「輝くものは全て黄金だと信じている女性がいる。
そして彼女は天国への階段を買おうとしている。


レッド・ツェッペリン 『天国への階段』」
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僕は「商売」というものが苦手だ。

もともと大量のお金を前にした人の態度が好きではないので、お金儲けや金融といったものに警戒心を覚えるのかも知れない。

しかし、大人になるとそんな事は言っていられない。とにかく食べて納税しなければならない。


僕は高校生の頃からずっと音楽家になりたかった。しかし自分の道を絞り切れず、夢を貫徹する強い意思も持てず、なんとなく年だけ取ってしまった。


ある時、それまで勤めていたカフェが閉店し、転職を余儀無くされた。
それまで行っていた音楽活動にも一区切りがついてしまい、僕は「職業」というものと向き合わなくてはならなくなった。


2008年1月。
僕はその頃28歳で、実家に住んでおり、10年のギター歴があった。

エレキギターを弾くときに大半の人がピックを使うが、これは消耗品なので僕は安くて良い音の出るものを決まった楽器屋さんで買うようにしていた。

そのお店がスタッフを募集していた。
早速そこに履歴書を送ったところ、何月何日にお店に来てくださいという返事が来た。


そのお店はエレキギターとエレキベース、楽器ケースやピック等の小物類、楽譜を売っていた。
当日お店に行くと、普段客が入れない奥の部屋に通された。
そこには面接官として二人の男性がいた。
一人は店長で、一人はギターフロアのチーフだと言う。
店長は小柄で小田和正氏にそっくりな初老の方で、チーフは眼鏡をかけて顎まで髪を伸ばした30代の男性であった。僕はデニムのジャケットを着ており、面接官は店舗での勤務中だったのだろう、二人ともスーツではなかった。


僕は志望動機や入社したらやりたい事、今までの音楽遍歴、所有している楽器の種類や名前を聞かれ答えた。得意な曲は、と聞かれたのでレッド・ツェッペリンの『ハートブレイカー』だと返した。

面接が一段落すると僕は店長に連れられ、お店の試奏用のアンプの前に招かれ、僕が普段使っているものと同じタイプのギターを手渡された。
話が見えず困っていると、店長が「実力を見たいから、自分で音叉でチューニングして一曲弾いてください」と言った。

僕は焦った。

ギターはすぐに音程の狂う楽器で、演奏の度にチューニングを合わせなければならない。
僕はずっとそれをチューナーという機械を使い、音程を目で見て確かめながら行っていた。
今それを、機械無しで、ラの音が出る音叉だけを頼りにやれと言われてる。

僕は意地で音を合わせようとした。
結局緊張もあり大分低い音程でチューニングが完成した。
ギターは独奏なら正確なドレミに合わせなくても6本の弦のハーモニーが合っていれば、演奏自体は出来る。

僕はその、大分音程の低い状態で、座ったままそのギターを弾きまくった。
その前年の末にプロのパーカッショニストの方とセッションをする機会があったので、その時弾いた曲を選んだ。

一頻り弾いて立ち上がると、店長に「もう大丈夫ですか」と聞かれた。
何が大丈夫なのか分からなかったが、店中の視線を集めている現状から早く離脱したいと思い、大丈夫です、と答えて店長にギターを返した。


数日して店長から電話があり、ベースフロアであれば採用できるのだが、と言われた。
ギターを弾きまくってベースフロアに採用という流れに違和感を覚えたが、とにかく働かなければならないので、お願いします、と答えた。


後で聞いた話だが、その会社の面接でギターを弾かされたのは後にも先にも僕一人だと言う。

とにかく、こうして僕の楽器販売員生活は始まったのであった。


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