状によると、17年4月、東京メトロの青山一丁目駅内にある、切符の自動発券機の釣銭取出口に接着剤を塗り、釣り銭300円を盗んだという。被告人は中学を卒業後、土木作業員をしながら生活をしていたが、1966年ごろから窃盗を繰り返し、86年からは知人から教えてもらい釣り銭取り出し口から釣銭を盗むことを繰り返していた。

 

 累犯前科は4犯。最後に出所してからは窃盗はせず、老人ホームにも入った。しかし、老人ホームに入り続けることができず、16年10月からは生活保護を受給していた。今回、お金がなくなったことで窃盗をした。被告人は警察官に対しては「SuicaやPASMOの利用者が増えたので、窃盗をする額が減った」、検察官に対しては「池袋では駅員がうるさいので盗みをしない。青山一丁目では駅員の警戒が薄い」と供述している。

 

生活保護費は「友達と酒を飲んだ」

 

 こうした窃盗のときは、被害者に謝罪し、反省の色を示すというのが常道だが、被告人は謝罪文を書いていない。なぜなら、弁護側の最終弁論で「被告人は謝罪の意思を示しているが謝罪文を書いてない。書くのが困難だから」と述べている。書けない理由ははっきりしていない。被告人質問でもこう述べているだけだった。

 

弁護人 被害者にはどう思っている?

被告人 申し訳ないと思っている

弁護士 謝罪文は?

被告人 書いてない

 

 では、なぜ生活保護を受給しているのに窃盗をしたのだろうか。

 

弁護士 なぜ犯行を?

被告人 お金が厳したったから

弁護士 なぜ?

被告人 使ってしまったから

弁護士 何に?

被告人 いろんなあれ。

弁護士 生活費ですか?

被告人 いちいち覚えてない

 

 生活費がなくなったというのだが、理由ははっきりしない。別の質問をしてから最後、弁護人が同じ質問をした。

 

弁護人 生活費はなぜ困った?

被告人 お酒を知り合いと飲んだ

弁護人 どこで知り合った?

被告人 表で。近くにいた友達

弁護人 なぜ友達と?

被告人 わからない

 

 つまり、生活保護費を友人と酒を飲むのに使ってしまったというのだ。検察官が反対尋問でやや詳しく聞いている。

 

検察官 生活保護費をもらってるでしょ?

被告人 そんなに多くもらっていない。ご飯、タバコ、酒、すぐなくなる。

検察官 犯行の1週間前、12万をもらってる。どうして使った?

被告人 仲間にお金を貸した

 

友人は何人か?と聞かれて、「言わないとダメなんですか」

 

 横浜市での生活保護費は満額だとすると、家賃を含めて12〜3万円ほど。被告人は家賃も払っているので、手元に残るのはそれよりは少ない。たしかに、ご飯とタバコ、酒の代金では厳しいのかもしれないが、今回は1週間で満額を使い切った。理由は、仲間にお金を貸したからだ。自身もお金がないのに、お金をなぜ貸すのか。検察官はそこを問いただす。

 

検察官 貸したら自分が困るでしょ?

被告人 そりゃ、思います。でも、仲間もお金がないのはかわいそう。

 

 たしかに、被告人がいうように、友人にお金がなければかわいそうだと思うのは自然だ。だからといって、自身も厳しいのに貸すというのは、常識的ではない。検察官がこんな質問をしている。

 

検察官 盗みの理由にならない。どうしようと思っていた?

被告人 友達に返してもらおうと思っていた

検察官 友達は何人?

被告人 言わないとダメなんですか。できれば言いたくない。この話と関係ない。

検察官 生保のお金はあなたが食べていくためのお金でしょ?

被告人 はい

 

 このやりとりで被告人は検察官にややイラつく態度を見せた。「友達に貸して何が悪いのか?」と言わんばかりだし、「何人にお金を貸そうが、今回の犯行とは関係ないじゃないか」と言いたいのだろう。では、いったい、友達に貸しただけで、生活保護の受給額が1週間でなくなってしまうものなのか。裁判官がそこを質問した。

 

裁判長 お金を貸したのはいくら?

被告人 5~6000円

裁判長 生活保護は12万円。自分で使ったでしょ?

被告人 ご飯と酒と…

裁判長 6日間で12万円。普通の食事では使わないでしょ?お酒でしょ?

被告人 そう言われればそうです。

 

 被告人は友人に貸したが、それ以上に、お酒で使ってしまったようなのだ。ずっと生活保護を受給することで生活が成り立っていたにもかかわらず、なぜこのときは我慢できなかったのか。お酒が入るとお金を使ってしまう行動を取っていたのだろうか。裁判上のやりとりではそこまでの話は出てこなかった。

 

弁護人は社会復帰に向けた計画をつくる

 

 それにしても、仮に懲役刑になり、刑期を終えて出所をしたとしても、どのように社会復帰をしていくのか。そうした計画があるのか。弁護側は、社会復帰に向けた計画書を出している。

 

弁護人 今度、社会復帰したら、生活費はどう稼ぐ?

被告人 施設に入らないといけない

弁護人 (同様な犯罪を)2度としないためには?

被告人 もうやらない

弁護人 生活保護の手続きは自分でしていたのですか?

被告人 はい

弁護人 社会復帰後もできる?

被告人 できる

 

 なかなか申請は難しいと言われているが、生活保護の手続きは自分でできた。謝罪文も書けず、気が短そうな生活の被告人だが、本当に一人で窓口での申請ができたのだろうか。第三者がいたのではないかと想像するが、そこ詳細には突っ込まない。検察官も社会復帰後のことを聞いた。

 

検察官 生活保護のお金はあなたが食べていくためのお金でしょ?

被告人 はい

検察官 社会復帰したらまたお酒に使ってしまうのでは?

被告人 それは考えます。努力します。やらないようにします。

検察官 これまでも2度とやらないと言ってきたでしょ?

被告人 だって、しょうがいないでしょ。お金がないんだもの。

 

 被告人の気の短さがここでも出てしまった。同じような質問を繰り返され、「しょうがいないでしょ!」と言ってしまった。

 

窃盗症として扱うことはできないか?

 

 常習累犯窃盗の場合は、単に懲役刑として罰するだけでは、同じことを繰り返すだけではないか。例えば、窃盗症(クレプトマニア)として位置づけ、治療ベースに乗せた方がよいのではないかという見方もあるが、そこまで検討はされなかった。

 

 クレプトマニアは、アメリカ精神医学会の「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)」の第5版(DSM-5)で、精神障害の一類型となっている。

 

1  個人的に用いるでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。

2 窃盗におよぶ直前の緊張の高まり

3 窃盗を犯すときの快感、満足、解放感

4 盗みは怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚に反応したものでもない。

5 盗みは、行為障害、躁病エピソード、または反社会性人格障害ではうまく説明されない。

 

 東京都の「高齢者による万引きに関する報告書」の中には、「高齢万引き被疑者に対する処分のあり方、再発防止について」(星周一郎・首都大学東京都市教養学部法学部系教授)という項目がある。

 

 それによると、1)認知症などの心理的ないし身体的要因に起因する類型、2)生活困窮型、3)万引き自己目的型ーに分類している。クレプトマニアは、1)にも3)にも位置付けられる、としている。

 

 そして、1)に対しては、医療とともに地域包括ケアシステムで対応することがよいと言われているが、東京都ではすでに取り組みがなされているため、限られたリソースをどのように有効活用すべきか工夫する必要性が言われている。

 

 2)に関しては、少年とは違い、規範意識は一定程度ある中で万引きをしているため、刑事司法での対応で、「高齢者だから何をやってもゆるされる」といった甘えを認めないというメッセージが必要となる。しかし、司法上の限界があり、起訴されない場合も多い。そのため、生活支援とともに、店頭における犯罪防止策を徹底することとされている。

 

 3)には、高齢者の「居場所」と「幸福感」の確保。および未然防止策ということになる。日頃から高齢者の居場所の確保や、福祉的な支援ネットワークの中に繋げることを目標とする。万引き行為をしたあとの、事後対応の枠組みを考える必要性があるとしている。

 

 この被告人の場合、すべてが入り混ざっているように感じた。弁護人は被告人に名刺を渡している。出所したら、一緒に老人ホームを探すことにしている。出所後の社会復帰の際には、経済支援だけでない医療や福祉のアプローチが必要になるのではないだろうか。

【裁判傍聴】常習累犯窃盗

テーマ:

170529 常習累犯窃盗

 

H29刑(わ)856 刑事第1部C係

裁判長 太田雅之

被告人 S 

東京地裁528

 

被告人 ちょっと耳が遠いです。

 

裁判長 生年月日は?

被告人 昭和18年3月21日

裁判長 本籍は?

被告人 秋田県秋田市

裁判長 住所は?

被告人 横浜市….忘れた

裁判長 建物の名前は?

被告人 忘れた

裁判長 仕事は?

被告人 今はしてない

裁判長 立って入られますか?

被告人 座らせてください。

 

検察起訴状

 

H28.4.5 東京メトロの青山一丁目駅の自動発券機のつり銭の取り出し口に接着剤を塗り、300円を盗んだ

被告人は、これまでにも

H17.6.21 東京地裁で懲役2年6月

H21.3.9 東京簡易裁判所で懲役2年

H24.1.19 東京地裁で懲役3年

 

中学卒業後、土木作業員などをした。

H28.10から生活保護の受給

未婚、身寄りはいない。

前科14犯

S41から窃盗を繰り返す。

S62から、駅の自動発券機で接着剤を塗り、釣り銭を盗む手口を繰り返す。

H29.4.3 青山一丁目駅でも同じことをする。

 

1 被害駅助役供述

  覗き込んいる被告人を特定

 「信用を失った」「掃除をしなければならなかった」「犯人は許せない」

2 駅長供述

3 現場写真

4 カメラ解析報告

5 捜査報告書

6 証拠品 接着剤

7 生活保護状況

1 被告人の心情、経歴

2 犯行の経緯

  30年前、手口を友人から教えてもらう

  スイカやPASMOになったので、窃盗する額が減った

3 検察での供述

  住所不定といっていたが、横浜市に住んでいる、家賃を支払っている。

  4・9 次の受給日まで金銭が不足した。

  池袋ではやらない。駅員がうるさいから。盗みづらい。

  青山一丁目は駅員の警戒が薄い。

4 検察供述 被害額300円

5 戸籍

6 犯罪歴

7 前科長所

8 判決謄本

 

1 青山一丁目駅への賠償 受領書

2 謝罪報告と、更生計画

 

被告人質問

弁護士 お年は?

被告人 74

弁護人 家族は?

被告人 いりません

弁護人 持病は?

被告人 心臓

弁護人 薬は飲んでいる?

被告人 はい

弁護人 被害者にはどう思っている?

被告人 申し訳ないと思っている

弁護士 謝罪文は?

被告人 書いてない

弁護士 なぜ犯行を?

被告人 お金が厳しから

弁護士 なぜ?

被告人 使ってしまったから

弁護士 何に?

被告人 いろんなあれ。

弁護士 生活費ですか?

被告人 いちいち覚えてない

弁護士 前回の出所から2年間どうしていた?

被告人 施設に入っていた。

弁護士 どこ?

被告人 老人ホーム

弁護士 手続きは自分で?

被告人 自分でやった

弁護人 生活費はなぜ困った?

被告人 お酒と知り合いと飲んだ

弁護人 どこで知り合った?

被告人 表で。近くにいた友達

弁護人 なぜ友達と?

被告人 わからない

弁護人 今度、社会復帰したら、生活費はどう稼ぐ?

被告人 施設に入らないといけない

弁護人 2度としないためには?

被告人 もうやらない

弁護人 生活保護の手続きは自分で?

被告人 はい

弁護人 社会復帰後もできる?

被告人 できる

弁護人 老人ホームに居続けることはできなかった?

被告人 居る気になればいれた

弁護人 前回も同じことを言っていた

被告人 それはしょうがない

弁護人 私の名刺を持っている?

被告人 もっています

弁護人 反省している?

被告人 反省しています

弁護人 裁判所に言いたいことは?

被告人 別にない

 

反対尋問

検察官 30年前から同じ手口で繰り返している

被告人 よくわからない

検察官 コツがある?

被告人 わかんない

検察官 1日で稼げるのは?

被告人 はっきり言ってもらえます?

検察官 いくら稼げるんですか?

被告人 それは言われてもわからない

検察官 多い時は?

被告人 そんな多くはとれない

検察官 多いとどのくらい?

被告人 千円くらい

検察官 何回で千円?

被告人 そのときによって違いますよ

検察官 昔と比べると少ない?

被告人 言い切れないね。

検察官 増えたか?減ったか?

被告人 それはわからない。そんなの聞いてどうする?自分は気にしてない。

検察官 青山一丁目駅はなぜ?

被告人 どうしてかわからない。決めてない。そこに行ったから。ただ行った。

検察官 接着剤を買った場所と駅は遠い。買った近くにも駅はあった?

被告人 あった。

検察官 なぜ、青山に?

被告人 理由って、ただ行った。

検察官 300円を盗んだ。成功した、どうして帰宅しない?

被告人 帰ろうと思っていた。その前に駅員とか警察かやってきた。

検察官 防犯カメラをあるのは知っていた?

被告人 知ってます

検察官 バレるとは思わない?

被告人 そのときによって違う

検察官 発券機には注意書きがある

被告人 ありました

検察官 やめようとは思わない?

被告人 悪いのはわかっていた

検察官 わかっていた?

被告人 でも、生活しないといけない

検察官 生活のためのお金だった?

被告人 お酒に使った。

検察官 生活保護費をもらってるでしょ?

被告人 そんなに多くもらっていない。ご飯、タバコ、酒、すぐなくなる。

検察官 犯行の1週間前、12万をもらってる。どうして使った?

被告人 仲間にお金を貸した

検察官 貸したら自分が困るでしょ?

被告人 そりゃ、思います。でも、仲間もお金がないのはかわいそう。

検察官 盗みの理由にならない。どうしようと思っていた?

被告人 友達に返してもらおうと思って居た

検察官 友達は何人?

被告人 言わないとダメなんですか。できれば言いたくない。この話と関係ない。

検察官 生保のお金はあなたが食べていくためのお金でしょ?

被告人 はい

検察官 社会復帰したらまたお酒に使ってしまうのでは?

被告人 それは考えます。努力します。やらないようにします。

検察官 これまでも2度とやらないと言ってきたでしょ?

被告人 だって、しょうがいないでしょ。お金がないんだもの。

検察官 社会復帰したら施設に入る?

被告人 老人ホームかどこかに。探せばあります。社会に出てから。ここいたら探せない。市役所にいって紹介してもらう。

 

弁護人 私と一緒に探しますか?

被告人 一緒にやってくれるなら。

 

裁判長 お金を貸したのはいくら?

被告人 5~6000円

裁判長 生活保護は12万円。自分で使ったでしょ?

被告人 ご飯と酒と…

裁判長 6日間で12万円。普通の食事では使わないでしょ?お酒でしょ?

被告人 そう言われればそうです。

 

検察官 繰り返しやってくた、常習性がある。計画性があり、酌量の余地はない。

前科10犯。矯正教育をしないといけない。

規範意識も薄い。再犯の可能性は大。

一般予防の見地から厳罰に、懲役4年を求刑

 

弁護士 第一に反省している。被害者には謝罪の意思を示している。

謝罪文をかけん愛のは、書くのが困難だから。300円は起訴前に弁償している。

第二に、盗んだのは生活費。唯一の楽しみが酒。生活費が不足した。

第三に、犯行をしない環境が必要。社会復帰した場合は老人ホームへ。

第四に、前回の出所後、2年3ヶ月は自由に暮らして居きた。自由な生活の価値を知っている。

失った自由のありがたさを感じている。

最後に、被告人はもうすぐ75歳。持病もある。2度としないと思っている。

 

6月15日13時20分~ 判決

528

 さいたま市立小学校の2年生(当時)の沙織さん(仮名)が元担任の女性教諭(50代)から暴言を吐かれたり、暴行を受けたことで、不登校になったとして、沙織さんと母親が元担任と校長と教頭(いずれも当時)とさいたま市を相手取り、謝罪や慰謝料543万円を求めていた裁判で、原告と被告が和解していたことがわかった。

 

 被告側は訴えの内容を認めなかったが、和解には「不登校のまま卒業した気持ちを理解し、斟酌する」との文言が入った。「斟酌」という言葉は、沙織さんからの希望。通常、和解などでこうした言葉は使用されないが、裁判長もそれを認めた。

原告「くるくるぱー」とばかにされた 長時間廊下に立たされたと主張

 訴えなどによると、沙織さんは2009年4月、小学校に入学した。2年生のときの元担任から、暴言や暴行を受けた。加害行為は2年生のゴールデンウィーク明けから始まった。沙織さんは、授業中、「くるくるぱー」と、バカにされていたと証言した。日記にも、「目があったときに、くるくるぱーといってバカにした」と書いていた。

 

 また、沙織さんは隣の席の児童に算数のやり方を聞いていたが、担任は「先生が話をしているのに何でしゃべっているの!」と大声で怒鳴った。そして腕ごと強く引っ張り上げ、倒れた状態で引きずられたという。

 

 さらに、沙織さんは週に3、4回は廊下に立たされていた。それは3時間以上に及ぶこともあった。立たせる場所は、教室側の壁ではなく、教室の対面にある昇降口の下駄箱の近くか、教室の隣にある「資料室」内だった。クラスの近くには職員室や校長室があるが、下駄箱側や資料室は職員室から死角で見えない位置だ。

自傷行為を繰り返し、「死にたい」と思うように….

 母親は沙織さんが元担任からの暴言、暴行を受けていたことを知らなかった。沙織さんが「学校に行きたくない」と言っても、母親はその理由はわからず、兄が学校に付き添ったこともあったが、次第に腹痛や頭痛が続いた。夜泣きをし、「先生が怖い」と言い出した。手の甲を見ると赤くなっていた。「つねられていていたのではないか?」と母親は勘ぐった。

 

 夏休み明けには、沙織さんは爪を剥いだり、指の皮をむく、などの自傷行為をするようになった。そのため、メンタルクリニックに通うことになった。そこで、沙織さんが受けてきた暴言や暴行を主治医に初めて話した。母親に言えなかったのは「ママに心配かけなっくなかったから」と、主治医から聞かされた。

 

 母親が校長に会いに行くと、校長は「子どもの言うことを信じちゃだめ」と、相手にされなかった。また、「(元担任は)くるくるパー、とは言っていない。(手遊びの)くるくるぽん、とやっただけ」と主張した。「くるくるぽん」とは、保育園で行われる「くるくるポン体操」のことだ。のちに、「頭の回転、早くして」の意味だったと回答を変えている。

 

 沙織さんの心の傷は深く、心因性の難聴にもなった。そして10月中旬から、学校に行けなくなった。4年生のときには「死にたい」と漏らした、という。

暴言や体罰の対象は他にも?

 ただ、元担任の態度は学校側も問題視していたのか、「体罰・暴言等不適切な指導に関する調査」を行った。母親は情報公開請求したが、「個人の権利利益を侵害する」等として、公開されなかった。ただ、元担任の行為は保護者の中では話題だったことから、母親は、沙織さんのクラスメイトとその保護者に自ら聞き取りを始めた。同級生32人中、子どもと保護者の25組から話を聞いたところ、以下のような証言を得られたという。

 

<沙織ちゃんに対していろいろな形で暴力を振るったり、暴言を吐いたり、廊下に立たせたり、ボールペンで叩いた。理由は言わないのでわからない>( Bさん)
<先生のことで一番覚えているのは体罰です。かなり強く腕をつかむので、腕にあざがついた友達もいます。沙織ちゃんを叩いていたことは憶えています>(Cさん)

 

 母親の調査では、元担任による暴言や体罰の対象は、他にもいた。児童Sによると、授業中に椅子に座っていたところに元担任が近づき、腕と髪を引っ張り、椅子から引きずり落とした。そのまま引きずるようにして教室の出口に向かい、戸を開け、廊下に出した上で、そのまま立っているように指示されたという。

元担任との決別のための裁判

 13年11月、沙織さんと母親は提訴した。元担任は法廷で証言することになった。「くるくる」と頭の横で指を回したことは認めたが、「くるくるぱー、の意味ではない」と述べた。その後、沙織さんの本人尋問となった。久しぶりに担任を前にしたためか、震えて、証言台になかなか立てなかった。ただ、「遮蔽をせずに話したい」と希望していた通りに証言をした。希死念慮(死を考えること)があるために、証言台で主治医が付き添った。元担任はその間、目をつぶっていた。

 

 結局、裁判所は和解を働きかけてきた。原告の主張を裏付ける有力な物的証拠はなく、沙織さんや他の子どもの証言しかない。本来、証言台に立つはずだった他の子どもが、市教委や学校関係者がいる前で話すのをためらった。

 

 「この裁判は、沙織と元担任との決別の意味もある」と母親。勝ち負けよりも、当初から沙織さんは「担任からの謝罪」を希望していた。被告側は、訴えを最後まで認めず、取り下げを求めてきた。しかし、沙織さんは取り下げは拒否した。また、和解文言の中で、「不登校のまま卒業したことを『遺憾』」との表現を提案してきた。沙織さんは「遺憾という言葉は、心から謝っていたら使わない」と言い、沙織さんは、手元にスマートフォンで、しっくりくる言葉を探した。

沙織さん「斟酌、という言葉が一番納得する」

 沙織さんは、遺憾では「残念」「かわいそう」「気の毒」というニュアンスを感じたため、ほかの言葉を探した。結果、「斟酌」という言葉を見つけた。「相手の事情や心情をくみとること」という意味がある。その言葉に気持ちを込めた。

 

 「この言葉が沙織の心の中で一番納得していた。裁判では通常、この言葉は使われないと弁護士さんにも言われました。しかし、あえてこの言葉を沙織が探し、選択することで、相手方をぎゃふんと言わせることができるのではないかと考えました。すると、裁判長も、それをくみ取ってくれました。裁判長も『今回の事例は、斟酌そのものです。それ以外の言葉は出ません』と言っていました」(母親)

 

 口外禁止についても提案されたが、沙織さんは拒否した。ストレス性の難聴になり、視力も弱くなった。その上、裁判の話もできないのは不服だったからだ。裁判所も最終的には沙織さんの気持ちに寄り添った。

 

 賠償金については結局「ゼロ」になった。母親は言う。

 

 「五年間病院に通い、付き添った私と本人の交通費を兄がバイト代から捻出して、出してくれた分を請求しました。これからも病院に通わなければいけない。心配してくれるお兄ちゃんに申し訳ないと思ったから請求した。でも被告側に断られました。すると、沙織は『あんな人たちから一銭ももらいたくない』と思うようになりました。和解が成立して、沙織は『あ、終わった!』とつぶやきました。裁判をして、心が強くなったように見えました。私の方がまだ引きずっています」

 

 裁判を終えた沙織さんはこう話した。

 

 「裁判の最中は苦しかった。過去の辛いことを思い出さないといけないから。でも結局、(元担任は)謝ってくれなかった。(元担任の証言を聞いていても)何を言っているんだろう、大人ってずるいなと思った。ただ、裁判をしたことで何かをしてみようとは思えた。中学には行けていないけど、高校には行きたい」

 警察庁の統計によると、年間自殺者数は1998年から2012年まで3万人を超えていたが、13年以降は3万人を下回っている。一方で、若年層の自殺者は減少幅が少ない。小中高生は年間300人前後で推移し、16年は320人だった。また、10代から30代の死因一位は自殺だ。自殺者の自殺未遂歴は、男性は1割だが、女性は3割。未遂を繰り返していると、自殺で亡くなる危険が高くなる。

 

 藍子(31、仮名)も未遂を繰り返した一人だ。

 

 「親のせいにしていいのは25歳まで。あとは自分で向き合うだけ。そう思っていた」

 

 藍子は、家族、特に父親に翻弄された。そのため、何度も自殺を試みようとしている。高校時代は、ビニール袋と風邪薬を使おうとした。また、ドアノブに紐をかけて、自室で死のうとしたが、できなかった。電車に飛び込もうと思ったが、他人の迷惑になると思い、実行はしなかった。

 

 22歳のとき、友人の勧めで、精神科へ通ったことがある。うつ病と診断された。

 

 「自分の欠陥を親のせいにして甘えていいのはせいぜい25歳までと思い、自分で自分を律することができると思っていた。でも、なかなかできないもんですね。できないまま、30歳を超えた。だから、もう一回、親のせいにしてもいいのかもしれない」

昨年11月にも、大量服薬をした。藍子の自傷行為や自殺未遂の背景には何があるのか。

家族が「普通じゃない」と気づいた高校時代

 藍子が「死にたい」と思い始めたのは中2のころだ。家族関係がぐちゃぐちゃということを自覚し、無気力になっていた。高校のときには常に「死にたい」と思っていた。「普通だと思っていた家族」が、「じつは変」とわかったのは、父親に殴られることを彼氏に話した時だった。

 

 「そんなの普通じゃない」

 

 父親のご機嫌をとりながら、毎日、食事をしていた。気に入らないとすぐ殴られた。殴られないための「正解」を藍子は導き出せない。「基準」が曖昧すぎるのだ。母親も藍子を殴っていた。彼氏に言うまで、他の家でもこんなもんだと思っていたという。

 

 高校生のある日、藍子は母親になぐられそうになったとき、「もうやめろよ!」と振り上げた手を力いっぱいつかむと、母親は止めた。娘の抵抗は意外だったのか、それ以後、殴らなくなった。

 

 「でも母親は父親の味方。子どもの味方にはならない。父は怖いので、殴られるのを止められない」

 

 父親は何でも思いのままにしようとする人だった。バブルの時期、使い放題かのように、よくお金を使ったので、金回りが良かった。同時に、父親は浮気もしていた。藍子が幼稚園生の頃、父と浮気相手と、藍子の3人で遊びに出かけた記憶さえある。

一方、母親はそんな環境からかヒステリックで、今の藍子さんから見れば、「ノイローゼだった」という。母親から「なんでこんなことができないの?」と言われた記憶がある。細かいことでよく怒られた。封筒に切手を貼ったが、上下が逆だった。藍子は貼り直そうとし、もたついていた。神経質だった母親は「なんでこんなことばかりするの!」と怒鳴った。そんなことを覚えている。

父が物に当たったとき、母は「あなたのことを愛しているから、殴られなかったの」

 そんな中、藍子は「マリア様のいる学校に行きたい」と言い出した。そのため、小学校の受験をすることになる。土曜学校には行っていたものの、両親ともクリスチャンではない。なぜ、そう言ったのだろう。

 

 「宗教的な信仰心ではない。教会にあるマリア様の近くに石を集めて祭壇を作っていた。造形にはまっていたからでしょうか」

しかし、小学校の受験に失敗してしまう。ただ、受験ということが頭に残ったのか、中学受験をすることにもなる。小学生のころは、勉強をさせられた以外は記憶がない。

 

 「4年生から6年生までは、中学受験のため塾へ行きました。でも、勉強、勉強で追い詰められていました」

 

 自分からミッション系の学校を希望したものの、母親が教育ママということも手伝って、自らの首を絞めるかのように苦しくなっていく。母親には「なんでもいいから勉強しなさい」と言われ続けた。勉強漬けの成果もあり、私立中学に合格した。すると、ヒステリックだった母親は厳しいことを言わなくなっていった。一方で父親は金回りが悪くなり、イラついていた。

 

 「目が気に入らない」

 

 父親が自分を殴る理由が「目」。藍子は「私が悪いんだ」と思うようになった。父親は周囲の物にあたることもあった。暴れて父がベッドを蹴り、ベッドが壊れる。その木片で父は藍子を打った。藍子の足には大きな痣ができた。藍子の部屋にある木のラックを殴ることもあり、勢いがあまったのか、父親は自らの腕を折った。母親はそのときこう言った。

 

 「パパはあなたのことを愛しているから、あなたを殴れなかったの」

 

 それを聞いた藍子は「愛してるって何?」と感じた。愛していると、暴れられても父を許さないといけないのか?とも思った。藍子に葛藤が起きるが、父親へ怒りの感情が湧き上がらなかったのはすべての感情を押さえ込んだからだ。

 

 「我慢していたんだと思うけど、当時は、我慢している感覚はなかった。辛いとだけ感じた。鈍感になっていたのかも」

 

無気力になる中学時代 「加害者になるかも」

 そうした家庭環境によって、無気力になっていく。そのため、学校にあまり行かなくなった。ソフトボール部に所属していたものの、中2のときに退部した。

 

 「学校では感情をなくし、ぼーっとしていた。そのため、部活では後輩に対して厳しく指導することができなかった。しかし、ゆるくすると一年生には舐められる。部活以外は、学校で何をしていたのかは忘れてしまった」

 

 一方、藍子は「自分が大切にされたい」という自己愛は強かった。幼少期の父親の行動をみていたせいもあり、「自分は浮気して良いが、彼氏は浮気してはダメ」という発想にもなっていく。独占欲はあって、恋人を監視するようになった。父親が藍子を思い通りしたいように、藍子は恋人にそうしていた。

 

 「生きたいという意欲は少なかったです。(事件があるとすれば)被害者よりも加害者になるメンタリティーがあった。高校生になるまでは、加害者になるかもしれないというストレスを抱えていた」

 

 こんなストレス状態ならば、何か問題が表出してもおかしくはないが、中学のころは、アニメに逃げていた。また、もう一つの逃げ場は、出会い系サイトだ。当時は全盛期で、18歳未満が登録できないように厳格なルールを定めた「出会い系サイト規制法」成立前だった。

 

 「助けてほしいという気持ちだったので、外の世界に行きたかった。知り合った人からゲームを買って貰ったりもした。対価は求められなかった。また、22歳の男性に『好き』と言われて、1人付き合ったことがある。今思うと好きじゃなかったけど、『付き合おう』と言われ、付き合うこと自体に興味があった。でも、『セックスしよう』と言われてもできなかった」

 

 セックスを断ったのは、男性に対して父親のイメージもあったのか、「男の子の人は気持ち悪い」と感じたからだという。それに、女子校であったためもあり、出会い系で男性に会うことだけで満足だったからだ。

ストレスフルな高校時代

 自傷行為が始まったのは高校生の時だった。この時期の、インターネットには自傷行為を告白するサイト、傷の写真を載せるサイトが多かった。ももち麗子の「ライフ」や矢沢あいの「NANA」などの漫画でも、自傷行為を扱うものが増えた頃だ。これらの時代性もあったのかもしれない。

 

 高3になると、彼氏の友達の家に「家出」をするようになった。携帯電話を持っているために親との連絡手段はあるが、連絡があっても無視し続けた。

 

 「家出のきっかけは、彼氏と一緒にいるのが楽しかったから。遊びに行ったまま帰らなくなった。そのまま家出した感じ。自我が芽生えたのか、ここには味方がいると思えて、逃げていいんだと思えた。それまでは『逃げちゃダメだ』と思っていた。私の反抗期は押さえつけられていた」

 

 ただ、学校には通った。その意味では、行方不明ではないので、プチ家出のようなものだ。こうした生徒だと、担任は厳しく接することもあるだろうが、どうだったのか。

 

 「ダメな子ほど可愛いのか、気を遣ってくれていた。世話焼きだったし、『とりあえず、卒業しよう』と言ってくれた。緩い先生だったけど、あの担任じゃないと卒業できなかったと思う。優しい人で、今でも感謝しています」

 

 家出先の彼氏の友人と、父親が喫茶店で話し合うことがあった。そのとき、藍子は一緒にはいないが、彼氏の友人が帰ってきて、話し合いの内容を聞かされ、びっくりした。

 

 「父親は『あの子は虚言癖がある』と言っていたというのです。父親が威圧的で、殴られるというのは、私の妄想なのか?でも、父親が否定しているということは、悪いことをしている自覚があるってことだと思う。でも、今でも思い出すと、その発言に対する恐怖が湧き上がる。トラウマとして残っている。父親の暴力が私の妄想なら、全部自分が悪いんじゃないかって」

「ノーと言わない」母が離婚を切り出した理由は?

 その後、祖父が亡くなったため、相続で土地を分けようということになったが、父親は勝手に売ってしまい、祖母が激怒した。金回りが悪くなっていたが、家にはそのお金があったはずだった。それも父親が勝手に先物取引に使ってしまう。結果失敗。ますます困窮した。

 

 そんな父親に、母親が我慢できなくなったのは、藍子が21歳のとき。両親は離婚した。父親は家族の危機でも、浮気相手を選んだエピソードがある。

 

 藍子が男友達のバイクの後ろに乗っていたとき、車と衝突した。そのため、藍子は手術することになった。母親は韓国に旅行に行くはずだったが、キャンセルして病院に駆けつけた。一方、父親は「仕事でベトナムへ行く」ことになっていたため、病院には来れなかった。しかし、実は、父親は浮気相手とハワイ旅行に行っていた。

 

 「娘が大変なときに、愛人と旅行?いい加減にしろ」

 

 両親は大学時代に知り合い、結婚した。父親は「ノーと言わない女」が好きだったようで、母親はまるでダメな男に洗脳されているかのようだった。しかし、このときばかりは怒っていたという。母親はつもり積もったものがあったのだろう。離婚を切り出したのだ。ダメな父親を支えていた面もあった母親だが、限界だった。

職場ではパワハラ。今後の夢は?

 なかなか自分自身を認めてもらえる場がなかった。25歳のとき、撮影会モデルに登録した。ポートレート作品の被写体のため、手首を切るのをやめた。1枠90分。時給は6千円ほどになった。

 

 「最初は『認めてほしい』という気持ちが強かったが、表現が楽しくなってきた。今はカメラマンさんとのやりとりでどんなものができるのかを楽しみにしている」

 

 また、ライターをして、シナリオを書いていた時期もある。ただ、職場で、パワハラと受け止められる出来事が多かった。部長の威圧的な態度も好きではなかった。

 

 「部長に『女の部下なんて要らなかった』と言われたのがきつかった。これだけ一生懸命しているのに、私のことを見てくれていなかったんだ」

 

 そんな時期に、自伝的エッセイ『女子を拗らせて』(ポット出版、2011年)などの著者で「AVライター」を自称する雨宮まみさんの作品を読むようになった。女性であることに自信が持てない一方で、「美しくなりたい」「自由でいたい」という雨宮さんに藍子は共感していた。しかし、2016年11月、雨宮さんが亡くなったことを知る。

 

 「親近感を感じていたんです。でも、亡くなったことをネットで知って、ショックだった。訃報を聞いて寂しかった」

 

 最近は、親子エッセイを読むことが多く、両親は『毒親』という言葉がぴったりくるという。毒親とは、アメリカの精神科医、スーザン・フォワード著の邦題「毒になる親」(毎日新聞社、1999年、原題は「Toxic parents」)から生まれた言葉で、子ども支配する親のこと。虐待をしているケースも多い。

 

 「『母がしんどい』(田房永子著、中経コミックス、2012年)を読んで、面白く、衝撃的だった。同じような感覚を持っている人が、あ、いるんだと思った。SNS時代になって、同じ悩みを抱えた人がいるってことがわかってきた」

 

 同書は、母親からの過干渉に悩み、娘を育てるなかでの葛藤を描いた作品。書きたい欲求は藍子にもあった。ただ、エッセイではなく、また脚本を書きたいという夢がある。どんなものを書きたいのか。

 

 「『うる星やつら』のような、キャラクターが生き生きとした話。自分自身の問題を書く人にはならない。ただ、登場するキャラに、薄く自分を入れる程度には書きたい。でも、躁鬱病が治ったら、クリエイティブがなくなるかも?と医者に言われたことがあって、それがちょう怖い。ただ、うつになりすぎると書けない。どっちでも一緒か...。一年くらい何も書きあげられていないのもまた、すごく怖いんですよ」