ショートショート 「言葉」
桑原宗次は、公園のベンチでまどろんでいた。
二日間、何も食べていない。アパートを追われ、ネットカフェやファーストフードを転々とし、財布の中は空になった。
睡魔が襲ってくる。昨晩、公園では寒さで寝ることができずに、コンビニをはしごして、耐えた。一睡もできなかった。
瞼が張り付いてくると同時に、宗次は力なくつぶやいた。
「もう、だめだ」
いつの間にか眠りに落ちたようだった。
砂を靴が咬む音で、宗次は目を覚ました。
いつの間にか隣に見知らぬ老人が座っていた。
「情けないのう」
言いながら、老人は穏やかに笑った。
宗次は唖然として、老人を見つめた。しわだらけの顔に、長く伸びた眉毛が垂れ下がり、その容貌は仙人を思わせた。
「もうだめ、か」
言いながら宗次をみやり、老人は微笑んだ。
「だめだということは、かまわんが、言い方が気に食わん」
宗次は困惑した。見ず知らずの老人に、説教などされたくはなかった。また、説教を受け止めるほど、宗次の精神状態はよくはなかったのだ。
宗次は視線を足元に移した。
黙り込んでいると、老人は一人で話しはじめた。
「若いの。もう、という言い方では、先がないではないか」
宗次は靴の先で、土をもてあそんでいた。
「まだ、だめだ。そういうふうに考えられないか」
宗次の靴の動きが止まった。
「今はだめでも、この先どうなるかわからないぞ。自分でもうだめだと言葉を発する。それはお前の思い、いや願いなんだろう?」
「ねがい?」
「そうじゃ願いじゃよ」
老人は、よっこらしょといいながら、ゆっくりと腰を上げた。
そして、宗次の方へまっすぐに向き直り、こう言った。
「だから、まだ、だめだと声をだして言ってみい。それは、お前の願いとなってその重い体を動かすだろうよ」
びくりとして、宗次は目を覚ました。
老人の姿はどこにもなかった。
雀が舞い降りてきて、何かを啄ばんでいる。
宗次は大きく伸びをして、あ~と声を上げた。
宗次は周りを見回して、人がいないことを確認すると、声に出していった。
「まだ、だめだ」
宗次は立ち上がり、町の中へ消えていった。