仮面

以前、三島由紀夫の「仮面の告白」 について感想文を書いたが、猪瀬直樹の「ペルソナ」 を読んで、少し考えが変わった。

三島由紀夫、父親・平岡梓、祖父・平岡定太郎ともに官僚出身の一家である。
三島は官僚の中でも、エリート中のエリート集団、大蔵省を僅か9ヶ月で退任している。
理由は、小説家として生きてゆくため。

私たちは現在の位置から、作家・三島由紀夫を見ているが、まだ文壇デビューを果たしていない23歳の男が、大蔵省に入省したばかりで退職するという事実。これは大変なことである。
よほど自分の文学的才能に自信があったのか。

当時の平岡家は、父・平岡梓はすでに定年退職しており、年金生活を送っていた。 経済的にもけっしてゆとりがあるとは云えず、作家デビューは背水の陣だった。(註:本当の処女作は14歳の時に書いた「酸模(すかんぽ)」)
そのため、三島は川端康成に協力を仰ぎ(註:川端康成は男色との噂もある)、出版社にも露骨なまでの様々な下工作をしている。

彼は非常に「強い意思の人」であり、目標を掲げ、綿密に計画を立てて行動に移すタイプの人間である。しかも、背水の陣の実質的なデビュー作が、自分の同性愛嗜好を告白した「仮面の告白」である。 これは、世間の注目と話題を得るための計算された作品という見方も多少あるが、私なりの仮説を立ててみた。

それは、三島自身の平岡家に対する復讐。
自分に流れるふた筋の血への復讐。

三島の祖父、平岡定太郎は、兵庫県の農民出身だったが、定太郎の両親共に教育熱心で、経済的にもゆとりがあったため、東京帝国大学に遊学することが出来た。そして、内務省に入省。平民宰相と謳われた原敬総理大臣に仕えた画、疑獄事件を起こす。

定太郎の息子、平岡梓は凡庸な才能ながらも、同じく帝国大学から官僚の道を目指し農商務省入省。可もなく不可もなく官僚的生活を勤め上げて定年退職する。

その一人息子、平岡公威(三島由紀夫)もまた、東京帝国大学を卒業して大蔵官僚になった。

三代続いたという点では、理想的な官僚一家である。
しかし。。。
決して幸せとはいえない結婚生活を送った祖母・夏子に偏執的な愛情を注がれ育てられた三島は、男性として去勢されたようなコンプレックスによって、同性に性的興奮を示すようになる。

家庭を顧みなかった祖父。
その欲求不満を三島によって晴らそうとした祖母。
祖母の言いなりだった父。
遠くから眺めることしか出来なかった母。

そして長男であり、平岡家の跡取りである自分は。。。
つまり、農民出身から三代続いた官僚一家という誉れをつき壊すこと。
それも、「仮面の告白」という、もっともスキャンダラスで恥ずかしい方法で。

しかし、意に反した結果となった。
「仮面の告白」は、大ヒットとなってしまったのだ。

その上、それまで作家になることに大反対で、嘆くとばかり思っていた父・梓はまったくの俗人で、作家としてデビュー出来ると知ってからは、手の平を返すように三島に迎合する有様だった。

三島が死を意識しだしたのは、いつ頃からだろうか。

全作品を通じて、三島由紀夫に関するさまざまな研究・分析がなされているが、どれもこれも死を予感させているようにも見えるし、ただの文芸作品のようにも見える。その有様は、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」のようでもある。

しかし、私が注目したいのは、三島の死に様である。
陸上自衛隊駐屯基地で死んだということは、とりもなおさず官僚国家における武士の巣窟で死んだということである。

ここで、三島は生涯、自分自身の生活基盤となったものを創り出してくれた祖父・平岡定太郎が農民出身であったことをどこにも記述していないことに注目したい。
自分に流れている農民の血。
それをあくまでも否定したかったのだろうか。
自分の血を否定するからこそ、死に急ぐほかなかったのだろうか。
農民とは程遠く位置するようにみえる近代官僚機構の中の武士の巣窟で。
武士だけに許された切腹という方法で。

それは、自分の血を否定した者への神が与えた罰のようにも思えてしまう。

結局、三島は官僚として生きることを早々に止めてしまったが、死ぬまで官僚という呪縛からは逃れることが出来なかったようにみえる。
そしてサムライではなく武士という呪縛からも。

そして割腹自殺。
だから割腹自殺。

しかし、もっとも武士道らしき最期も、私には腹心・森田必勝を伴った心中にしか見えない。
三島は最後の最期まで、自己陶酔の中で昇天したに違いない。

武士ならば、たった独りで死んでみよ。



編集後記
これは、あくまでも三島由紀夫の意識の上には昇らない仮説である。三島自身も気づいていない、潜在的な意識ではなかったか、と私は自分勝手な想像を逞しく巡らせてみた。(笑)
長いあいだ、三島由紀夫関連記事にお付き合いくださり、ありがとうございました^^。(感謝)


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