随分前に、亡きお父上のバイオリンがあるのでどうか、というお話がありました。
ご自分は勿論、どなたも弾かれないから、とのことでした。

弾いてみたい、とお答えしながら、
母方の祖父を思い出していました。
祖父も若い頃、バイオリンを少し弾いたそうです。
でも、楽器は今はどこにあるかは分からない、もしかしたら、道具屋に二束三文で売ってしまったかも、とのこと…。
今、その楽器はどうなっているのだろう、ちゃんと弾いて貰っているだろうか、どこかに打ち捨てられているかもしれない、と思うと、
ちょっと切なく思っていたのでした。

先日、その方から再度お話があり、
本当に受け取りますか、とのことでしたので、有難くお受けさせて頂くことにしました。
そしてお話が進むうちに、驚愕の事実が。
バイオリンの他に、ビオラもあるとのこと…!
お祖父様が弾いていらした楽器だそう…凄い音楽一家です。
それがこの2台です。
photo:01


調べてみると、
バイオリンもビオラも、戦前のスズキマサキチのもので、
特にバイオリンは現在も評価が高い型番でした。
弓は、持つところに象牙が張ってあり、木と綺麗に組み上げられた素敵なもの。
ビオラは、楽器に使われる木に詳しい人が、アディロンダックスプールスという木が表板に使われていると言っていました。
これはよく響く木だそうです。
なるほど、楽器の前で喋るだけで、本体に声が反響するのです。

凄い楽器達を頂いてしまったけれど、
果たしてこれが、使えるようになるのか、不安がありました。

何故なら、
長く弾いていない楽器は、不具合が何処にあるか分かりません。
時間が経っている楽器が全て良い訳では無いのは、何となく知っていましたので…。
致命的な何かがあるようには見えませんでしたが、
とにかく、プロに見て貰わなくてはなりません。

数日後、
時々お世話になっている工房に伺いました。
修理する楽器を選ぶ工房もありますので、事前に確認をしてから…。

熱心に見て下さった工房主さんが、
いろいろな発見をして下さいました。

バイオリンもビオラも、正しいニスを使ってしっかり作ってあること。
バイオリンは、一度指板を上げる修理をしてあること。
弓の持つところの象牙の細工は、珍しい作りであること。

ところで、
修理箇所は、ずいぶんありました。
まず、バイオリンのハガレはほぼ全体に渡っていました。

但しそれは、想定の範囲内です。
バイオリン属は、木と木をニカワでくっつけます。
ニカワを使うので、後で修理が容易に
なります。温めればハガレますから、経年変化にもそれなりに弱いのです。
でも、剥がれたところにニカワを使えば、またくっつきますので、
ある意味最強!?

よく手入れされたバイオリン属が、300年も保つのは、ニカワのお陰でもあるのだと思います。

エンドピンが経年変化で、楽器に斜めに刺さっていたのには、ちょっと焦りました。でも、これもセーフ。

…工房主さんも私も肝を冷やしたのは、ビオラでした。
バイオリン属には、中に魂柱という細い柱が立っています。
これで楽器を支えつつ、位置を変える事で、音色を演奏者の好みに調整するのですが、
このビオラの魂柱がかなり強く立っていて、
そのために、魂柱の辺りの表板に力が掛かりすぎ、小さくヒビが入っていたのです。
いわば、表板の一番大事な部分にヒビが入っている訳ですから、
二人とも真っ青です。
しかも、完全に治す為にはかなりの大手術が必要…板を半分位削って、その分、新しい板をはめ込んで元の厚さにする、という恐ろしい手術です。

別に手術することに異存はありませんが、せっかく素晴らしい表板が入っているのに、残念過ぎます。

ですので、
もっと簡単な処置はありませんか?
と聞いてみました。
すると、
割れ目にニカワを流し込む方法がある、というのです。
でも、それだと弦の力が掛かった時に、割れ目が拡がる可能性があるとのこと。うまく行けば、大丈夫だけど…。

それで、ビオラちゃんの顔を見てみました。
何だか大丈夫そう…。
「取り敢えずそれでやってもらって、万が一割れたら手術ということでどうでしょう?」
「割れたら即中止して連絡をするということでいいですか?」
「わたしは何だか大丈夫な気がするんですよね~」
「僕も何となくそう思うんですよ」
と、打ち合わせが成立し、軽くお安くお見積もりして頂き、了承してお預けすることに。

その後、工房主さんから、
改めてお見積もりが来ました。
工房にいた時も、随分お安くして頂いた筈なのに、いろいろ理由を付けて更に下がるお値段…。

また、指に出来たマメを潰しながら作業されていたり、本当に有難いことでした。

さて、そうして出来上がったのが、これです。
photo:02


本体だけだったビオラは、パーツがしっかりついて、すっかり弾ける状態に、
photo:03


バイオリンは、もともとついていた貝をあしらったパーツを使って頂き、
photo:04


サビサビだった弓の金具は復活し、毛も張り替えられ、
まるで、ビフォアーアフター!

音も素晴らしかったです。
ビックリするくらい。
元から所持していた楽器より、家族には好評でした。
複雑…かも。

ビオラの持ち主とバイオリンの持ち主は、親子でいらしたので、
一緒のケースに収めることにしました。

photo:05


これは、バイオリンの入っていたケースです。
学生オケで、頑張っていらした学生さん…。
いい音が出るように研究して、
駒を変えたり、分数バイオリン用の小さなものに顎あてを変えてみたり、
その顎あてに塩が吹くくらい一生懸命練習していた学生さん。
ケースもあちこちに持ち歩いて、
取手が取れてしまったのを帆布の紐を代わりに付け替えて…。

ビオラもそうですが、
バイオリンが甦ったのは、
こんな風に大事に弾かれていたからだと思います。

素晴らしい楽器を、ありがとうございました!


iPhoneからの投稿