web広告に思うこと | 放浪記

web広告に思うこと

内定先の会社(旧ECナビ、現VOYAGE GROUP)が
全国の都市で学生を集めてスマホアプリやwabサービスを創る開発機関として
ラボ7ってのをやってます。


その中に京都ラボというラボがあって
今日は京都ラボblogの次の記事を読んでふと思ったことを書こうと思います。

京都ラボblog
知ってもらうこと

たぶんこの記事をまとめると
「立ち上げ当初にweb広告で収入を得るってよくよく考えてみると凄く難しいことに思える」
(間違ってたらしょうさん(@tnkasho )ごめんなさい)


記事を読むと確かにそうだよなーと思わされる意見です。


話は変わって先日映画「モテキ」観てきました。

放浪記


「モテキ」はテレビドラマ時代からの大ファンで、
期待半分、期待しちゃダメだという気持ち半分で観に行ったんですが、
結果は…
期待を大きく上回るクオリティでした。
まだ観に行ってない人は是非観に行くことをお勧めします。

んでその「モテキ」の映画の中で巷でちょっと話題になってるのが、
エンドロールの話。

みなさん、映画館で映画観る時って最後までエンドロールを観ますか?
自称映画好きの僕は最後まで観て帰る派です。
ただし観たいから観るというよりは礼儀だと思って観ることの方が多いです。
エンドロールが始まると帰ってしまう人も多いし、
多くの人は自分と同じで、
黒い背景にひたすら製作に関わった人の名前が上から下でへと流れ続ける画面を
観てはいるが早く終わらないかな、
と思いながら観てるんじゃないかなと思います。
ちなみにさっき言った礼儀っていうのは、
”一本の映画を作るにはたくさんの人や組織が関わり、
そのどれ一つでも欠けたらこの映画は完成しなかったであろうから
感謝の気持ちを込めてエンドロールで名前を流す”
という監督の気持ちはよくわかるし、
確かにその人たちがいたからこそ
自分は今こうやって映画を観ることができるわけで
それに対する礼儀のような感覚です。
でも正直金を払って観に来てる人に我慢を強いてる時点で
それはもう作成側の自己満と言わざるを得ないと思います。
あまりイケてる行為とは言えない。


では「モテキ」のエンドロールではどうだったでしょうか?
エンドロールが始まっても席を立ち上がる人は一人もいないし、
たぶん退屈する人も皆無に近いんじゃないかなと思います。
観た人はわかるでしょうし、
観ていない人は観たらわかると思います。
僕はそのエンドロールを見終わって
エンターテインメントを追求するってこういうことか、
常識を打ち破るってこういうことか、
とちょっと思いました。
退屈どころかもっと観たいと思わせるエンドロール。
凄くいいなと思いました。
エンドロールとはこういうものだっていう常識を打ち破り、
観てる人を最後の最後まで楽しませようという監督の気持ちが
よく伝わってきました。
イケてるなって思いました。


そしてここで初めのweb広告の話に戻ります。
毎日のようにweb広告に触れてて思うのは
イケてるweb広告って少ないなーってこと。
確かに目的合理性を持った広告(如何にクリックさせるかを追求した広告)
はおそらくたくさん存在するんでしょうが
ここで自分が思うイケてるかどうかの基準が
まさに「モテキ」のエンドロールのようなイメージです。
一見退屈・邪魔・不必要と思えるものに
如何に「楽しさ」という魔法をかけられるか。
今の時代、使っていて楽しいwebサービスやアプリは毎日のように生まれていますが、
思わず魅入ってしまうweb広告がどのくらい存在するのか。


そこにビジネスチャンスがあるような気もしますし、
(立ち上げ当初のメディアに用いれば話題になるかもしれないし)
率直に思うのはどうせ同じ広告が載るならば
見て楽しい、クリックして楽しい広告で溢れた世界になればいいなと。