社会保障と税を考える(17.ベーシックインカムは現実には不可能、老人・子供限定なら可能) | 霞が関公務員の日常

社会保障と税を考える(17.ベーシックインカムは現実には不可能、老人・子供限定なら可能)

 さて、今回は、BIは数字上は可能でも、現実には限りなく不可能に近いと思う、というお話。


 ただ、あらかじめ予防線を張っておくと、強固なBI賛成論者を翻意させるものにはならないと思います。
 数字上は実現可能なことは分かっていて、しょせん「政治的な合意は難しい」と言うだけなので、「合意を得ればできるんだろ」という反論ができますしね。


 単独の決定的な論拠はありませんが、細かいジャブを繰り出しての合わせ技一本で、意見を決めていない人に「確かに難しそう」と思ってもらうのが到達目標です。



1.BI実現の政治的合意はほとんど不可能
(1)日本国民は一貫して低負担を支持してきた

 各国の国民負担率の推移をグラフにしてみました。

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 スウェーデンやフランスはずっと高負担(60~70%)、ドイツやイギリスはずっと中負担(50%前後)、日本やアメリカはずっと低負担(40%前後)です。

霞が関公務員の日常 ←「低負担」のイメージ画像


 国民負担率は、どの程度の大きさの政府を望むかの国民の意識をあらわすもの。
 国ごとの傾向は、時代が変わってもあまり変化しないことがわかります。


 日本国民はずっと一貫して、収入をあまり政府に取られない、小さな政府を支持してきました。
 それが突然、85兆円、国民負担率にして20%近くの増税をし、国民負担率を60%にしてまで、BIの導入を望むようになるとは考えにくいと思います。


 また、OECD加盟国の人口と国民負担率の関係もグラフにしてみました。


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 人口1億人を超えるアメリカや日本は低負担、6~8千万人のドイツやイギリスは中ぐらい、1千万人を切る北欧の小国が高負担、という傾向です(例外はあるが)。

 人口が多いと、社会保障で助けられる人が遠すぎて共感できず、あまり収入を取られたくないと思うのでしょうか。

 人口の多い日本が高い負担に合意するのは、人口の少ない国に比べて難しいことだと思います。



(2)貧困なくしたい派と政府嫌い派は同床異夢で分裂不可避
 BI賛成論者にも、いろいろな流派があります。
 2大勢力は、貧困をなくしたいという弱者に優しいタイプと、複雑な社会保障を政府の裁量の小さいものに一本化したいという政府が嫌いなタイプ


 この両者は、現行の制度を改めるべきという点では一致していますが、改める方向性は逆。制度の細部を具体化する過程で分裂してしまうと思います。


 まじめに細部を詰めていくと、前回書いたように、月8万円で機能を代替できない社会保障(生活保護の医療扶助、医療、介護、年金の2階部分)は残すという結論になりますが、政府が嫌いなタイプはそれに賛成するんでしょうか。


 逆に、月8万円やるから医療も介護も年金の2階もぶった切れ、という結論もなくはないと思いますが、弱者に優しいタイプはそれに賛成するんでしょうか。


 BI賛成論は、現時点では、具体的な制度の提案というより、現行の制度が嫌いというスローガンを掲げているに過ぎません。
 現行の制度の何をどこまで削るかという具体論が、BI賛成論者の間で合意されていない現状では、BIの導入にはほど遠いと思います。


 (なお、BIそのものは難しくても、部分的にミニBI的なものが導入されることはあり得る。現実的にはミニBI的なものの実現を狙って、同床異夢でも統一スローガンとしてBIを掲げる戦術は有効と思われる)



(3)長期間継続しないと意味がないが、国民がそれを信じるとは思いにくい
 BIは、最低限の生活を保障することで、不安定な社会の中でも安心して暮らせるようにする制度。
 しかし人生は長いので、そのとき何とか生活できるだけではなく、将来にわたって生活できる見通しが立たないと、安心することはできません。


 人生は80年以上、しかもその終盤に最も不安があるので、BIは長期間(最低でも50年?)にわたって継続すると国民が信じないと、その効果は発揮できません
 そういう点では、年金とよく似ています。


 年金はBIに比べれば必要な費用は少なく(現時点で50兆円)、また、年金に使うことが確約された保険料が財源であるにもかかわらず、将来の財源に不安を感じ、もらえなくなると考えている人がいます。


 BIの費用は実質85兆円、さらにその財源は、他の支出との取り合いになる税です。
 将来の国民は、BIより他の支出を優先したくなるかもしれません。また、85兆円の増税を続けられる経済状況でなくなるかもしれません。


 そういう不確実性がある中で、一時はその負担に合意できたとしても、それが50年以上にわたって継続すると信じられるでしょうか



(4)基礎年金の移行の難しさ
 基礎年金を廃止してBIに移行するのは、かなり困難を伴うでしょう。
 選択肢は2つ。移行期間の40年は基礎年金を残すか、年金の保険料を払った人も未納の人も一律8万円と割り切って基礎年金を即座に廃止するか。


 即座に廃止して保険料の支払いを無視するのは、お金を徴収する国のあらゆる制度への信頼を完全に失わせるでしょう。法的にも返還訴訟で負ける可能性が高い。
 え? 信頼なんて元からまったくないから同じ? そういう人もいるでしょうが、
最低限の信頼はしていた人も多いでしょうからねぇ。


 一方で、廃止せず20兆円の基礎年金を(徐々に減るとしても)払い続けるのは、一方で115兆円のBIがある中では、負担が重すぎる。


 技術的な問題に見えるかもしれませんが、社会保障制度は白紙に絵を描くのは比較的簡単で、現行制度からの移行が最大の課題になることがあります。
 BIの場合は、基礎年金からの移行が解決が難しい課題になるでしょう。



(5)まとめ
 日本国民は低負担を支持してきた、貧困なくしたい派と政府嫌い派の合意は難しい、長期間継続するとは国民は信じず効果を発揮しない、基礎年金の移行の問題が解けない、という4つの理由を挙げました。


 ひとことで言うと「85兆円の増税(しかも半永久的にやめられない)なんて、正直、無理っぽいよね」に尽きます。


 「そのまま配るんだから、実質は増税してないじゃん」とはなりません。
 徴税とは、市場の自由なお金の流れをせき止めて、国が一部を取り上げること。
 税の使い道が何であれ、税の負担感はお金の自由な流れをせき止める程度(=徴税額)で決まり、それが政府の大きさを規定し、その大きさには限界があります。


 「やろうと思えばできるだろ」と言われれば、まぁそうかもしれませんが。
 読者の方々の感じるままにお任せすることにしましょう。



2.可能性があるとすれば、老人・子ども限定BIか、負の所得税
 BIそのものは、ひとことで言えば85兆円の増税の負担が重すぎる。
 それは、1億2700万人の国民すべてに給付するから。


 一方で、国民すべてに最低限の生活が確保されることの魅力もわかります。
 これを両立するには、要するに給付する人を減らせばいい。


 そのやり方は、生活保護的に「個別事情を見極めて必要な人を選ぶ」のを排除し、外形的な基準で一律に決めるなら、次の2つが選択肢。
 1つは、年齢を基準に、収入が少ない割合が高い年齢層にだけ給付すること。
 2つは、収入を基準に、収入が少ない人にだけ給付すること。(なお、収入の把握には国民番号制が必要)



(1)老人限定BI=基礎年金税財源化、子ども限定BI=子ども手当
 前者の「収入が少ない割合が高い年齢層にだけ給付する」場合は、老人と子どもが対象になるでしょう。


 17歳以下2千万人に月5万円、65歳以上3千万人に月8万円を給付すると、
  (5万×2千万 + 8万×3千万)× 12 = 40.8兆円


 ということで、対象を老人と子どもに限定することで、BIの費用は115兆円から40兆円まで縮小されます。
 基礎年金と児童手当の20兆円が廃止できる(基礎年金の移行に目をつぶれば)のは変わらないので、実質は20兆円の増税で済みます


 現役世代に給付しないBIなんて意味がない!という人も多いでしょうが、増税を85兆円から20兆円まで圧縮できるのは、実現可能性という点では大きいですね。


 よく考えると、老人限定BIって基礎年金の税財源化のことで、子ども限定BIって子ども手当のこと。
 将来的にBIの実現を目指すなら、まずは既に実現一歩手前まで来ている、基礎年金税財源化や子ども手当拡充から始めるのが現実的なように思います。



(2) 収入が少ない人向けBI=負の所得税
 「実際の収入が少ない人にだけ給付する」というアイディアは、学問的には「負の所得税」「給付付き税額控除」と呼ばれています。

 一定以上の所得の人から所得税を徴収することの逆パターンで、一定以下の所得の人へは現金を給付するというもの。


 例えば、年収200万円以下の人に、(200万円-年収)×1/2 を給付するみたいな形。
 机上の計算では、最低でも年収100万円を確保できる一方で、大量に税金を取って大量に配るBIに比べて給付額を大幅に減らせることになります。


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 ということで、今回の結論は、
 ・BIそのものの実現は、ほとんど不可能に近い
 ・ミニBI的なものは実現可能。基礎年金税財源化、子ども手当、負の所得税


 次回は、最近、BIの代替案として注目が高まっている、負の所得税(給付付き税額控除)について考察を深めてみます。