さようなら。 | ゴミ

さようなら。

ホームセンターで買った縄に、
黄色のペイントを丁寧に塗る。
縄をベランダの物干し竿に吊るして乾かす。
真冬の湿った空気。
どれぐらいの速度で乾くのだろうか。
早朝の太陽の光が縄に当たり、キラキラとしている。


-僕が福岡に来たのは大学生の時。
高校生までを北海道で過ごした僕には、
湿度をたっぷりと含んだ梅雨や、
うだるような暑さ、秋の短さ、
大きな昆虫、見たことのない食べ物や、
とんこつばかりのラーメン屋、
なにより、雪の降らない街に驚いた-


昨日の天気予報では、
僕の故郷には大雪注意報が出ていたので、
"今"頃きっと町は真っ白に染まっているに違いない。
雪がやめば外は白く輝き、白い吐息は暖かさを残して消える。


この雪の降らない街では、白い吐息は儚く消えてしまう。
ただひたすらに寒く、いつの間にか僕の心、
頭の中は白く染まっていくばかりだった。

大学生活はとても楽しかった。
北海道から出てきた僕を、
最初は物珍しく見ていたが、
福岡でも時々降る雪のようにすんなりと溶けめる事ができた。
その中からとても綺麗な、そして大切な水分も残った。
卒業前に乾ききってしまったけれど、
心の奥に思い出の染みを残している。


大学3年生の冬、丁度"今"より少し前の時期から、僕は就職活動を始めた。
僕の志望はデザイン職だった。
膨大な量のデッサンや作品を作り、
制作会社に持ち込んではダメ出しをされたが、それでも僕はくじけなかった。
そうやって何社か面接を受けて、4年生の夏に1社から内定をもらった。

早くに父さんを亡くして、
女手1人で僕を育ててくれた母さんを安心させたくて、
僕はその会社に行くことをすぐに決めた。

福岡に来たばかりの時は、よく電話をしていたのに、
いつの間にか回数も減り、それと反比例するかのように
増える食べ物の仕送りや手紙をありがたいとは思っていたけれど、
次第に当たり前になっていっていたことを、
久しぶりにした電話口で潤んだ声で「おめでとう」と言ってくれた。
母さんの一言で、「そういえば」と僕は思った。
僕も思わず落涙してしまい、歯を食いしばりながら、
僕は母さんに「ありがとう」と伝えた。

それから卒業するまでの間、
僕は仲間たちと目一杯遊び、作品を作り、
僅かとなったモラトリアムをひたすらに楽しんだ。
本当に楽しくて、いつまでもこの時間が続けばいいのにと思ったが、
福岡の雪は早々に止み、溶けてしまった。
皆と過ごした時間はフワフワとしていて、心の底に積もったままだった。


大学を卒業した年の4月、僕の新生活が始まった。
初めて出る社会はとても刺激的で、僕は目まいがした。
まあこんなものだろうと思い、
嫌な湿度を持った夏を耐え、短い秋をやり過ごし、
寒いだけの冬を越えて、長い春を迎えた。
そうして1年が経ち、気持ちもだいぶ楽になった。


社会人2年目の冬。

僕がこの世に産まれ、死にいたるまでの時間は茫漠としていて、
これ以上なにも思い出す事が出来ない。

初任給で母さんを福岡につれて来て、温泉に行った。
母さんは久しぶりの再会だったからか、
それとも少しでも成長した僕の姿を見たからか、
旅館で涙を流しながら「ありがとう」と言ってくれた。

"今"の僕には、「ごめんなさい」としか言う事ができない。

どうしてこうなったのか、
どうして僕が死に至ったのかは誰にも、僕にもわからない。
どうせくだらない理由だろう。
いつだって僕はくだらない理由で行動をする。

思えば、北海道から福岡に来たのだって、
雪の降らない街へ行きたいという理由からだった。

思えば、あの雪に幾らかは救われていたんだな。
後悔ばかりが頭をよぎり、そしてまた、この状況を後悔している。

寒いだけの冬のはずが、珍しく大雪が降っている。
明日の朝まで降り続けるらしいから、きっと明日には積もっているだろう。

雪の中に飛び込みたいな。


僕の首に黄色い天使の輪。


どうやら、予報ははずれ、雪は止んでしまったらしい。


儚く、溶けて消えてしまった。
若干の水分を残して、消えてしまった。