双方の驕り | 人民弁理士今日も行く

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Aujourd'hui comme hier. Demain comme aujourd'hui...

 サラリーマンの頃、事務所の他の人が書いた明細書について、「自分らで書いた方が早かった」と、とばっちりで文句を言われたことがあった。とばっちり云々ということは別として、できが良くないことについての文句は事務所として猛省すべきだと思うが、自分らで書いた方が早いというのは失礼に感じた。たとえ修正点が多かったにせよ、明細書案をたたき台として修正点も指摘しやすくなるのであり、発明者サイドでゼロから書いていたのでは、そこまでも辿り着けないのではないか?もし、本当に発明者側で書く方が早いのなら、特許事務所そのもが不要になってしまう。これには落ちがあり、後で事務所側に確認してみたところ、発明者が違う図面を提供して来たために誤解が生じたようで、むしろ非はクライアント側にあったようだ。

 いくら客商売とはいえ、弁理士だって人間だ。モンスター(?)化したクライアントに対する批判はタブー視すべきでないと思う。


 一方、弁理士側でも驕りと感じることがある。あまり練られていない発明で相談に来られると、事務所側で従来例との差異を探してあげたりすることがあるのだが、こういうときに「発明者に自分の名前を書きたくなった」というボヤキをよく聞いた。練られてはいなかったとしても、基本的なアイデアがあるからこそ、事務所側でも従来例との差異を見つけられるのだ。アイデアも何もないところから、そこまで辿り着くことは難しいと思う。


 クライアント側にせよ弁理士(事務所)側にせよ、独善的になっていては良い信頼関係は築けないと思う。

 

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