映画『俳優 亀岡拓次』は、涙を見せない泣きを魅せる傑作 | orange68のブログ

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『俳優 亀岡拓次』素晴らしかった!

この映画、安田顕が演じる亀岡拓次と、麻生久美子が演じる居酒屋の女将・アヅミとの恋愛模様が描かれる、と思って観てしまうと、違和感を感じるかもしれない。

もちろんアヅミに想いを寄せる亀岡の行動がベースになっていて、あのやたらと長いオーディションのシーンも、映画の終盤で、アヅミの元へ亀岡が走る原動力になっていると思われるんだけど、
亀岡とアヅミのシーンて、そんなに多くない。

アヅミとの恋愛模様も、亀岡拓次のキャラクターを彩る一面に過ぎない。
映画を愛し、スタッフに愛される亀岡の姿が淡々と描かれていく。
淡々と、と言っても、変な気取りはなく、それぞれの場面は輪郭がはっきりとしていて90年代の映画の匂いがただよっている。
だから、亀岡とアズミがミュージカルのように踊る場面の虚構性も、映画のバランスを壊すことがない。ただただ楽しく観ていられる。

この映画の中で、安田顕演じる亀岡は、しばしば放尿し、嘔吐する(どれも生々しくないので心配ない)。
山崎努が演じる大御所映画監督が放つ「涙は口からも出る」というセリフがすべてを言い当てている。
放尿や嘔吐は、亀岡の涙を表している。
涙は一切見せないのだが、亀岡が泣いている映画なのだ。
だからこそ終盤で麻生久美子のもとへと走る亀岡にはオムツは必需品になる。

悲しみや不安にかられ、酒におぼれても、涙は出ない。ただ放尿し、吐く。
安田顕は、そんなどうしようもない男を姿を見事に体現している。

麻生久美子がまた素晴らしい。
ラスト近くで、お茶漬けをすする場面は、吉田恵輔の傑作『純喫茶磯辺』のラストで、やはり麻生が巨大などら焼きをほおばる場面と完全に重なった。
こういう役ができるのは麻生久美子だけな気がする。

で、この映画を傑作たらしめている最高の名場面がある。

映画の中盤、山形のロケで亀岡が立ち寄ったスナックで、ホステスがちあきなおみの『喝采』を歌う場面。
この場面、DVDで立て続けに10回は観てしまい、そのたびに叫んでしまった。

夢にやぶれたホステスが歌う『喝采』を亀岡が無言でグラスを傾けながら聴く、そのときの安田顕の顔の素晴らしさ、そしてそれまでふざけていたエキストラ仲間の宇野泰平がうつむく横顔が続く、この段階で涙腺がやばいことになっているのだが、その次のショット!あえて何かは言わないが、そのほんの数秒のショットが、この映画を稀有の傑作にしている。
観ている側はここで涙のダムが決壊する。そして最高だと叫ばずにはいられなくなる。

まさにこの映画が、涙を見せない泣きの映画であることを、この数秒のショットが表している。

この『喝采』のシーンは、個人的には日本映画史上ベストシーンのひとつになった。

こんなシーンを魅せてくれる横浜聡子を心から崇拝し、その作品を見続けて行こうと思わされた。

最高の映画です。ぜひ!

2016.9.5