ヒグマ脱走事件を機に、ツキノワグマについて考えてみる | 霞が関公務員の日常

ヒグマ脱走事件を機に、ツキノワグマについて考えてみる

 先週、秋田県でクマ牧場のヒグマが逃げ出して、従業員2人を襲って死亡させたというニュースがありましたね。


 職業柄、クマと聞くと黙っていられないので、いくつか簡単にコメント。
 関連記事:クマ奥山放獣



1.ヒグマは超危険! ツキノワグマはそれほどでも…
 日本の野生のクマは、北海道のヒグマと本州以南のツキノワグマの2種類。
 北海道にツキノワグマはいませんし、本州以南にヒグマはいません。


 平均的な成獣の大きさは、ツキノワグマで体長150cm、体重70kg、ヒグマで体長200cm、体重150kg(個体差が大きいので、平均にあまり意味はないけど)。
 並べてみると、だいたいこんな感じでしょうか。


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 ツキノワグマも危険ですが、よほど執拗に襲われない限り、死ぬことは稀です。
 ヒグマの場合、張り手が一発クリーンヒットしたら、かなりの確率で死にます。
 体重70kgといえば日本人男性の平均並、150kgといえば白鵬並ですからね。


 今回の事故は、北海道のヒグマを本州に連れてきて飼っていた特殊なケース。
 本州の方々は、ツキノワグマまで過剰に危険視しないでほしい
です。


 それに、ヒグマもツキノワグマもとても臆病な動物で、人間を好んで攻撃することはほとんどありません。鈴を持っていくとか音を出せば、逃げていきます。
 そういう点ではイノシシの方が危険。奴らは人間に向かって突撃してくることがあるし、鋭い牙もありますから。


 ツキノワグマとヒグマによる人身被害の統計は、次のとおりです。
 この数字をどう読むかはお任せしますが、単純に死者数で見れば、スズメバチとかヘビの方が多いでしょうね。それをもってクマは安全と言うつもりはないですが。


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2.今年は大量出没確実?
 ツキノワグマは、数年に1回、人里に大量出没することがあります。
 季節は秋。冬眠前の食いだめする時期に、主要なエサであるドングリ(ブナ、コナラ、ミズナラ)が不作だと、エサを求めて人里に下りてきます。


 最近、大量出没したのは平成16年、18年、22年。
 平成偶数年(西暦でも偶数ですが)ばかりですね。ドングリの豊凶は、その年の気象条件の影響も受けますが、2年周期で豊凶を繰り返す傾向もあるらしい。


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 ちなみに、昨年、平成23年の秋は全国的にドングリ大豊作で、ほとんどクマは出没しませんでした。
 今年、平成24年の秋はその反動で不作が確実視されており、10月頃にはクマの大量出没がニュースを賑わせることになるでしょう。


 ちなみに、「だったらクマがいない地域のドングリを山に持っていって撒けばいい」と言う人もいますが、それはやめた方がいいです


 反対の理由として、「違う地域の遺伝子を持ち込んで生態系が攪乱される」とか「野生動物にエサをやるのは間違い(自然の摂理に反する上に、クマを人馴れさせて危険)」といった理由が挙がりますが、クマの生存を大切に考える別の価値観からの再反論を受けるケースも多いです。


 それは最も本質的で重要な議論だとは思いますが、よく知らない人からは、どっちもそれなりに正しく見え、撒いてみればいいじゃんと思ってしまう人も多そう。
 私に言わせれば、そういう価値判断を伴う高尚な議論をするまでもなく、ドングリ撒いたってクマには届かないので、やる意味がありません。


 ツキノワグマは全国で2万頭、ニホンジカは100~200万頭、イノシシは50~100万頭、ニホンザルは30~50万頭。もっと数の多いリス、ネズミもドングリ食べますね。
 クマのためにドングリ撒いてもクマには届きません。ムダです。やめましょう。


 こう言う方が説得力がある気がしますが、どうでしょうね。



3.西日本のクマは絶滅の危機! 東日本は安心
 クマは群れは作らず1頭ずつ暮らしていますが、広域には移動せず、一定範囲にとどまって繁殖を繰り返すため、地域ごとに遺伝子的かたまりを形成しています。


 これを「地域個体群」と呼び、種の保存のためには、全体の頭数だけでなく個体群ごとの頭数を維持すること、個体群を孤立させず相互交流できる状態を維持することが重要とされています。
 日本のツキノワグマの地域個体群は19あるとされています。


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 地図を見れば一目瞭然ですが、東日本の個体群は面積が広く、相互に隣接している一方で、西日本は面積が狭く、孤立気味です。
 頭数で見ても、絶滅のおそれのない個体群の頭数は800頭とされていますが、東日本の多くは800頭を超え、西日本の多くは800頭を下回っています。


 全体的に見れば、東日本のツキノワグマは絶滅のおそれはほとんどなく、西日本は絶滅のおそれが高い状況と言えるでしょう。
 私が住む県はちょうどその境界にあり、ちょっと悩ましい状況にあります。


 県内のツキノワグマの生息数は約300頭。
 うち東側の200頭が他4県と合わせて2000頭を擁する個体群の一部で、西側の100頭が他2府県と合わせても400頭しかいない個体群の一部です。


 「東から西へ移動してくれよ」と思うわけですが、残念ながら当県は、とある巨大な地形的障害があって山地の幅が著しく狭くなっており、あまり移動してくれません。


 近隣府県が捕獲したクマをどうしているかを見ると、東側では2000頭もいるからバシバシ殺処分、西側では400頭しかいないから原則として生かして放獣しています。
 その並びで考えると、県東部は殺処分、県西部は放獣が正しいのですが、クマは地元の被害意識が高く、差をつけると県西部が収まらないことが予想されます。


 ということで、全県一律で原則放獣ということにして県西部を納得させつつ、県東部には運用面でちょっと緩めに殺処分を認めてなだめているところ。

 今年の秋は、クマを生かすか殺すか何度も判断を迫られそうですが、その頃は私は異動してるだろうな~。


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 ということで、今回の結論は、


今年の秋は、ツキノワグマが大量出没します
・(都会の人へ)ドングリ撒こうぜという安直なアイディアに飛びつかないで
・(田舎の人へ)人が気をつければそれほど危険な動物ではないし、西日本では絶滅の危機にあるので、あまり殺さないでください

ということで。