※このお話は33巻からの続き未来のお話だと思って下さい。本誌とはズレが出て来ます。
”坊”として敦賀さんに会ってから約1週間後――…。
…私は今…敦賀さん家の玄関の前にいます…。
自分でも思い切った行動に出たなぁ…と思っているわ……。
切欠は…今日のお昼に事務所で、松島さんと社さんが彼の話をしていて…それがたまたま聞こえて来たからだった――…。
一昨日 敦賀さんはドラマのロケの撮影で川の中で演技をしたらしいんだけど…
撮影している途中で機材の調子が悪くなり撮影が長引いて…彼は一晩中 水に浸かりっぱなしだったって…。
もう10月の中旬だっていうのに…。そして次の日に39度の熱を出してしまったらしいの…。
それで…今日は敦賀さん午前中の仕事は何とかこなして…今はお家で寝てるって…。
それを知った後、私は社さん達に直接 声も掛ける間も惜しんで、気が付けば敦賀さんのマンションの前まで来ていた。
…看病に必要そうな物を買い揃えて…。
『…でも…どうしよう…』
いざ着いたら、躊躇ってしまった。ラブミー部の依頼でもないのに…押し掛けて行ったらストーカー…?!
以前…敦賀さんからお家の鍵を預かったからって…図々しく…。やっぱり社さんに1度連絡した方がいい?
でも…もし断られたら…?余計な事だって…。
『…少しだけ…少しだけ様子が知りたいの…!』
社さんの話によると…さっき敦賀さんは寝付いたところだって言ってたし…。1~2時間前くらい?
少しだけ…直ぐに帰るから…!だけどもしかして起きているかもしれないから、1回はインターホンを鳴らした方がいいわよね…。
キョーコは色々と頭の中で考えながらも、ふぅ~~と深呼吸をして決心をし、インターホンを鳴らしてみた。
ドキドキと心臓の鼓動が速まっていく。しかしやはり彼は眠っているようで、部屋からの反応は無かった。
キョーコは 失礼します…と、そっと蓮の家のカードキーを使って玄関の鍵を開き、中に入って静かに靴を揃えた。
そして…緊張しながらもそっとリビングまで行ってみたが、そこに蓮の姿はなかった。
『…やっぱり寝室で眠っているのよね…』
キョーコは蓮の寝室の前まで行きゴクリと唾を飲み込んだ後、ゆっくりとドアを開いた。
すると中には汗をかき、苦しそうに眠っている蓮の姿があった。
『…敦賀…さん…。』
顔色はとても悪く、はぁ…はぁ…と呼吸が乱れている。そんな様子の蓮をみて、キョーコの胸はとても苦しくなった。
そっと彼の額を触ってみればかなり熱く、目覚めるような気配は全くない。
キョーコは洗面所へ行きタオルをお湯で濡らし、絞った。そして洗面器にもお湯を入れて寝室まで戻り、蓮の顔や首など拭けそうな所を軽く拭いていった。
『…敦賀さん……大丈夫…ですか…?』
蓮は相変わらず苦しそうに眠ったまま、起きる気配は全然ない。キョーコは暫く静かに彼を見つめていた。
『…本当に辛そうね…早く良くなるといいけど…。』
その後、キョーコはキッチンへ行き、お粥を作り始めた。
『普段から食の細い人だけど…こういう時こそ何か口にした方がいいわよね…!』
手際良く3日分くらいの量を作り、今日の分以外はタッパーに詰めて冷凍庫に保存した。
そしてキッチンの片付けも終わった頃、キョーコはふとある事を思い出した。
『そういえば…前にモー子さんから借りていた雑誌、ゲストルームに置き忘れていたのよね…』
まだ置いてあるかしら…とキョーコは雑誌を取りにゲストルームへと向かいドアを開けた瞬間、固まって動けなくなった。
『…え…?…どうしてコレがここに……?』
部屋の中にはカインとセツカになってデートした時に家具屋で寝転がった、キョーコ憧れの”お姫さまメルヘンベッド”が置いてあったのだ。
『何…?敦賀さんもこのベッド、気に入ったの…?ふふ…男の人なのに…お金持ちのする事は本当によくわからないわね…!』
そう言いながらも無事にモー子さんの雑誌を見つけ、部屋を出た。
『本当に…お金の無駄遣いばかりなんだから…』
しかしぶつぶつと言いながらも ふとキョーコは思った。
…それとも…新しい…彼女さん用……?
そう考え出したら急に胸が締め付けられるように苦しくなって来て、早くこの家から出ないと…と思い荷物を取りにリビングに戻った。
ここはもう私が来るべき場所じゃない…。判っているけど…!
『…でも…最後にもう一度だけ貴方の傍に…少しだけ居させて下さい…』
キョーコはこれが最後…と自分に言い聞かせながら、蓮の寝室に入った。
『…敦賀さん……。』
蓮は先ほどと全く変わらずに深い眠りについている。
キョーコは暫く蓮のベッドに両肘を付いて、ぼーっと考え込んでいた。
本当にこれが最後だと思うと…今までこの家であった思い出が頭に思い浮かんで来た。
そうして…何気なくベッドの横の棚に目を向けると…カインとセツカのあの”誓いのペアリング”がとても大切そうに飾られているのを見付けた。
キョーコは驚いて目を見開いて一瞬固まった。そして蓮の顔を見つめながら、眠っている彼に話し掛けた。
『・・・・・・・・。どうして…そんなに大切そうに…あの指輪を飾っているんですか…?』
キョーコの瞳には涙が溢れて来ていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし高熱で深い眠りについている蓮からは当然返事は何も返って来ない。
『…ねぇ…敦賀さん……』
キョーコはそっと優しく蓮の髪の毛を撫でた。そして熱で汗をかいている部分をもう一度静かに濡れタオルで拭いた後…彼の頬を優しく撫で始めた。
まるでヒール兄妹の時にカインがセツカの頬を愛おしそうに撫でる時のように…。
そうして…段々とその手は頬から彼の高い鼻を静かになぞっていき…形の良い唇へと移動していった。
彼の唇に自分の指が触れた瞬間、キョーコはあの夜の蓮との激しいキスの事を思い出した。
自然とキョーコの感情が高ぶっていく。
幸せを感じながらも ふわっと眩暈を起こすような気持ちの良い不思議な感覚。
『…つる…がさ…』
そして…暫くまた頬を優しく撫でた後、キョーコはそっと…自分の顔を近づけていき…
蓮の唇に自分の唇を重ねた――…。
本当に…僅かにお互いの唇が触れ合うくらいの…
…静かで…切ない口付けだった――…。
『…好きです…敦賀さん…貴方の事が――…。』
溢れ出た涙が蓮の頬に一粒…二粒…と零れ落ちたが、やはり蓮が目覚める気配は無かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
そして…蓮の顔に零れ落ちた自分の涙をそっと指で拭った後、キョーコは自嘲の笑みを浮かべ…静かに荷物を持って家を出た。
蓮に今までの事を感謝しながら…。
―さっきのキスは…私だけの永遠の秘密なの――。
ふふっ…風邪がうつらなきゃいいけどね…。
…敦賀さん…
今まで色々とありがとうございました…。
…本当に――…。
* * *
何だか…とても幸せな夢を見ていたような…気がした――…。
最上さんが…俺の髪を優しく撫でながら…キスをしてくれた…幸せな夢…。
俺の事を”好き”と告白してくれて…彼女の切ない涙の雫が俺の頬を伝った…ような――…。
蓮はゆっくりと目を開き、寝ぼけながら枕元の時計を見た。
「・・・・・・・・・・・・・・あ・・・もう朝の5時・・・・?」
昨日の昼間から…ずっと寝っぱなしだったのか…。
でも…ずっと寝ていたせいか…体調は随分楽になったような気がする…。
蓮は静かに上半身を起こした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして…喉がとても渇いている事に気付き、ぼけっとしながらも水を飲みにキッチンの方へ向かった。
蓮は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一気に飲み干した…その時、コンロの方に鍋が置いてあるのを見つけた。
「・・・・・・・ん・・・?」
鍋の蓋を開けてみると、中には卵のお粥が入っていた。
「…え…?これ…社さんじゃない…よな…?」
今まで社さんの手作り料理は一度も食べた事も、見た事すら無い。
まさか…と思って冷凍庫を開いてみると、お粥が入ったタッパーが綺麗に並んでいた。
こんな事をしてくれる人は1人しか思い浮かばない。
「…もしかして…最上さんが来てくれた…?」
本当に…会いに来てくれたの…?俺が前に渡した合鍵を使って…?
…じゃあ…あの夢も…現実…?いや…あれは俺の願望か……。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・/////」
蓮は顔を赤くしながらも、お皿にお粥を少し入れて電子レンジで温めた。
そして…ゆっくりと味わいながらお粥を食べ出した。
風邪で味などよく分からないはずなのに とても美味しく感じられて、自然と顔からは笑みが零れる。
…ありがとう…最上さん…。
心配して…俺の様子を見に来てくれたんだね…?
君が作ってくれたお粥は本当に美味しいよ…。
何だか…急に元気になった気がする――…。
―スウェーデンに行く日まで…あと約1週間――。
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