ごんざの「かみ」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)    「村山七郎訳」   『ごんざ訳』

1「посвящаю」(posvyashchayu)  「神聖にする、司祭の職に任ずる」『かみかす』
                村山七郎注 頭(かみ)かす(頭に聖水をかけるか)
                cf. かす 水につける、ひたす 「大豆をカシておけ」
                和歌山・徳島県美馬郡・愛媛県松山・石見・大分 TZH.

2「главачь」(glavachi)      「頭の大きい人」 『ふとか かみ』
                         村山七郎注 太か頭

3「всесвятый」(vsesvyatyi)   「完全に聖なる」 『ふとかかみ』
                         村山七郎注 太か(偉大な)神

4「святый」(svyatyi)        「神聖なもの、聖人」『かみ』
                         村山七郎注 神

5「духъ святый」(dukh' svyatyi)「神聖な息(精霊)」『いき かむの』
                         村山七郎注 息 神の

 この辞書の中で、ごんざは「あたま」の意味で『かみ』ということばをつかうことはある。「神様」の意味で『かみ』ということばをつかうことはなく、『ふぉどけ』(ほとけ)ということばをつかう。村山七郎教授は、ごんざの訳語の『かみ』のうち、1,2を「あたま」の意味で、3,4,5を「神様」の意味で解釈しているが、どちらもちょっとちがうとおもう。

 ごんざの訳語の『かみ』は、5つとも仏教でいう「上人」(しょうにん)のような、高僧・聖人のイメージでつかわれているのではないか。ごんざは漢字をしらないけれど、「神」ではなく「上」の『かみ』だ。

日本国語大辞典 「かみ(上) (三)地位の高い人。長上。目上。おかみ ①天皇をさしていう。②皇后、皇族などをさしていう。③将軍をさしていう。④一般に、高位の人。」

 1の『かみかす』が「頭を水につける」→「頭に聖水をかける」→「司祭の職に任ずる」という解釈はかなりくるしい。『かみ』が「司祭の職」であるなら、すんなりと解釈できる。

 2の「главачь」(glavachi)の「глава」(glava)は、たしかに「あたま」という意味だけれど、それじゃ「頭の大きい人」というのは何のことをいっているのか、わからない。「おたまじゃくし」なんだろうか。
 英語の「head」、日本語の「かしら」とおなじように、「главачь」(glavachi)というのは指導者のことだろう。

 3のごんざの訳語は、2とおなじで『ふとかかみ』だ。これは「頭の大きい人」でも「偉大な神」でもなく、おおきい宗教指導者(大司祭)だろう。

 4の『かみ』は、村山七郎訳のとおり「聖人」で、「神」ではなく「かみ(上)」なのだ。

 5は直訳すると(神聖な息)だが、キリスト教でいう「聖霊」の意味だ。ごんざはすでに洗礼をうけていたから、意味はよくわかっていたが、日本語に訳せないので直訳したのだろう。