PS3/HEAVY RAIN ヘビーレイン 心の軋むとき/SCE | 読んだり観たり聴いたりしたもの

PS3/HEAVY RAIN ヘビーレイン 心の軋むとき/SCE

国内でも高評価を受けていた2010年の海外作品である。
PS3を購入する前からいつかプレイしたいと思っており、本体購入と同時にプレイ予定リストに入れて、安い中古を見かけた折りに購入しておいた物(しかし、その直後に廉価版が出て臍を噛んだ)。

ゼノブレイドをクリアして、ゼルダ待ちの間にちょうど良かろうとプレイ。が、目論見より早くクリアしてしまった。

ゲームのタイプを無理矢理一言でいうなら、サイコサスペンスのモーションシンクロQTEマルチエンドアドベンチャーといった感じだろうか。QTE(Quick Time Event)とはシェンムーでの命名で、画面にボタンや矢印キーが表示されたら素早くそれを押せ、というアクションを求めるゲームシステムである。垂れ流しムービーを安易にゲーム化できる為、程度の低いゲームに多用される傾向があり、ゲーマーには嫌われることが多い。

このゲームはそのQTEを突き詰め、三人称視点で表示される3Dフィールドでの主人公の位置と、そしてコントローラの形状を元に、主人公キャラの実際のモーションと違和感なく連動するキー操作を体系として組み上げた点に新奇性がある。
例えば、クローゼットを開ける場合、まず主人公キャラをクローゼットの前まで移動させる。この操作は、左アナログスティックによる視点方向の指示とドライブ・歩行指示のR2を同時に操作して行う。次にクローゼットに向き直り、アクション操作の右アナログスティックを操作して、一旦上に倒し下まで時計回り回転させる、という入力で、扉を開けるのだ。この右アナログスティックの操作手順は、クローゼットを開けられる位置に移動すると、クローゼットの上にアイコンで表示される。
冷蔵庫の中のオレンジジュースを飲みたい場合には、右スティック半回転で冷蔵庫の扉を開け、右スティック下でしゃがんでジュースを手に取り、半回転でキャップを外し、上入力保持で飲む、というようなアクションになる訳である。
このように、主に、右スティックを使用してのオブジェクト操作、継続動作や踏ん張りを表すLRボタンの保持動作、突発反応を表す○×△□ボタン、などをその時の状況によりQTEとして画面に現れるアイコンに従って入力し、3Dアドベンチャーを進めてゆくことになる。

ポイントは、QTEの批判点である「画面と無関係なボタン操作」をできるだけ避け、主人公キャラのモーションと操作モーションをできる限りシンクロさせて違和感を排除している点と、さらにそうした操作を非常に細かく割り振って何度も操作させることで十分に慣れさせる点である。

日常的な行動を何度もシンクロ入力することで、主人公キャラとの行動の一体感が生まれ、それが主人公キャラとの、心情の一体感まで転化していく点にこのゲームのミソがある。

例えば、ゲーム中、銃を構えた容疑者にこちらも銃を突きつけるシーンがある。容疑者は今にも仲間の警官に発砲しそうだ。画面にはR1ボタンのアイコンが出ている。つまり、こちらもR1ボタンを押せば即座に発砲するだろう事はこれまでの操作で類推できる。しかし射殺してしまって良いのか?いくら容疑者でこちらに銃を向けているからといっても本当に正当防衛で通るか?そもそも銃で人を殺すという行動に対しての倫理的な嫌悪感が。撃ってしまたら捜査が行き詰まるのでは。しかし奴は今にも撃ちそうだ。撃ってしまったらまずいし、撃ちたくない、が、撃たれてしまうのはもっとまずい。少しでも変な兆候を見逃すとヤバイ。まずは声を掛けて落ち着かせ、説得だ。選ぶべき台詞はどれだ?どのボタンだ?少しでも間違えると危険だ。よく考えて慎重に…。

このように、実際に主人公になったかのような生々しい緊迫感を感じられるゲームなのだ。

実際のプレイでは何とか撃たずに切り抜けたが、もしR1を押していたら、間違いなく即座に射殺していただろう。そして、そのままゲームは続くのである。
そう、このゲームのもう一つの特徴は、どんな選択をしようがゲームオーバーがない、という点だ。例え主人公が死んでしまっても、そのキャラは死んだ、と言う状態でシナリオは進む。もちろんそのような状態で迎えたエンドは、いわゆるバッドエンドだろうが、その場でバッドエンド終了するのではなく、最後まで進む点が珍しい。
つまり、バッドエンドかも知れないが、それはゲームとしての一つのエンドであって、プレイヤーが選択したのであれば、それがこのゲームのエンドであり、真実なのだ、という事である。

ネタバレになるが、私のプレイではこんな事があった。

中盤、息子の命を助けたければ、今から5分以内に工具を使って自分の指を切断しろ、と指示を受けるシーンがある。思いもしなかった突然の指令。すでにタイマーはスタート。犯人はカメラで行動をチェックしているだろう。急いでその場で使えそうな工具類をかき集める。集めながらいろんな考えがよぎる。まず切断の方法。どうすれば5分以内に手早く指を切断できるだろうか。そしてできれば衛生的に安全に、痛みの少ない方法で。何が使える?。他に道具はないのか。しかし…。本当に切るのか…。切れるのか?自分にできるのか?何を考えているんだ!息子の命が掛かっているんだぞ!切らなければ後がない。切れ!切る!切るしかない。切るしかないんだ。だが…。本当か?本当にそれしか方法がないのか?何とかこの試練自体を回避する方法はないのか?他の手があるんじゃないのか?無理だ。第一、時間がないんだ。切るしかない。道具はそろった。時間は残り2分。これとこれを使って。まずは練習だ。こう構えて、こう振り下ろす。これで間違いない。消毒もした。さあやるぞ。

私はボタンを押して手斧を構えつつ、後は長押しするだけの振り下ろしボタンを押せずにいた。残り1分30秒。振り下ろしボタンを押す。主人公は手斧を振り上げる。そのまま押し続けろ。しかし躊躇してボタンを放すと、主人公は振り下ろしの途中で踏みとどまる。また構え直す。振りかぶって、また途中で止まってしまう。残り1分を切った。

他に選択可能なシナリオ上の選択肢はない。アクションボタンも表示されない。切断するしかない。操作は簡単だ。これをやらないと息子の命があぶない。ゲーム進行上もヒントが行き詰まってしまうから切断しないという選択肢はあり得ない。さっさと操作すればゲームのシーンが進展する、ただそれだけのことだ。

笑ってもらって良いが、私は怖くて斧を振り下ろせなかった。たかがゲームなのに、できなかったのだ。その操作にすごく葛藤を覚えたのである。葛藤?何に対して葛藤したのだろう?本当に自分の指を切る訳でもないのに。
結局、早く早く急がないと、と急かす妻にコントローラを渡し、操作してもらった。妻はさくっと操作入力し、易々とこの試練をクリアしたのだった。

以前、アンドロイド研究の第一人者である石黒さんのジェミノイドの話を書いた。その際に、ジェミノイドと操作者との一体感などシンクロ性に関する技術は、いずれゲームに応用されるだろうが、きっと強すぎる刺激が問題になるほどだろう、と感想を書いた。
まさに、それだ。
単なるコントローラ操作に過ぎないのに、それがほんのちょっとシンクロ感を強めるよう工夫されたというだけで、延々と操作して主人公と一体感を培ってきたプレイヤーは、まさに主人公が感じるはずの感情を受け取ったのだ。

別のあるシーンでは、同じように非道な指令が下される。そしてその指令に従い、紆余曲折あり、殺すよう命じられた麻薬密売人の頭に銃を押しつけた所で、私は固まった。引き金を引けば指令通りこいつを殺して試練は達成だ。ボタンを一つ押すだけで良い。簡単なことだ。こいつは麻薬密売人だ。何人もの命を奪う犯罪を重ねてきただろう。しかも、たった今には、自分をジャンキーと間違えて撃ち殺そうとした。実際に射殺しようとして発砲しつづけた。自分を殺すことに、こいつはためらいがなかった。だから正当防衛だ。そもそも選択の余地はない。指令通りこいつを殺さなければ、息子を助ける為の道が閉ざされてしまう。人差し指に力を込める。突然、麻薬密売人は命乞いを始めた。死にたくないという。彼には娘が二人いるらしい。震える手で差し出した写真を奪い取り、チラリと目を落とす。これから父親を失おうとしている少女が二人笑い合って写っている。麻薬密売人は必死で命乞いを続ける。人差し指に力を込める。
さあ、どうする?殺すか殺さないか、長いこと逡巡した挙げ句、私には、どうしても引き金を引くことはできなかった。そして、殺さないことを選択してこのシーンを終えたのだ。

このように、もしも指を切断できなくても、殺せなくても、淡々と物語は進んでいく。あるシーンで選択した結果は、その後のシーンに影響する。私はこの後のゲーム展開を、人を殺せなかった代償と共に乗り切らなくてはならない。それは自身の命や息子の命を脅かすかも知れない。しかし、現実とはこうした自分自身で選択した結果以外の何物でもなく、人はそれを受け入れて前に進むしかないのだ。

このゲームでは、サイコサスペンスのストーリーに沿って、主人公が経験する様々な感情のうねりを、そう、まさに心が軋む様を体験できるのだ。この希有なゲームの最大の評価点はそこである。

ゲームの他の側面も見てみよう。
まずシナリオは、そこそこ楽しむことができたが、語られないことがいくつかあり、消化不良感が残る。自由に妄想しろ、で対応できないこともないが、例えば、イーサンの記憶障害や持っていた折り紙の謎や、マディソンが犯人の名を聞いたときに、知っている、という反応をした理由などが不明のままである。DLCの追加シナリオがあるらしいので、そこで明かされるのかも知れない。

感情追体験ゲームと見れば至高、アドベンチャーと見れば良作である。しかし、マルチエンドのノベルゲームと考えた時には最悪の操作性だ。このゲームでは、シナリオ各所での選択やアクションの成功不成功により、物語は分岐し、多数のエンドに到達する。ならばいろんなエンドを見たいと思うのが人情だ。しかし、Aポイントでの選択をやり直したいと思った時、そのチャプターを選択してプレイ開始することはできるが、エンドにその変更を反映するには、Aポイントからエンドまでをもう一度プレイしなくてはならない。それはまあ、ゲームシステムとしてやむを得ないかも知れない。ただ、その2度目のプレイでも、ムービー的シーンなどのスキップが一切できないのだ。長時間を費やして同じ事をさせられるのは苦痛である。勘違いしないで欲しいが、上記で褒めたような、感情を喚起される希有な体験であるのは、それが無垢なファーストプレイであるからだ。選択の結果を知っていたり、ましてや2度目のプレイでは、もはやそのような最初の印象は現れることはないのだ。2度目なら当然の如く、余裕綽々で引き金を引けるのである。話は戻るが、そうしたスキップ機能がない、特にエンディングもスキップできないという最悪の作りであるので、とうていコンプリートなど目指す気力は湧かなかった。

ゲームにおける共感について、誤解がないように少しだけ補足しておこう。

このゲームで、私が麻薬密売人を射殺できなかった理由。それは、決して、私が良心溢れる善良な性根の人間であるから、ではない点に注意して欲しい。私の性向はあまり関係がない。
私が殺せなかったのは、主人公が殺すことに逡巡するようにと、ゲームとして周到に演出されていたからに過ぎない。殺人をためらい悩む主人公の震える姿を見せつけられるので、操作によるシンクロを通して主人公に共感しきっている私も、主人公同様悩んだのである。
その証拠に、別のシーン別の主人公で展開されるガンファイトの場面では、さも当然と、群がる敵を撃ち殺す主人公を操作して、無傷クリアを達成したほどだ。もちろん逡巡などありはしない。なぜなら主人公にそんな雰囲気は全くないからだ。
どちらも同じ殺人である。なのに一人を殺すことに震えるほど悩んだかと思うと、十数人を射殺してケロッとしているのだ。人間の感情とは、かくも雰囲気に呑まれやすいものなのだ。感情に従った判断など、まず間違っていると思って間違いないだろう。人間の感情など全くデタラメの条件反射に過ぎないのだ。
感情を卑下している訳ではない点を理解して欲しい。感情の持つ色彩は素晴らしい。感情がなければこの世は灰色の平坦な砂漠だろう。のびのびと手足の先まで自身の感情を迸らせる感覚こそ、もっとも、生きている、という感覚に近いものだろう。風に揺れる野の花のように、自分の感情が揺れて描く軌跡こそ、他の誰でもない、この自分が今ここに生きている価値なのである。心の健康の為には、常に自身の感情を見つめ、決してそれを押し殺してはいけない。
ただし、同時に、決して自分の感情を信じてはダメである。
感情など雰囲気や環境でいくらでも変わる。いくら躍動する炎が美しいからといって、それを掴めるなどと思ってはいけないのである。
真実というものは、感情ではなく、理性がもたらすものだ。真実の判断を感情に頼ってしまっては破滅が待っているだけだろう。本当に正しいことが何であるかを判断する事は、一切の感覚と感情を遮断し、自分の頭で考える事でしか為し得ないのである。
人間がいかに雰囲気に呑まれやすく、その行動に偏向を受けやすいかは心理学の実験としてつとに知られている。善良と評される人々が、特定条件下では、どれほど酷いことを他人に為し得るかも、同じように実験で知られている。そして、歴史を紐解けばそのような事例には枚挙に暇がないだろう。
人間とはその程度のものである。人間とはいつでもどこでも、その本質は変わらないのだ。
もし、平和で穏やかな社会があったとするならば、そこには、平和で穏やかな特別な人々がいるのではない。平和で穏やかな特別の雰囲気に呑まれた、ただの人間がいるだけなのである。
同様に、内戦に明け暮れる地獄に住む人達も、また、そうした雰囲気に呑まれた、ただの人間なのである。
だから、人間にとって最も重要なのは、こうした感情の特性を理解し、その処方を考えることのできる理性なのだ。

ゲームのなかで使用されることで、こうした人間の共感に強烈に作用する技術の進歩は進むだろう。
人間の感情をダイレクトに左右するこうした技術は、人間にとって良薬とも毒薬ともなるだろう。
我々の感情を包もうとする、こうした雰囲気の襲撃に右往左往しない為には、冷静に、理性による判断を行うしかないのである。

このようなことをじっくりと体感するにはまさにうってつけのゲームであると思った。

SCE
HEAVY RAIN 心の軋むとき