惨劇 | 真実の実は苦い

真実の実は苦い

無知蒙昧な中年男が、悪魔に食べさせられた真実の実。月の女神が示した絵のない絵本のページをめくる。

※※ 注 ※※
※ この日記は私見に基づいた妄想日記です。登場する人物・団体は架空の可能性もあります。くれぐれも、努々(ゆめゆめ)信じる事なかれ。
※ かなり長文で稚拙な日記です。文章を読むのが苦手な人はスルーすることをお勧めします。


みちのくの霊山探訪は私にとっては有意義なものであった。が、Ladyにとってはある意味、その後の方が本番だった。ラジオ局の人間と共に、八戸から南三陸などの被害がひどかった地域を取材して廻ったのだ。
私とLadyは新青森駅から一緒に新幹線に乗ったが、途中の駅で彼女は乗り換え、私だけが一足先に東京へと戻った。
東北新幹線が内陸部を走っているため、車窓に映しだされる風景に津波被害を感じさせるものはなかった。思えば青森から鹿児島まで、新幹線の路線が一本につながった途端の被災である。特需を期待していた関係者には青天の霹靂だったろう。
旅の疲れもあって、私は帰路のほとんどをウトウトしながら上野駅に着いた。

数日後、私は東京駅までLadyを迎えに行くことになっていた。予定では夕方くらいの帰着だったのだが、16時近くになっても何の連絡もない。既に新幹線には乗っていてもおかしくはない。私の家から東京駅までは1時間半はかかるので、到着時刻しだいでは迎えに行くのが遅れてしまう。
到着時刻を知らせるよう携帯にメールを送る。しばらくして返信があった。
Lady『17:00くらいです!』
私『あと10分で16時。間にあわないね。汗』
Lady『間にあうでしょ!2時間はかからないと思うよ。』
私『もしかして19:00到着?』
Lady『いえす!』
17時と午後7時を取り違えたのかと判断しながら、急ぎ仕度を済ませると自宅を出た。
地下鉄からJRへ乗り換え、東京駅まであと幾駅もないというところで、Ladyから携帯に連絡が入った。
Lady「今どこ?」
私「あ、もう少しで東京駅着きます。次が、御徒町。」
私は周りを気にして、携帯を手で覆って小声で話した。もしかしたら、Ladyは既に到着しているのかと焦る。もっと早く家を出るべきだった。
Lady「早いねえ。アタシは今、新幹線の駅に着いたとこだよ。これからキップ買うとこ。(笑)」
私「はあ?」
てっきりこれまでのメールは新幹線の中から打ってきたものと思っていたのに、今、出発駅に着いたばかり?
私「とにかく、列車が決まったら到着時刻メールしてっ。」
Lady「おーけー。」
電車の中ということもあり、私はそれだけ話すと携帯を切った。切ってから無性にハラが立ってきた。
『これならあと2時間は家にいれたジャン!』

東京駅に着くと入場券で改札内に入り、新幹線ホームの下に待合室を見つけて座り込んだ。出張の疲れが残っていた。歳である。
携帯を見ると、列車名と到着予定時刻を記したメールが送られてきていた。まだ2時間半ほど先だ。取りあえず、『ばっきゃろ~!まだ新幹線乗ってないなら最初に言え~!』とメールする。
実のところ彼女と付き合っていると、私でなくとも2~3時間待たされるのはザラである。他のスタッフであれ、年配者であれ、たとえ社長であれ。スポンサーでさえも例外ではない。以前、本人に皮肉ってみたことがある。
私「アナタ、たとえエリザベス女王に謁見する予定になってても、絶対女王を待たせるよね。」
Lady「あたりまえよう。別に相手選んで遅刻してるわけじゃないからね。」

自販機で缶コーヒーを買ってきて一息ついた。携帯を開き、現地入りしたLadyが送ってきていた被災地の写メ画像を改めて見てみる。まるで焦土と化した戦場の跡のようだ。メールには『思っていた以上に悲惨です』とある。
Ladyは事前に語っていた。
Lady「プロデューサーと二人で視察かあ。まあ、夜、飲みに行こうって話しにはならないだろうけど。たぶん、そんな気にはなれないだろうし。」
私「現地の様子見ちゃうと?」
Lady「うん。」
Ladyは今回が初めての現地入りだった。しかし、彼女を支援する企業のトップたちが何度も現場に入っており、逐一情報を送ってきていた。彼らは政府の要請により、被災地や原発付近での調査、支援、救助、整備などを行っていた。当然、報道では伝えていないような情報も多く入ってきた。最初は楽観的で、風潮被害に怒っていたLadyも、3月末には認識を改めるしかなかった。
深刻な情報だった。私は九州に住む息子に、しばらく関東には来るなとメールした。
悲惨な情報だった。どれだけの人間が残酷に見捨てられていたか、どれだけの遺体が回収不可能か。
今回の震災関連での死亡・行方不明者の数は、公的発表では約2万5千人。関係者の口に上る数は5万人である。

私「現地のアポはラジオ局の方で取ってるの?」
Lady「うん。大手の報道機関じゃないと相手にしてもらえないらしいからね。」
被災地は有象無象の輩が入り込み、いろいろと良からぬことをしているとの話しもある。
Lady「最初は福島にも行くって言ってたけどね。原発がアブない状態だってキャンセルになったよ。『もう、今後報道機関が福島に入ることはありません』って言ってた。」
私「あらま。て、ことは、ある程度ホントのことが報道機関には流れているのかな?」
Lady「さあ。」
私「真実は知ってるけど、報道はできないってことじゃないんですか?」
Lady「どうだろうね。」
仮に真実が流れていたとして、報道機関が口を閉ざすのも無理はない。大衆はパニックを起こしやすいものだ。
Lady「ねえ、匂いって服に残るかな?」
私「繊維の間に入った匂い粒子は取れにくいからなあ。死臭、かなり酷いらしいですね。」
Lady「うん。GWの段階でかなりのものだったらしいし。ウチの理事長は予定変更して、途中で帰ってきたからね。やっぱり着ていく服は考えないとなあ。チャラチャラした服もダメだし。でも、靴はスニーカー履くしかないよね。」
私「ああ、オレも現場を自分の目で見ておきたかったな。原発にも行ってみたい。今さらどうなっても構わないし。」
Lady「アンタに死なれるとアタシが困るよ。」
私には彼女の語り部としての任があるらしい。狐が言うには、私には81歳まで役目があるそうだ。Lady曰く、『アタシは戦いの中で先に逝くから。アンタがアタシの生き様を後世に伝えるんだよ』。できればそんなことはしたくないので、先に死んじゃいたいのだが。

Lady「そう言えば驚いたんだけどさ、旅行代理店が東北ボランティア・ツアーってのを企画してるしいよ。」
私「は?なに、それ。」
Lady「一泊からOKで、東北の被災地に行ってボランティアしてくるツアーだってさ。現場で簡単な作業ができて、宿泊は絶対安全な内陸部のホテルなんで安心ですってさ。(笑)」
私「はっ!(苦笑)」
Lady「ボランティアやって、感謝されて、夜は東北の選りすぐりのグルメを堪能するツアーなんだって。」
私「はあっ!?気が狂ってんの?」
Lady「でも、人気らしいよ。」
私「そりゃあ、旅行の需要が落ちてるのはわかるけど。何でも商売にするんだなあ。現地の人、そんなボランティアを受け入れられるんですか?」
Lady「さあ。でも、ホテルや旅館は助かるかもね。」
私「そうかもしれないけど・・・・。物見遊山して、自己満足して帰って来るわけか。結構だね。他人の不幸を見学して、自分がその立場じゃないことを実感できりゃ、さぞやメシも美味しいだろうね。」
時に人はとても高潔で気高い存在であるが、大抵の場合は醜悪で愚かな生き物なのだと認識させられる。人類は一度滅びた方が良いのではないか。神は今、それを実行している最中なのか?

新幹線の到着時刻10分前になった。私は到着ホームへ移動すると、メールにあった車輌が停まる位置で待機した。
やがて列車が入って来た。さっそうと降りてきたLadyから死臭はしなかった。
Ladyの荷物を引っ張って改札を出ようとするとアクシデントがおきた。自動改札が通してくれない。インフォメーションで確認すると、入場券の有効時間は2時間なのだそうだ。仕方なく精算所でもう一回分の入場料を支払う。手間取りながらようやく外へ出ると、Ladyが腕組みをして立っていた。
Lady「アンタと一緒だといつも手間取るねえ。」
私「誰のせいや思とんじゃーっ!!ヽ(`Д´)ノウラァ」
Lady「(笑)」
まるで意に介さず、涼しい顔でさっさと前を歩くLady。
Lady「コーヒー飲んで帰ろ。オゴってね。(笑)」

駅前の喫茶店に腰を下ろし、アイスカフェオレを頼む。
Lady「ふう。」
私「おつかれさま。現場、ヒドかった?」
Lady「かなりね。ニュースじゃ流れないとこをいっぱい見てきた。何て言えばいいのかな、空襲の跡ってのが一番近いかも。ガレキの山だよ。」
私「撤去に手が回らないんだ。」
Lady「あれはムリだね。範囲が広すぎる。」
私「遺体は?」
Lady「ゴロゴロしてるよ。生きてる人間が生活できるようにするのが先だろうから、遺体回収はかなり遅れそうだね。」
私「じゃあ、やっぱり死臭が・・・」
Lady「どこに行ってもヒドイ匂いだね。いくらアタシが死体に慣れてても、あの匂いは辛かったわ。」
私「そうか・・・。一般のボランティアなんてとても入れそうにないですね。」
Lady「ああいう場所は無理だろうね。レンタカーで街中通って取材先を移動したんだけどさ、手とか足の先とかがその辺に落ちてんだよね。水圧でペチャンコになった車があちこちに残ってて、その中に死体がそのまま放置されてんだよ。」
私「取り出せないんだね。」
Lady「専門家がカッター使ってじゃないと無理だよね。そんなのがいっぱいだもん。とても手が回らないだろうね。」
私「そうか・・・・」
Lady「あとは地域によって被害の状況に差があるからさ。ボランティアの受け入れすらできないようなとこもあるんだよね。腐った死体の回収なんてのはボランティアじゃできないだろうしね。行政も全部はやってくれないから、遺族がご近所さん募って集めてくるしかないよね。お互い様ってことでさ。」
私「うん・・・・」
Lady「ボランティアも、集まらなくなったみたいだし。」
私「毎度のことですね。最初はフィーバーして押し寄せるけど、すぐに飽きちゃうから。」
Ladyは震災直後から、被災地に押し寄せるボランティアに冷笑を浴びせていた。「あんなに押しかけてもジャマなだけだよ。現地のガソリン使って、現地の食料食ってくるだけジャン。自己満足だよ。それより金を送ってやんなよ。ボランティアやりたきゃ、半年後、一年後に行けばいいんだよ。絶対人手に困ってるはずだから」と。

Lady「数メートルの違いで、助かったり死んじゃったりしているんだよね。」
私「そうだろうなあ・・・・」
Lady「驚いたのはさあ、津波が川を遡ってるから、川沿いの地区に大きな被害が出てるんだよね。海岸から20キロ離れたとこでも、津波が来てるんだよ。」
私「ええっ!そんなに離れてたら、普通は避難しないですよね。」
Lady「うん。それでやられちゃったみたい。」
自然の驚異は、私の想像を超えた力を秘めており、思いもしなかった猛威を振るっていたようだ。

Lady「津波に呑まれた高校を見てきたよ。後ろが山になっててさ、屋上まで津波が来て、生徒がたくさん死んじゃったとこ。」
私「うん・・・」
Lady「学校は完全に廃屋になってて、そこに行く途中の町も瓦礫ばっかなんだよね。遺体もまだたくさん残ってて。学校は別のとこの校舎を借りて授業してるんだけどね、生徒や校長先生に話し聞いてきた。」
私「・・・・・」
Lady「最初は屋上に避難したらしいけど、校長がここじゃヤバイって思ったらしくて、『山へ登れっ!』って指示したんだって。山の斜面に木が生えてて、それにしがみつきながら登ったらしいよ。登れなかった生徒が死んじゃったみたいだね。」
私「校長はどこにいたの?」
Lady「屋上で指示出してたらしいよ。屋上まで津波来ててさ、屋上にいて助かったのは校長ともう一人だけだって。」
私「そうかぁ・・・・」
Lady「校長は流されたときにたまたま金網にしがみ付いて、それが山の木に引っかかったんで、引き波に持っていかれずにすんだんだって。」
私「偶然なんですね。」
Lady「水が引いたときは宙吊り状態になってたらしくてさ、生徒たちが流れてきた布団とかを集めてくれて、そこに飛び降りたんだって。」
私「はあ・・・・」
Lady「生徒にも話し聞いたんだけどさあ、一晩水が引かなくて、ずぶ濡れで過ごしたらしいんだよね。すんごい寒かったって。」
私「3月の東北だもんなあ・・・・」
Lady「遠くでコンビナートが燃えててさ、その炎だけが心の支えだったんだって。『炎を見るのが、こんなに心を暖めてくれるとは思いませんでした』って言ってた。」
もはや私は返す言葉もなかった。
Lady「高校生がさあ、言うんだよね。『いつまでも他の地域の人たちに甘えているわけにはいきませんから、僕たちも自分たちの力で立ち上がる努力をしなくてはと思います』って。それ聞いて隣にいたプロデューサーが、『まだ早い。もっと国や我々に甘えなさい』って言ったのね。」
私「うん。」
Lady「そしたら後から先生たちに感謝されてさあ。今までもたくさんのメディアが取材していったけど、生徒がそんな風に言うと、みんな『よく言った、頑張れ』って言うんだって。」
私「だろうなあ・・・」
Lady「でも、先生たちはまだ早いって思ってるのね。だから、そう言ってくれると助かるって。『でも、お二人みたいにあの光景を見てきた人じゃないと言えないんですよね』とも言ってたね。」
私「他のメディアはどうやって来てんです?」
Lady「自衛隊のヘリに乗ってきて、学校の広場に直接降りるんだってさ。」
私「ああ、なるほどなあ。町の惨状を間近で見ないんですね。」
そういう私も、実際に現場を見たわけではないので、所詮Ladyの話しから想像するしかない。実際に視察に行った人の多くが強いショックを受けているので、自分の目で見れば認識も違ってくるのであろう。

Lady「向こうはテレビがない人も多いからさ。臨時にシティFMを立ち上げて、ラジオで情報を流してんのね。役場の一室をブースにして。素人の人が集まってスタッフやってて、DJも床屋のご主人なんだよね。この人も、津波で奥さんと子どもを亡くしてるの。」
私「そう・・・・」
Lady「その人が言うんだよ。『不謹慎かもしれませんが、今回の震災が他の都市部とかで起きていたら、暴動が起きてたかもしれません。東北の人間だから今も耐えていられるんだと思います。東北は昔から災害や飢饉を何度も経験してきました。寒くて、暗い土地に辛抱強く生きてきました。だからこそ、我々なら耐えられるんです。今、日本はいろんなところがおかしくなっています。あの津波はそれを正すため、神の裁きが下ったんです。東北の人間なら耐えられるだろうと、この地が選ばれたんです。これからの日本がより良くなるために、我々は人柱になったんです。口には出しませんが、みんなそう思っています。そう思わないと救われないんです。私の妻も、子どもも、そのために死んだんだって・・・・』」
私は何とも応えようがなかった。
ただ、震災直後にキャサリンが言っていた言葉と被るのを感じた。

Lady「東北って、昔から飢饉や雪害で苦労してるよね。生きるために隣の村を襲って、人を食べたりとかさ、悲惨な歴史が多いよ。津波だって何度も来てるし。それでもあの人たちはそこに住み続けてるんだよね。東北の人って強いよね。他のとこなら耐えられないかもしれないよ。」
互いに励まし合う被災地の人々のニュースを観ては言っていた。
Lady「大丈夫、日本は必ず立ち直るよ。広島や長崎だって復興したんだもん。アメリカは広島・長崎は50年は復興しないって考えていたんだからね。日本人は強いよ。」
私もその頃、ニュースで観た老婦人の姿に感銘を受けていた。
その婦人は津波で家と嫁と、そして幼い孫娘を失っていた。自宅の跡を見に行った婦人が見つけたものは、無残な姿になった家屋と、その庭に残った一本の桜の苗木だった。
「まあ、よく残ったこと。」
そう言いながら、彼女はそれが孫娘の3歳の誕生日を記念して、家族全員で植えたものだと説明した。そして言うのだった。
「大丈夫。この木は必ずアタシが育てます。絶対に花を咲かせてみせます!」

私は残っていたカフェオレを一気に飲み干すと、大きく息をついた。辺りを見回すと、人々が様々に談笑していた。
震災から3ヶ月。多くの人があの日のことを思い出さなくなった。忘れられる者は幸いであろう。未だ、あの日を強く意識しながら生きている人たちがいる。目の前の風景が、それを忘れさせてくれない人々がいる。
強く、健気で、誇り高き人間。一方で、欲深く、利己的で、あまりに愚直なのも人間。
幾万の失われし御霊を前にし、残された人間は何を考えるべきなのか。神の鉄槌は、人々に己を振り返る機会を与えたものではないのか。
無関心では何も変わらない。自然の営みを恨んでいても前には進めない。
神の鉄槌は序章に過ぎないかもしれないのだ。
人々はいつか気付くだろうか。滅びの青い炎が、未だ火種を残していることを。その塵煙が、いかなる厄災と共に残っているかを。

日本人はどこへ行くのか。
未来は分岐している。どちらへ進むかは我々しだい。