沈みかけた太陽がビルの隙間からオレンジ色に輝いている。
 上条の顔を思い浮かべながら、指定されたホテルに向かった。

 ホテルに到着すると、ずらりと並んだ従業員に出迎えられ、車を降りる。

「おかえりなさいませ」

 このホテルの支配人が深々とお辞儀をするとエレベーターまで案内された。
 横切るロビーの中でも仕事途中のホテルマンが足を止め俺が通り過ぎるまで頭を上げない。自分はどこの御殿様かと心の中で苦笑する。
 エレベーターが最上階まで上ると部屋の前には黒服の男が二人立っていた。
 随分な厳戒態勢だと不思議に思いながら部屋に入ると、そこに待っていたのはロスにいるはずの進藤だった。

「おかえりなさいませ。社長」

 進藤もまた頭を下げる。
 進藤は俺が辻会長に会うということを知り、商談が上手くいくかどうか心配で日本に来たのだろう。
 余計なお世話だ。
 まだまだ自分は信用されていないということが腹立たしく思えた。

 苛立ちを顔に出すと、俺は何も言わずソファーに座った。


「社長は辻会長のパーティーに出席されるとか」
「それで、進藤は日本に帰って来たのか?頼りない俺の心配より、もっと他にすることがあるんじゃないのか?」
 例えば、会社の乗っ取りとか……
「しなければいけないことがあるからここにいます」
 進藤の大人で余裕綽々の態度が益々鼻についた。
「へ~。しないといけない仕事ってなんだよ。言ってみろ」
「それは……」
 口ごもった進藤に俺は容赦なく畳み掛ける。
「もしかしてお前、俺に何か隠してることがあるんじゃないか」
「……はい。社長の言う通り、私は社長に隠していることがあります。ですが、それはすべて雨宮グループの為であって、決して私個人のことではございません」
「だから、それは何だよ」
「…………」
 言えるわけないか。
 ケイも懸念していた進藤の噂のこと……
 それは、進藤が裏の組織と手を組んでいるのではないのかという噂。
 親父が死んだ時には進藤は親父の意思を継いで、裏の組織の消滅を願っていたのに、 仕事をする上で概念が同じな進藤と裏の組織とは上手く協力し合っているのかもしれない。
 平気で裏切る進藤ならやりかねない。
 それが俺の勘違いじゃなく本当だとしても。

「俺は俺の仕事をするだけだ」
 
「そうですか……ですが、一つだけ忠告しておきます」
 
「進藤に心配してもらうことなんか何もねえよ」

 もう昔の俺じゃない。
 あいつのことばかりに囚われて、周りが見えなくなっていたあの頃とは違う。

「社長は良くても、周りの人たちが危険に晒されても、ですか?」
「周りの人……!?なんだよ、今更、上条には関係ないだろっ」
「直接結菜さんには関係ないかもしれませんね。しかし、全く危険じゃないとは言い切れません」
「どういうことだ!?」
「会長がお亡くなりになってから大人しくなっていた裏の組織が動き出しました。雨宮グループを完全に崩壊するつもりです。その為に邪魔な人物はすべて消し去る。そういう組織ですから……社長の周りの人たちだけではありません。一番危険なのは……社長。あなたなのです」
 進藤の話を聞いて、俺はソファーから立ち上がると出口に向かった。
 昔、同じようなことを言われ自分ではなく上条を危険に晒した。もうあんな思いはさせたくはない……

 絶対に…………

「社長。結菜さんのところに行かれても無駄です。あの家に結菜さんはいませんよ」
「お前は上条に何をした?」
 今度は進藤が立ち上がると、奥の部屋に向かって歩き、ドアの前で足を止めた。
「ご自分で確認して下さい」
 そして進藤はドアを開け俺に入るように促す。

 もしかして……!?

 この部屋の中に上条がいるのか?

 一気に心拍数が上がる。
 出口付近にいた俺は迷わず進藤が開けたドアに向かって歩き出した。




「上条……?」

 分厚いカーテンの引かれた部屋は薄暗く、慣れない目を細めると奥に進む。
 キングサイズのベッドが二つ並び、湾曲した窓付近にはベッド側に椅子が並んで置かれている。
 開いたドアの明かりがかろうじて足元を照らしていたが、進藤が扉を閉めると、一瞬真っ暗な空間に変わった。
 俺は進藤を気にすることなく、窓に近づくと、分厚いカーテンを開け放った。
 すると、先ほどまで夕日に照らされていたビルは、今はもう薄暗い影に覆われ、寂しそうに聳えている。
 俺はまた部屋の方に視線を移すと、もう一度上条に呼びかけた。

「マ……マ?」

 返って来たのは上条の声ではなく、怯えたようなか細い声。

「誰だ?」
 俺は目を凝らすと、ベッドの端で動く黒い人影のように見える場所に近づいた。

「や……おじちゃんキライ!!ママを泣かせる人はみんなキライ!」

 小さな影は泣き声のような声を上げるとベッドから降り、俺から逃げるように遠ざかった。
 
 状況が呑み込めない。

 俺はベッドの脇にある灯りを付けてから、ドア付近にある主電気を付けにいった。
 部屋全体が明るくなり、確かめるように小さな影が移動した場所を覗き込むと、そこには蹲って膝の上に顔を押し付け震えている小さな子供がいた――――

 誰だ?

 何が何やら分からず、暫くその場に立ち尽くしていると、顔を伏せていた子供がその顔を上げた。

「え……!?」

 驚いた俺は一歩後ずさりをしたが、目はその女の子を捉えている。泣きはらし、更に涙をいっぱいため込んだ女の子の瞳は、俺が逢いたいと何度も願い何度も思い返した上条の瞳とそっくりで……
 今にも泣きだしそうだけれど、気の強そうに口を一文字にし、俺をグッと睨むような表情はまさしく上条そのものだった。

「上条?」

 小さくなった上条に俺は思わずそう声をかける。

「ママはどこ?」
「『ママ』?……『ママ』って上条結菜?」
「ママはどこにいるの?おじちゃんがどこかに連れて行ったんでしょ?」
「もしかして、お前は黒い服の男たちにここに連れてこられたのか?」
「ママに会わせてよぉ!!」
 
 話が通じない。
 子供など相手にしたことがないのだから、扱い方もわからない。
 子供に聞くより進藤に聞く方が早いと、俺は女の子から離れ、入ってきたドアを開けようと取っ手に手を伸ばした。

「社長は暫くここにいてください」
 進藤の声がドアの向こうから聞こえるが、ドアノブが引けない。
「何だよこれ。進藤ここを開けろ!」
「ここから社長を出すわけにはいきません。辻会長のパーティーの日まで、ここでその子と待機していてください」
「は?どういうことだよ!説明しろよ!!」
 ドアに向かって叫んでも、進藤から返事が返ってくることはもうなかった。


 いったい何なんだ……


 幼い上条似の女の子と寝室に二人きり。
 その女の子は眠ってしまったのかベッドの下で蹲ったまま動こうともしなかった。
 俺のことを連れ去ってきた男たちの仲間と思い込んでいる女の子からは事情を聴くことすら出来ない。

 どうすることもできない俺は、極力女の子を怖がらせないよう、反対側のベッドに座りカーテンの開け放たれた窓の外をぼんやりと見ていた。
 夜が明ける直前の白く薄雲がかかったような空を眺めながら、これからのことを考えていた。






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