霞が関「秘書官」事情 | 霞が関公務員の日常

霞が関「秘書官」事情

 皇位継承問題の連載も終わり、次は社会保障と税の一体改革の連載の予定ですが、重たい連載ばかりでは胃がもたれるので、しばらく軽い話題でつなぎます。


 さて、きのう、防衛大臣が秘書官を交代させたというニュースがありました。


田中防衛相が秘書官交代、かつて真紀子氏も…(2月6日 読売新聞)

 田中防衛相の事務秘書官を務める萬浪(まんなみ)学氏について、田中氏が「体調不良」を理由に異動させ、北沢俊美元防衛相時代に秘書官を務めた吉田孝弘企画官を充てる人事を6日付で発令することが5日、わかった。

 秘書官が国会開会中に交代し、前任者が任命されるのは極めて異例だ。

 田中氏には、国会答弁が批判されていることを踏まえ、補佐態勢を一新する狙いがあるようだが、省内からは「本人の資質の問題で、秘書官が誰でも一緒だ」(幹部)と冷ややかな声が出ている。

 田中氏の妻の真紀子氏も外相時代、複数の秘書官が「(性格が)暗いとの理由」(外務省幹部)や、過労で体調を崩したとして交代させられた。


 感想としては、人間だから相性ってものもあるし、秘書官ぐらい大臣が気に入らないならいくらでも替えればいいじゃん、そんなのニュースにすんなよと思います。


 ということでこのニュース自体はどうでもいいですが、秘書官がニュースになったちょうどいい機会なので、秘書官とはどういうものなのか、ちょっと紹介してみます。



1.秘書官ってどんな仕事?
 秘書官の通称は「カバン持ち」。
 その名のとおり、大臣のカバンを持って、国会審議に海外出張にと公務のすべてにべったりとくっついて動きます。


※ ちなみに、「公務」の対義語は「政務」。地元選挙区まわり、政党の派閥の会合、選挙応援といったもので、こういう「政務」には秘書官はついていきません。


 主な仕事は、次のような感じ。
  ・大臣の日程調整
  ・国会審議での大臣のサポート(答弁に詰まったときのメモ出しとか)
  ・大臣が物事を判断するに当たっての助言
  ・大臣と事務方の間のつなぎ役(大臣の意向を事務次官以下の事務方に伝え

   たり、事務方の考え方を大臣に伝えたり)


 民間企業の社長秘書も同じような仕事だと思いますが、おそらく大きく違うのは、大臣が外から落下傘のように役所に入ってきて、内情に疎く、事務方と軋轢が避けられないことを前提に、大臣と事務方の緩衝材となることが期待されている点。


 「事務方に言うこと聞かせろ」と言う大臣と、「大臣をそれとなく説得するのがお前の仕事だろ」と言う局長にはさまれたりもする、気苦労の多いポストです。



2.秘書官ってどんな人がなるの?
 大臣は、個人的な秘書を1人だけ役所の職としての秘書に置くことができます。
 正式にはその人が「秘書官」なのですが、外から来た人では事務方とのつなぎ役をできないので、官僚の中から「秘書官事務取扱」を任命して業務を代行させます。


 一般に「秘書官」と呼ばれるのは、この「秘書官事務取扱」の方で、正式な「秘書官」の方は「政務秘書官」と呼ぶのが一般的です。


 秘書官に任命されるのは、役所により差もありますが、だいたい40歳前後の人。
 いわゆるキャリア官僚は、係員4年→係長4年→課長補佐10年→企画官4年→課長5年→審議官 ぐらいで昇進しますが、秘書官になるのは企画官クラスかその直前の課長補佐


 特徴的なのは「秘書官は二君に仕えず」というところ。
 通常の人事異動は2年に1回ぐらいのペースですが、秘書官は内閣改造で大臣が代わると必ず交代します。逆に、大臣が代わらない限り秘書官も交代しません。


 二君に仕えると、どうしても2人の大臣を比較してしまいますからね。それは大臣に失礼でしょう。

 今回の防衛省の件では、後任は北沢元防衛相の秘書官を務めた人とのことで、緊急事態とはいえ珍しいなと感じました。(交代した秘書官は、一川前防衛相の秘書官でもあったらしい。防衛省はあまり気にしない流儀なのかも)


 私の働く役所でも、大臣が3か月で交代して秘書官も3か月で代わったとか、大臣が3年続いたため秘書官も3年続けたとか、数年前の大臣が戻ってきたため当時の秘書官がまた秘書官になったとか、いろんなことがありました。


 秘書官を3年続けた人は、3年間にあった4回の内閣改造のたびに家族に「もう土日も飛び回る仕事は終わるからね」と言い、ぬか喜びさせたとグチっていました。



3.総理秘書官は別格
 大臣秘書官は40歳前後の人がなると書きましたが、総理秘書官だけは別格。
 50歳前後、審議官かその直前の課長クラスがなります。


 今の総理秘書官は、政務秘書官を除いて6人。出向元は、財務省、外務省、警察庁、経済産業省、厚生労働省、防衛省。
 昔は4人でずっと財・外・警・経の指定席でしたが、社会保障や普天間が政権の重要テーマになったため、菅内閣と野田内閣では厚・防が加わっています。


 あとは、総理秘書官と各省庁の秘書官の違いは、年齢や人数もそうですが、政務秘書官の存在感。
 大臣の場合は政務といっても一議員に毛が生えた程度で大したものはないですが、総理の場合は政務こそが政権の浮沈を握る最大のポイントで、政務秘書官はそのコントロールタワーとして重要な存在です。


 総理の政務秘書官で有名なのは、小泉純一郎内閣の飯島勲氏
 30年以上にわたり小泉氏の秘書を務め総理の深い信頼を得ており、坊主頭と鋭い眼光という見た目もあり存在感は抜群、「官邸のラスプーチン」とも呼ばれました。


霞が関公務員の日常 ←「ラスプーチン」のイメージ画像


 細川護煕内閣の成田憲彦氏。国会職員出身で選挙制度に詳しく、「細川氏の懐刀」と呼ばれ選挙制度改革に力を発揮しました。
 細川内閣終了後に、首相官邸の内幕を描いた小説「官邸」を発表、ベストセラーになりました。今は細川氏に頼まれて野田内閣の参与を務めています。


 橋本龍太郎内閣の江田憲司氏。通産官僚ですが、村山内閣の橋本通産大臣の秘書官を務めた縁で、総理になった橋本氏が39歳の江田氏を政務秘書官に抜擢。
 橋本氏の威光のもと先頭に立って省庁再編を進め、その強引さから各省庁からは「官邸の森蘭丸」と呼ばれ嫌われたそうです。今はみんなの党の衆議院議員です。



4.秘書官仲間のネットワーク
 秘書官は、政務を除いて常に大臣にくっついて動くので、秘書官同士が顔を合わせる機会も多くあります。
 特に、火・金の週2回ある閣議には秘書官は陪席できないため、閣議室の横の「秘書官溜まり」にたむろしているので自然と仲良くなるそうです。


 仕事上も、秘書官同士の日々の情報交換も重要らしい(例えば、国会や閣議などの日程に間違いがないか確認するとか)です。
 その結果、同じ内閣の秘書官が、総理秘書官を中心に集まって飲み会をやったり、内閣が終わった後も同窓会をやったりするそうです。


 どうでもいいことかもしれませんが、私は「○○内閣の秘書官の同窓会」があると聞いて、内閣とは○○省という巨大組織の無機的な集合体であるとともに、総理と17人の大臣による有機的な意思決定機関でもあるのだと実感しました。



5.秘書官ってなりたい? なりたくない?
 秘書官を、ここまでの説明のように他人事として見るのではなく、自分でやる仕事として見たとき、どういう特徴があるでしょう。


 ・土日の仕事が多い
 ・夜は早く終わるけど、朝が早い
 ・いつ突発的な仕事が入るか分からず、気が休まらない
 ・海外出張が多い
 ・大臣が厳しい人だと気苦労が多い


 こんな感じで、多くの官僚は、秘書官はやりたくないと思っていると思います。
 やればやったで、政治の動きを間近で見られたり、仕えた大臣と末永くつながりができたり、いいところもあるのでしょうけどね。


 いま、私の所属する役所の大臣秘書官は、私より年次が2つ上の人。
 常識的には、2年後には私の同期が秘書官をすることになります。


 うおおおおおぉ、やりたくないいいいいぃ
 私はかいがいしく上司のお世話をするタイプではなく、上司には冷たいので、指名されないと期待していますが、冷静に人事の動きを計算していくと、私が秘書官に指名される確率は20%以上はありそう。


 ま、なるようにしかならないので、気にしないことにします。