音宙(とら)、パパはいま君に手紙を書いている。
君の人生においてパパからあげる最初の手紙だ。

パパはいま、君と離れて暮らしている。
君はいま、ママと、ママのお父さんやお母さんと一緒に、
ママの故郷である南京で暮らしている。
パパが暮らす上海は、君が住む南京から東へ300kmほど離れた街だ。
パパとママは普段はこの上海で暮らしているんだけれど、
ママは君を生むために、去年の11月末頃から南京の実家に帰っているんだ。

君が生まれて今日で22日目。
パパはいまのところ毎週末、君とママに会うために
金曜日の夜になると南京行きの列車に乗る。

まだ生まれて間もない君は視力さえままならいはずで、
まだパパやママの顔さえ識別できないことだろう。
でもたとえ君からパパは見えていなくても、
君の泣き顔や、時々見せる笑顔や、安らかな寝顔や、ママのミルクを一生懸命飲んでいる君の姿、
その君を優しく見つめるママの姿を見るだけで、パパはとても幸せな気持ちになれる。

今日は君が生まれて3度目の週末だけど、
今回パパは仕事があって残念ながら君に会いに行くことができないでいる。

でもね、君に会いに行けないこの週末に、ちょっと嬉しい出来事があったんだ。

パパは音楽が好きで、上海に住む仲間たちとバンドを作って活動をしているんだけど、
その仲間達が君の誕生を祝って一緒に食事をしようと言うので、
パパは土曜日に仕事が終わったあと、いつもバンドでライブを行なっているカフェに集まった。

メンバーはいつものバンド仲間だし、場所もいつものライブハウス。
せっかくだから食事だけじゃなくて音も出そうよっていうのはわかっていたけれど、
でも昨日、そのカフェにはパパのバンドメンバーだけじゃなく、
他のいろんな仲間達までもが、何人も遊びにきていた。
パパはてっきりバンドメンバー4~5人だけのささやかな飲み会かと思っていたんだけど、
どういうわけかバンド以外のたくさんの仲間達も集まっていて
君の誕生祝いの宴席はずいぶん賑やかなものになった。
そして食事が終わる頃、集まったみんながおもむろにそれぞれのバンドやユニットでステージに立ち、
君の誕生を祝っていろんな歌を歌い始めたんだ。

そう。実はこの日は、音宙(とら)、きみの誕生記念ライブイベントだったんだよ。

パパはまったく知らなかった。
ただの飲み会だと思って気楽に構えていた。

実はこの店ではいつもお客さんたちの記念日にサプライズイベントをやることで知られていて
パパもそういうサプライズを「仕掛ける側のスタッフ」として、
いろんなイベントに参加したことがたくさんあったんだ。
そして以前、自分の誕生日もそういうサプライズで祝ってもらったこともあったけど、
実は最初からそういう仕掛けがあることが読めていて、
パパはみんなにちょっと気を遣って「知らなかったふり」をしたこともあったんだよ。

でもね、今回はそういう仕掛けがあるなんて、ほんとうに気がつかなかった。

最初は日本から遊びに来られていたミュージシャンのNご夫妻。
たまたま前日にこのカフェでライブをされたばかりで、
翌日もまた来られて、今度は君の誕生を祝うためだけに
素敵なハッピーバースデイのオリジナルソングを歌ってくれたんだよ。
サビの「Happy Birthday」のリフレインでは、君の名前を呼びながら
店内のすべてのお客さんも一緒に大コーラス。

2番目は、カフェの店長と常連客たちで結成したバンド。
彼らは皆、パパとママの共通の友人でもあり、
パパはときどきこのバンドに遊びで参加している。
今回はその中のいちばん年下の男子学生(パパの会社でバイトもしている)が、
忙しい合間をぬって君のためにレゲエ調のハッピーバースデイソングを作ってくれ、
それをメンバー全員で演奏してくれたんだ。
彼らはパパとママにとっても最も身近で大切な家族のような友人たちでね、
きっと君とも長い付き合いになると思うよ。

そして3番目に、パパが所属しているバンド。
実はここに、パパが想像もしていなかったサプライズが仕込まれていたんだ。

いつものように、レギュラーの曲を3曲ほどやり終わったあと、
リーダー&ボーカルのM氏が突然「次は新曲です」と話し始め、
そんな新曲の話などまったく寝耳に水で呆気にとられているパパを
無理矢理ステージからおろして客席の最前列の席に座らせ、
M氏がわざわざ君のために書き下ろしてくれたオリジナルソングを
パパ以外のバンドメンバー全員で披露してくれたんだ。

それは、こんな歌だったんだよ。

君と

青く広い星の上  長い時空の中で
君のパパとママが 出会い  そして恋に落ちた
パパの国は小さくて   ママの国は大きくて
だけどパパはママを   深く 深く 愛した

君と出会えるまでに   いろんな事があった
パパは仕事を変えて  海を渡った
ママも住む町を変え  そして二人は出会い
この町で恋に落ち   二人は結ばれた

いくつもの 夜を越え  いくつもの時を重ね
いくつもの 悲しみも    いくつもの喜びも 
いつも二人でと 誓った

今 君という 新しい命が生まれ  僕達と同じ時を生きれる
今 君という 新しい家族が増えて 僕達と 暮らし始めるんだね
 

町はすぐに クリスマス   凍える イルミネーション
寒い冬の真夜中に    メールが届く
それはママが育った    はるか遠い町からで
無事に君が 生まれたと    綴られていた

パパはそれを見ながら アリガトウと つぶやいた
そう幾度も 幾度も   アリガトウ とだけ
そして夜空を見上げ   まぶたを閉じた時に
知らぬ間に 頬伝う  涙が こぼれた

今日までの 後悔と  今日までの 苛立ちと
今日までの過ちも     今日までの 悔しさも
この日の 為だと 思えた

偶然じゃないさ 奇跡なんかじゃないさ  君を僕達に神様は授けた 
この星の上 幾十億もの中で   そうさ僕達は 家族になれたんだね


パパはこの歌を目の前で聴きながら
思わず目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。

なんてことのない詞かもしれない。
他人にとっては「だからどうした」という内容かもしれない。
でもこの詞は、パパの琴線を大きく強く響かせる何かがあった。
パパがママと出会い、いまきみと出逢うまでのすべての想いが、
パパがきみに伝えたかったすべての想いが、
この短い詞の中にぎゅっと凝縮されていたからだ。

「音楽の持つ力」というものを、あらためて感じた夜だった。
「仲間という存在」を、あらためて感じた夜だった。

パパが所属しているバンドでは
練習やライブが終わったらいつも打ち上げでどこかに飲みに行くんだけど、
パパは今のバンドに参加してすぐにママの妊娠がわかったこともあって
いつも練習が終わったら飲み会には参加せずまっすぐに帰っていたんだ。
その上、昨年末には仕事が死ぬほど忙しくなったこともあり、
いろんなライブイベントの誘いも断り、親しいメンバーの結婚パーティーの出席もできず、
パパは周りの音楽仲間たちにずいぶんと不義理を繰り返してばかりいたんだ。

そんなことで、パパは実はバンドのメンバー達との間にちょっと距離感があるのを感じていて
なかなかみんなと腹を割って話せる関係を築けていないんじゃないかと、ずっと思っていた。
でもパパがそんなふうに感じていたにもかかわらず、
バンドメンバー達は、君の誕生を祝ってこんなライブイベントを開いてくれたんだ。
しかもそれぞれに、君の誕生を祝う素敵なオリジナルソングを作って、密かに練習して。

仲間達が君の名を呼んで次々に「おめでとう」と言ってくれるたびに、
そして君のために歌を作り、みんなで歌ってくれるとき、
パパは心の底から喜びがこみ上げてくるのを感じた。
なぜだろう。自分の誕生日を祝ってもらったときよりも、
君の誕生を祝ってもらった昨日のほうが、何倍も素直に喜びを感じ、素直に感動を覚えた。

音宙(とら)、
君の誕生を、この日たくさんの仲間達が祝ってくれたんだよ。
そして君のためにオリジナルの歌を作ってくれた人もいるんだよ。
いつかきみが言葉を覚え、パパといろんな話ができるときがきたら
沢山のすてきな仲間達がきみの誕生を祝ってくれた、昨日の夜のことを話そう。
そしてその時のライブの音源を聴かせてあげよう。

パパはいまあらためて思う。

音楽と、
この街と、
この街で出逢えた素敵な仲間達と、
そしてこの街で出逢えたママときみのことを、
いま素直に神様に感謝したい。

音宙(とら)、
パパとママは、きみが音楽を愛する人に育ってほしいと願いを込めて
きみにこの名前を付けた。
音楽ってやっぱりいいものだよ。パパは音楽を続けてきてよかったと思う。
きみが大人になったときがどんな時代になっているのかわからないけど、
でも音楽の持つ力は変わらないだろうし、
「やっぱり音楽っていいものだね」と素直に言える、そんな社会と、きみであってほしい。

音宙(とら)
生まれてきてくれて、ありがとう。



※追記
「HIS」のメンバー
「幸せ宅急便」のメンバー
「小松拓也&東方衛視」のメンバー
その他大勢のみなさん、ありがとう。
そして何よりも我が親愛なるHISのバンドリーダーMさん、
素晴らしい歌をほんとうにありがとう。

M氏ブログ:
http://plaza.rakuten.co.jp/281980/