つまり、一筆書のようなものなのです | gyohenさんのブログ

つまり、一筆書のようなものなのです

不都合なことがおきた時

幸運なことがあった時



人は不都合なことを「運が悪かった」と言い

幸運なことを「実力さ」と言う



なぜそこで終わらせようとするのだろうか?

なぜ真実を見ようとしないのだろうか?




不都合な出来事は「身からでたサビ」

幸運な出来事は「おかげさま」




それが不都合なことであろうが、幸運なことであろうが

そこには、そこへといざなう原因があり

その原因が気づきの種である


その種から出てきた芽を大切にそだてることで

神様や仏様が人に願うものへと、たどり着くことができるのだけれど


その芽がスクスクと真っ直ぐに成長して伸びることはない

紆余曲折、つまづき、迷い、方向転換

右へ左へ進みながらも、目標の場所にたどり着く


それはつまり、一筆書のように

ひとつの言葉をあらわします


あなたの言葉は、なんでしょうね