除染の方針に見る、「被災地の望みをすべて叶えられる時期」の終わり | 霞が関公務員の日常

除染の方針に見る、「被災地の望みをすべて叶えられる時期」の終わり

 放射性物質の除染について、原則5ミリシーベルト/年以上だけ(面的な除染は5ミリ以上、1~5ミリはスポット的な除染だけ)国が費用負担する方針だったのが、1ミリシーベルト/年まで負担する(1~5ミリも面的な除染を認める)方針に変わったようです。


※ 斜体・紫字の部分は、市町村職員さんのコメントを受けて10/17に追記。



 でもこれ、文字どおり1ミリシーベルト/年以上の地域を全面的に除染することにはならないと想像しています。

 「5ミリ/年」「1ミリ/年」は、それぞれ「0.99マイクロ/時」「0.23マイクロ/時」に相当しますが、これは面積に非常に大きな差があります。


【参考】5ミリ/年 = 0.99マイクロ/時 の換算方法の解説

 「5ミリシーベルト/年」「1ミリシーベルト/年」は、自然界にある放射線の分を除いた追加被曝線量です。
 これをよく報道される1時間当たりの空間線量に換算するには、①屋外・屋内にいる時間を加味した上で年を時間に換算し、②自然界の放射線を加える必要があります。

 ①については、屋外に8時間、屋内に16時間いると仮定し、屋内にいると60%減少するので、8+16×(1-0.6)=14.4 で、空間線量の14.4時間分が1日の量です。これに365日をかけて、5256時間分が1年の量です。
 ②については、自然界からの放射線は0.04マイクロシーベルト/時 程度とのこと。

 したがって、
  「5ミリ/年」 5000 ÷ 5256 + 0.04 = 0.99マイクロシーベルト/時
  「1ミリ/年」 1000 ÷ 5256 + 0.04 = 0.23マイクロシーベルト/時
となります。


 この差は、この地図を見れば一目瞭然ですね。


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 オレンジ色の1マイクロシーベルト/時(≒5ミリ/年)は福島県と栃木県北部に限られますが、緑色の0.25マイクロシーベルト/時(≒1ミリ/年)は首都圏にも広がっています。


 これをすべて除染するとなると、費用が10兆円単位で増えるはず。その全部を国が負担する覚悟を決めたとは、とうてい思えません。

 今後どうなりそうか、予想しておきます。



1.国側は費用負担が無秩序に拡大しないよう、予算配分で歯止めをかける
 自治体が実施する事業に国が費用負担する場合、費用が無秩序に拡大しないようにするやり方は、主に次のものがあります。
 ① 負担割合を国100%とせず、何割かを自治体の負担分として残す
 ② 「これに該当する事業にだけ費用負担をする」という基準を設ける
 ③ 自治体の要望する額全部を予算計上せず、十分な額を配分しない


 負担割合は当初から国100%負担の予定なので、①を取るつもりはありません。
 当初は②を狙い、「原則5ミリ/年以上」という基準設定を考えましたが、これも放棄しました。


 しかしこれだけで、自治体がやりたい事業のすべてを国が費用負担すると決まったわけではありません。③で縛るという選択肢が残されています。
 自治体が国に費用を請求する手続は、使った請求書を回して回しただけ出るのではなく、国が事前に「使える枠はいくらまで」という配分をするのが一般的です。


 この配分は国の予算がついた範囲で行われるので、「全部で○千億円しか予算がないので、あなたの市町村が○百億円分の事業を予定していても、○十億円しか出せません」ということがよく起きます。

 これまでの震災復興事業では、こういう予算配分で縛るやり方はしていなかったと思われます。避難所の運営も、がれき除去も、仮設住宅の建設も、自治体の請求を青天井で認めていたでしょう。


 しかしそれは、これらの事業は緊急性が高かったのと、実施すべき事業量に裁量の余地が小さく費用が無秩序に拡大するおそれがなかったから。

 放射性物質の除染のような、緊急性がそれほど高くなく、事業量についての裁量の余地が大きい事業について、青天井での請求を認めるとは考えにくいです。


 優先順位の高い場所をやる1~2年目は青天井に近い配分ができるぐらい予算をつけるでしょうが、優先順位が低くなるその先は予算を絞り込むと予想します。

 その結果、優先順位の高い住宅地は1ミリ/年まで除染、農地は5ミリ/年まで、山林は放置みたいな、当初の国の方針と同じあたりが相場になるかもしれません。

 こういう、自治体の要望の全額の予算がつかないという事態は、除染以外にもいろいろ出てくるでしょうね。
 避難所運営、がれき処理、仮設住宅なら被災地が要望するお金を全額出せても、放射性物質の除染、住宅の高台移転、産業の復興となると、「そこまで必要なの」という視線にさらされることは避けられません。


 私がたまに東京に出張して中央省庁の人の話を聞いても、「自治体は好きなだけお金を要求しすぎる。すべて予算確保するのは無理だ」という雰囲気が漂いはじめています。



2.自治体側も仮置場の確保の制約から、除染する量を自主的に絞る
 国としては、自治体の要望に反して露骨に予算配分を絞るやり方はしたくないはず。批判を受けるのが確実ですから。
 自治体側が自分達の事情で事業量を絞り込んで要望してくる方が、スマートに費用負担を減らせて望ましいと思っているでしょう。


 そして、結果的にそうなる可能性も高いと思われます。
 そうなる要因は2つ。1つは汚染土壌の仮置場の確保が難しいこと、2つは福島県以外の自治体は大々的に除染を始めて風評被害を招きたくないこと。


 除染の方針案 にも「除染実施計画の策定に当たっては、地域ごとの実情を踏まえ、優先順位や実現可能性を踏まえた計画とすることが重要であること。また、除去土壌等の量に見合った仮置場の確保を前提としたものとすること」という文章があります(リンクを貼ったPDFファイルの9ページ目)。


 国としては、「優先順位や実現可能性を踏まえ」「仮置場の確保を前提」とすることで、自治体側で事業量が絞り込まれ、国は自治体の要望の満額を予算確保したと胸を張れる展開を望んでいるのでしょう。
 結果として「1ミリ/年以上は除染」という基本方針はなし崩しになりますが。

霞が関公務員の日常 ←「なし崩し」のイメージ画像



3.除染費用の全額は東電に請求できない
 放射性物質汚染対処特措法という法律で、除染は最終的には東京電力の費用負担で実施されることが定められています。
 いったん国で払って、国が東電に請求するのでしょう。


○平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法(平成23年法律第110号)

 (この法律に基づく措置の費用負担)
第44条 事故由来放射性物質による環境の汚染に対処するためこの法律に基づき講ぜられる措置は、原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号)第3条第1項の規定により関係原子力事業者が賠償する責めに任ずべき損害に係るものとして、当該関係原子力事業者の負担の下に実施されるものとする
2 関係原子力事業者は、前項の措置に要する費用について請求又は求償があったときは、速やかに支払うよう努めなければならない。


 しかし、上で書いてきたように、どこまで除染するかは、科学的な判断だけでなく政治的な力学で決まるところもあり、そういう客観的でない方法で決まる金額のすべてを民間企業に請求すべきかは、よく考える必要がありそうです。

 全額を請求したら、さすがに東電も訴訟に訴えるかもしれません。


 どのみち東電には全額を負担する資力はないのだし、ここまでは東電の負担、ここからは国の負担という明確なラインを決めてしまう方がよい気がします。
 財務省は全額東電が負担すべきと言って猛烈に反対するでしょうけど。


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 いろいろ書きましたが、まとめると「被災地の望みをすべて叶えられる時期は終わり、どこまで叶えるかを考える時期に入った。除染はその代表例」ということ。


 除染はやめて移住した方がコストは安く、除染せずそのまま住んでも5ミリ/年のような低濃度被ばくの地域では放射線障害は全くほとんど増えない可能性が高い。でも、住民は除染を望んでいる。


※ 斜体・紫字の部分は、kooo36さんのコメントを受けて10/16に追記。



 さて、そのような中で、除染に何兆円まで使うべきなのでしょうか。