髙梨沙羅W杯総合優勝記念、女子スキージャンプQ&A | 霞が関公務員の日常

髙梨沙羅W杯総合優勝記念、女子スキージャンプQ&A

 髙梨沙羅選手、W杯総合優勝おめでとうございま~す。
 うれしいので、引き続きもう1回、女子ジャンプねたで。


 ここ数日、やたらと報道されて髙梨選手の知名度はかなり上がったでしょうが、女子ジャンプについてよく知らない人も多いと思います。
 私は1980年代、マッチ・ニッカネンや秋元正博の時代からのスキージャンプマニアなので、疑問に思われそうな点をいくつか、Q&A形式で説明しておきます。


 他に御疑問があれば、コメント欄にお寄せください。
 回答に追加しておきます。



Q1.女子ジャンプの競技人口って何人ぐらいなの?


 女子ジャンプの競技人口は極めて少なく、世界一になるためのハードルは他競技に比べればかなり低いのが現状です。


 FIS(国際スキー連盟)のサイト の「SKI JUMPING」→「Biographies」とたどると、FISに競技者登録されている全選手の名前を見ることができます。

 女子の活動中の(active)競技者(Competitor)は、全部で204人いることがわかります。うち、日本人は22人です。


 また、SAJ(全日本スキー連盟)のサイトの「競技データバンク 」では、日本人の全選手の名前を見ることができます。
 そこに載るのは中学生以上の選手で、全部で53人です。なお、このサイトではFIS登録選手の検索もできて、当然ながらFISサイトで見るのと同じ22人です。


 日本の競技人口 : 53人
    うちFIS登録 : 22人(41.5%)
 FIS登録全選手 : 204人


 他国でも競技人口に占めるFIS登録選手の割合が41.5%と仮定すると、
  204÷0.415=491
ということで、女子ジャンプの世界の競技人口は約500人と推定されます。


 ウィキペディアの「スキージャンプ」の項 では、「2013年現在、世界で大会に参加する選手数は100人ほどで、日本の選手人口は2011年で60人ほどとなっている」とありますが、世界の選手数が少なく感じられるミスリードな記述という印象です。

 なお、男子について同じ作業をしておくと、

  日本人の競技者 : 656人
    うちFIS登録 : 93人(14.2%)
  FIS登録全選手 : 1110人


 1110÷(93÷656)= 7830
 ということで、男子の競技人口は約8,000人と推定されます。


 今回の髙梨沙羅選手のW杯総合優勝は、快挙ではありますが、残念ながら、男子で優勝した場合に比べると客観的には価値は小さいと言えるでしょう。



Q2.髙梨選手が男子に混じったらどれぐらい飛べるの?


 札幌の大倉山ジャンプ競技場のバッケンレコード(ジャンプ台記録)は、

  男子 : 146m(伊東大貴)
  女子 : 141m(髙梨沙羅)


 ということは、髙梨選手は男子選手とほとんど同じ距離を跳べるのでしょうか?
 そうではありません。


 ジャンプ台はスタート位置が20~30種類設定でき、男子は低い位置から、女子は高い位置からスタートするので、飛距離を単純に比較はできないのです。
 去年の11月、男女ミックス団体戦というおもしろい試合が行われたのですが、その結果 を見るとよくわかります。


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 2位となった日本チームの「Gate」という欄を見てください。
 女子の伊藤有希は20番ゲートから、髙梨沙羅は18番ゲートから、男子の渡瀬雄太と竹内択は12番ゲートからスタートしていることがわかります。


 伊藤と髙梨のゲートが2段違うのは、髙梨の回は全員のゲートが19番に1段下げられた上に、さらに髙梨は自分(正確にはコーチ)の判断でさらに1段下げたためです。
 なお、自分の判断で1段下げた代償(Compensation)として、髙梨は4.8ポイント(距離換算で2.4m)を得ています。


 ということで、運営側は、男子は12番、女子は19番と7段差をつけて、ほぼ同じ距離を飛ぶと予想していることになります。
 1段下げてもらえる代償が距離換算2.4mですから、7段で16.8m。


 つまり、同じゲートから飛べば、単純計算で言えば、髙梨は男子のトップ選手より15mほど飛距離が落ちると予想されます。
 これはノーマルヒルでの差なので、ラージヒルだと20m以上の差になります。


 もちろん、男子ほど飛べなくても、髙梨選手の価値が落ちるわけではありません。
 高橋尚子のマラソンのベストタイム2時間19分46秒は、男子では日本歴代500位にも入らないでしょうが、だからといって、彼女の価値は落ちません。


 男女はスポーツでは違うカテゴリで戦う。それだけのことです。



Q3.ウインドファクター、ゲートファクターって何?


 最近、ジャンプでは、ウインドファクターとゲートファクターの導入という、大きなルール変更がありました。


 Q2に貼り付けた結果の表を見ると、右上に
  Gate Factor  6.00 Points per m
  Wind Factor  6.40 Points per m/s
とありますね。


 ゲートファクターというのは、Q2でも説明した、自分(コーチ)の判断でゲートを下げた場合に、その代償としてポイントをもらえるというルール。
 その率が、このジャンプ台では1m下げるごとに6ポイント、このジャンプ台のゲート1段は80cmなので、1段当たり 6×0.8 = 4.8 ポイントとなります。


 ウインドファクターというのは、風の条件の良し悪しに応じて、その代償としてポイントが足し引きされるというルール。
 その率が、このジャンプ台では風速1m当たり6.4ポイント。飛びやすい向かい風ならマイナス、飛びにくい追い風ならプラスです。


 6.4ポイントって飛距離換算で3.2mですからね。かなり大きいです。
 ウインドファクターはなかなか大胆なルールですが、風の不公平をなくそうというもので、とてもよい試みだと思います。


 ただ、風は飛ぶ瞬間に自動計測されるのですが、選手が感じる有利不利の実感と合わない場合もあるそうで、今後も試行錯誤が続きそうです。


 一方で、ゲートファクターのルールは、私はちょっとどうかと思っています。
 飛距離が短い選手がゲートを下げたポイントを加えて優勝するというのは、見ていてわかりにくい。


 私は、ウインドファクターは今後も続き、ゲートファクターは遠からず廃止されると予想しています。



Q4.髙梨選手が強すぎて、ヨーロッパ人がルール変更してくるんじゃないの?


 そもそも、私は、日本人が強くなると日本つぶしでルール変更をするという見方は、ほとんど被害妄想だと思っています。


 不利になった局面だけを捕まえて針小棒大に騒ぎ立て、有利になった場合は何も言わない。
 不利になったのも別に日本人つぶしではなく、その競技のあるべき姿を考えてルールを変えたら、たまたま日本人が(他国の選手も)不利になったというだけ。


 長く同じスポーツのルールの変遷を観察していると、大局的にはそう感じます。
 局所的に、ヨーロッパ選手に都合がいいルール変更があるというところまで、否定はしませんが。


 ということで「ヨーロッパ人がルール変更してくる」という見方自体に首をかしげますが、仮にそうしたくても、髙梨つぶしをできる可能性はほとんど存在しません


 なぜなら、ジャンプのルールは男女共通なので、女子のルール変更をすると男子も直撃するから。
 競技人口わずか500人という未熟な段階にある女子のトップ選手をつぶすために、1万人近い男子選手に影響するルール変更をするわけがありません


 スキー板の長さ、ジャンプスーツの大きさ、BMI規制(痩せている選手は短いスキー板を使う)のどれを取っても、髙梨のみを不利にするルール改正は困難です。


 唯一できるとすれば、ゲートファクターを廃止した上でゲートを高めに設定されるのが、着地の苦手な髙梨にとっては痛い。
 他の選手がヒルサイズ近くまで飛んでしまうと、それ以上飛ぶと危険なので、飛距離では上のはずの髙梨に打つ手がなくなります。


 ゲートファクターのルールがあれば、ゲートを下げてポイントを稼げばいいのですが…。




 ということで、女子ジャンプQ&Aでした。
 やたらマニアックな話でしたが、興味のある人はいるのでしょうか……。