ゆるゆるアフタヌーン

 

 

落ち葉プールに 放り込んでもらう ちょっと前

 

 

ー うええ お姫さま抱っこぉ〜

 

と 口先だけ 困った感じに言う Kくんと

 

 

ちょっと そこだけ

 

ゆっくり時計を回す せんせいと

 

 

ああ やっぱり 人っていいなあ

 

 

見てる 僕たちも

 

デレデレ フニャフニャ 笑ってさ

 

 

ああ 人って やわらかく

 

生命って やわらかく

 

作られているんだなあ

 

 

 

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留めておきたい

 

 

 

落ち葉のプールへ 飛び込む

 

大ジャンプのために

 

呼吸と身体を整える Kちゃんと ー

 

一緒に高まってゆく なかまたちと ー

 

そんな小さな人たちへの愛おしさが 一気に沸点に達する 私と ー

 

 

そんなふうな調和は

 

この世界に 落ち葉あってこそ

 

 

順序を間違えたり

 

感謝をを忘れそうになる時のために

 

留めておきたい

 

 

あー

 

ほんま 楽しかったな 今日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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まあ いっぺんやってみよか

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いつ下ろしてもいいような

 

身の丈にあった 個人事業の屋号の看板

 

というのが

 

我が小屋には ぶら下がっていて

 

看板になっているアカマツ板の節穴には

 

鳥のオブジェがとまって 中をのぞいているんだけれど

 

 

これは

 

ー なんや おもろそうやな

 

  まあ いっぺん 入ってみよか

 

という

 

僕がよく見かける 鳥の好奇心のイメージを

 

表していて

 

ー まあ せっかく生きているんだから

 

  おもしろそうなこと やってみよう

 

というくらいの 個人事業に対する

 

気楽な意気込みを 表しているつもりだったんだけど

 

 

これが

 

人に説明しても なかなか伝わらないので

 

写真で分かち合っておきたい

 

 

 

 

それは 例えば

 

シジュウカラの こういう感じであり

 

 

 

 

 

こういう感じなのです

 

 

ヒト以外の命を 観察して

 

ー ああ そういう感じ

 

  すごくいいなあ

 

という 生きるイメージを

 

ちょこちょこっと いただいては

 

ポッケに入れて

 

また ヒトの社会で 笑って生きられたら

 

ほんのり幸せ

 

 

 

 

 

 

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今日のあらすじ そして思考

 

 

今日は 大きな袋を持って 森へ出かけました

 

 

 

 

 

まあ 道路を渡り 小川を越えて

 

それは なかなかに 大変で

 

 

 

 

 

その大きな袋 いっぱいに

 

クリとミズナラの落ち葉が 詰められて

 

子どもが そこへ 飛び込んで

 

 

 

 

 

大いに盛り上がって 飛び込んで

 

 

 

 

 

せんせいも 飛び込んで

 

 

 

 

 

栗のイガで

 

せんせいに ちょっと イタズラしたりして

 

 

 

 

 

そんな嬉しさの余韻をまとって

 

ベッドのようになった 落ち葉が詰まった大きな袋の上で

 

ダラダラ ゲラゲラと 過ごしたりして

 

 

 

 

 

帰り道は

 

落ち葉が詰まった 大きな袋を

 

ワッショ ワッショと 帰る道

 

ふう ふうと 休む道

 

 

 

 

小川を越えて 道路を渡って

 

小さな人たちと

 

大きな袋と

 

たくさんの葉っぱが

 

旅をしてゆき

 

 

 

 

 

落ち葉が 着いたところは 「かぶとの家」

 

来夏に たくさん 産卵しに来てくれますように ー

 

 

ここまでは

 

単なる あらすじ

 

 

僕の思考は

 

温帯モンスーンの地域に生きる

 

カブトムシも ホモ・サピエンスも

 

幼い頃に どれだけ 落ち葉のお世話になって育つのかということ

 

 

 

 

 

そんな思考と メッセージを乗っけてゆくには

 

僕には Cちゃんの こんな一枚があれば もう十分で

 

 

あらすじのたくさんの写真は 

 

お母さんや 子どもたちに お返しして

 

思考とメッセージを 乗っけてゆく写真と

 

向き合わさせてもらっていることに

 

ただただ 感謝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒かったねえ

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朝 起きて

 

ー 寒かったねえ

 

と 声をかけて回る

 

 

何度も 何度も

 

声をかけて回る

 

多分 明日もそう

 

 

写真を「納品」し、「見積もり」、「請求」する

 

そんなシステムの中に 生きる自分が

 

擦り切れたり

 

寂しくなったり

 

憂鬱にさいなまれないのは

 

世界のあちらこちらに

 

こうやって 結び目があるからじゃないかと

 

薄々は気づいている

 

 

タンポポにも

 

ゲンノショウコにも

 

声をかけるたびに 結び目がひとつ生まれることも

 

感覚として 覚えがある

 

 

でも あまり それらへの意識を強く持つと

 

見返りを求めてしまう自分も 強めちゃうような気がするので

 

ー 寒かったねえ

 

と 淡々と声をかける態度が

 

最近は しっくりきています