部屋に入ってきたケイは大きな荷物を床に置くと、ソファーに深く座り大きく息を吐いた。
「最悪だ……」
何が最悪なのか聞く気力もなく、俺も反対側のソファーに座る。
「蓮。痩せた?」
「…………」
「相変わらず暗いヤツ。お前の笑ったとこ見れるのって結菜と居るときだけなのな」
『結菜』と聞いて動揺している自分がいた。
「あいつに何かあったのか……?」
非通知でかかってきた電話を思い出す。
ケイがここに来るタイミングが良すぎるように思えた。
眉をひそめた俺に、ケイは面白そうに身を乗り出した。
「ん~あったと言えば……あった?なかったと言えばない?」
「どっちだよ」
「まあ。そんなに怒るなよ。それより聞いてくれよ~蓮の居場所聞くのにさ、お前んとこの会社に行ったんだよ。そしたら、運悪く進藤に捕まっちゃってさ……ケータイとパスポート没収されちまった……はぁ……おまけに持ち金も取り上げられて……オレはどうやって日本に帰りゃいいんだよ」
「知るかっ」
本当に困っているように思えるケイに全く同情出来ない。それは上条のことを誤魔化されたように感じたから。
ケイはムスッとしている俺のことなど眼中に入っていないかのように、今度は部屋の中を見渡している。
落ち込んでいたんじゃないのか!と言ってやろうかと思ったけど、やめた。
ケイとまともに会話するのも疲れる。
今度は立ち上がって部屋をウロウロし始めたケイを俺はじっと見ているだけだった。
そういえば、上条も同じことしてたよな。
俺の家に来たときも、ホテルでも、珍しそうに好奇心旺盛な眼をしてキョロキョロと色んな場所を見て歩いていた。
「腹減った。メシ食べに行くから付き合え」
一通り部屋を観察したケイは退屈になったのかそんなことを言ってくる。
ホントに勝手やヤツ……
「一人で行けば?」
「カネねえもん。蓮くん奢って~」
「…………」
俺の隣に座ったケイは甘えるように身体をすり寄せてきた。
鬱陶しいヤツ……
「うんまい。蓮も食え」
ホテルの近くにあるレストランで注文したテーブルいっぱいの料理をケイは満足そうに頬張っていた。
見ているだけで腹が膨れそうなケイの食べっぷりに、無い食欲がいっそう失せる。
それでもあまりにしつこいケイに、仕方なく一口だけ口に運んだ。
「お前、ホテルの部屋って会社の奴らに用意させてるだろ?」
「だから?」
「盗聴器とか仕掛けられてんじゃねえ?」
「はあ?」
「進藤とかそんなの序の口だろ?まあ。用心しろってこと」
そんなこと考えたこともなかった……
そうやって俺を監視しているから、進藤は何も言ってこないとも考えられる。
けど……
俺を監視したからといって何も得などしない。時間の無駄なだけ。
「なんでケイはここに来た?」
ケイが部屋の中を見回っていたことも盗聴器が仕掛けられたかどうか確かめていたからだろう。俺を部屋の外に出したのも、その疑いがあったから。
だから上条のことを聞いてもケイは誤魔化すしかなかった……
「蓮がどうしてるかと思ってな。安心しろ。結菜は元気にしてるよ」
「そ……っか」
元気と聞いて安心している自分もいる。けど、その一方で自分がいなくても変わらず生活をしている上条を想像すると、胸の奥が重くなる。
「なあ。蓮。今でも結菜のこと好きなんだろ?オレが羨ましいって思うほど、お前はあいつのこと好きだったもんな」
「何が言いたい」
「進藤がいなかったら今頃お前達は一緒に居られたのかもって思ってな」
「…………」
確かにそうかもしれない。
「でもよ。進藤がいなかったら、雨宮グループは間違いなく崩壊してたもんな。グループの中にどっぷりいるオレ様も、危なかったってわけだ」
それもよく分かっている。
グループが崩壊すれば、どれだけの家族が路頭に迷うのかも……
「も……その話はいいだろ」
あいつとは離ればなれになるしかなかったんだ。
今更何を言ったって今の状況が変わることはない。
「なんだ。あいつへの想いはそんなもんだったんだ」
「そんなことケイに関係ないだろ」
いくら上条のことを想っていたとしても、そんな想いは捨て去るしかない丸まった紙くずのように何も役には立たないのだから…
ケイはあからさまにため息をついた。
「結菜は前だけ見てるよ。一人でも生きていけるようにってバイトや一人暮らし始めてさ。そりゃ、うまくいかないこともあるけど、後ろだけしか向いてないお前とは違う。あいつは…頑張ってんよ」
「…………」
「今のお前見て、結菜はどう思うだろうな」
「うっせ…よ」
もうどうしようもないことを今更掘り起こしてなんになる。
バイト?一人暮らし?
俺が傍にいなくても、やっぱり平気なんじゃないか…
「蓮はこのままでいいのかよ。進藤に結菜と別れさせられたままでいいのかよ」
「も…いい加減にしろよ!俺のことは放っといてくれ!」
触れられたくないことをしつこく言うケイにイラついた。
それに、あいつには省吾もいる…
俺がジタバタしたところで、何も変わりはしない。
だからもうそれ以上俺の心の中をひっかきまわさないでくれ。
「ケッ。このヘタレが」
「は?」
「ヘタレってんだよ。『別れろ』って言われてその通りにするバカがヘタレじゃなくて何なんだよ!それで日本を離れて?部屋に引きこもって?おまけにうじうじウジウジ。従兄弟ながらホント情けねぇ」
「お前に俺たちのことが分かるかよ」
俺と上条がどんな思いで別れたのかも知らないくせに。
女を本気で好きになったことがないケイに分かるもんか。
「じゃ聞くけど、お前今の結菜の気持ち分かるのかよ。必死で頑張ってる結菜の心ん中、分かるのかよ!」
「分かってなんになるんだよ。日本にいない俺には例え上条に何かあっても、どうしてやることも出来ねえんだよ!!」
そう吐き捨てて俺は勢いよく席を立った。
これ以上ケイと言い合っても深みに嵌っていくだけだ。
「そうやってまた逃げるのか。会社からも進藤からも結菜からも…逃げてるだけで蓮はいいんだな」
見下ろしたケイの眼は真剣だった。うっすらと潤んだ眼をしているのは錯覚なんかじゃない。
俺と上条のことなのに、ケイには関係ないことなのに、どうしてそんなに真剣なんだ。
すぐに立ち去ろうとしていた俺の足はそのまま動かなくなっていた。
「……いいわけねえよ」
後ろに離れた椅子を直し、そこへまた腰を下ろす。
このままでいいわけない。
それは自分が一番よく分かっていること……
「省吾に結菜のお守りは無理だろうな。何なら俺が結菜のこと引き取ってやってもいいけど?」
冗談交じりで言ってるのだろうけど、面白くない冗談だ。
「お前にも省吾にも上条は渡さない」
俺は真剣にそう答えていた。
――――蓮くん
もう一度上条にそう呼んでもらいたい。
「蓮が本気でそう思ってんだったら、いっちょやってみないか?」
「何を……」
「進藤や会社の奴らを認めさせるんだよ。蓮が居なかったらどうしようもないぐらい会社の社長として成功して、進藤にも何も言わせなくさせる。そうすれば結菜とのことだって何も言えなくなんだろ」
「ケイ。簡単に考えすぎだ」
雨宮グループを率いることはそんなに簡単なことじゃない。
「分かってるよ。すぐにすぐ成功できるなんか思ってねえよ。何年かかろうがやってやるんだよ。それしか道はないだろ?それともお前はやっぱ怖いか?そんなこと無理だって最初から諦めるのかよ」
そんなこと、今の状況を考えたらほど遠い。
けど。
上条だったら……
きっとこう言う。
「無理かどうかはやってみないと分かんねぇよ」
「それじゃ」
「やってやるよ」
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