台風12号での熊野川の洪水は人災か? | 霞が関公務員の日常

台風12号での熊野川の洪水は人災か?

 おととい(9月14日)、私が住んでいる地域の毎日新聞の朝刊1面トップに、こんな記事 がどどーんと載っていました。


台風12号豪雨:ダム事前放流せず 洪水対策規定なく

 台風12号で氾濫した熊野川上流域にある11ダム中6ダムを持つJパワー(電源開発、東京都中央区)が、水系で最大の「池原ダム」(奈良県下北山村)などで洪水発生に備えて空き容量を確保する操作「事前放流」をしていなかったことが分かった。さらに、最下流部にある別のダムでは大雨・洪水警報が出た後で本格的放流を始めており、増水と放流が重なった。地元自治体からは「ダム放流は人災」などとする声もあがっている。

 (中略)

 今回の氾濫に関し和歌山県新宮市議会は「ダム放流は人災」などとして同社に説明を求めている。
 Jパワー広報室は「運用上、洪水調整をする規定はなく、洪水調整を目的とした放流はしていない」としたうえで「ダムの水位を維持するための放流はしたが、(水の流入が多く)結果的に水位は上がっている」と説明している。

 熊野川懇談会発足当時の委員長だった江頭進治・政策研究大学院大客員教授(河川工学)は「川で利益を上げている以上、事業者も社会的責任を果たすべきではないか」と指摘している。


霞が関公務員の日常 ←「池原ダム」のイメージ画像


 読んだ瞬間の感想は、「Jパワー(電源開発(株))のダムってことは、治水目的を含まない発電専用のダムだろ。事前放流していなかったことが『わかった』も何も、しないのが普通じゃん。毎日新聞、いい加減なこと書きすぎだろ」というもの。


 当たり前ですが、治水用のダムと発電用のダムでは放流のやり方が異なります。
 大ざっぱに言えば、治水用のダムでは大雨が降る前にダムを空にして、大雨が降っている間は貯めて放流を減らします。
 発電用のダムにとっては貯まった水は財産なので、雨予報でもあまり放流せず、大雨が降った段階で流れ込む量をそのまま放流します。流れ込む量より多くを放流するわけではないので、洪水を助長することはなく、ダムがない状態と同じです。


 発電用のダムに事前放流をしろというのは、民間企業が自分のお金で作った施設を、治水という公共目的にタダで使わせろということ
 治水に責任を持つ行政との間で事前にルールが作ってあったならともかく、それもなく、民間企業の自主的判断で事前放流をしておけというのは、ムシがよすぎる。
 このダムの放流が今後大きな問題となり、Jパワーが起こした「人災」と評価される可能性は低いと思われます。



 しかし一方で、発電用でも治水用でも、ダムは水を貯めるという物理的な機能は同じわけで、異常な大雨が予想される場合に治水に協力してもらうルールは作れたはず
 何でそれをしておかなかったのか、惜しいという感想も持ちました。


 しかも、雨量を正確に予測できるなら、降雨後にはダムが満水になる(Jパワーに損が出ない)ように事前放流の量を調節できるわけで、トレードオフのないwin-winの仕組みになったかもしれないのに。
 雨が予測より大幅に少なかった場合だけJパワーに損が出るけど、それは補償すればいいし、今の気象予測技術でそんなに大外しが連発するとは考えにくい。


 現に、発電専用のダムを事実上治水に使っている例 もあるようです(ただ、放流のやり方を根本的に変えたわけではなく、もとからある空き容量を使っただけ)。

 犀川上流(梓川)にある奈川渡ダム・水殿ダム・稲核ダムおよび支流・高瀬川の高瀬ダム・七倉ダムは東京電力の発電用ダムであり、洪水調節は目的としていない。従って治水に対する責務は有していないが多目的ダムが少なく、かつ降水量の多い犀川流域においてはこうした発電専用ダムも治水対策として発電に使用する有効貯水容量を差し引いた総貯水容量の中から空き容量を使い、集中豪雨や台風の際には洪水を貯水することで事実上洪水調節を行っている

 平成18年7月豪雨では特に長野県で被害が大きかったが、被害の集中した天竜川流域に比べ信濃川・犀川流域では被害は少なかった。特に犀川では危険水位に到達するほどの洪水となったものの堤防からの洪水越流は起きなかった。これは洪水調節機能を持つ大町ダム(国土交通省直轄ダム)だけでなく、前述の5ダムが空き容量を使って洪水を貯水し、下流への放流を極力抑えたことによる。通常発電専用ダムは流入した洪水をそのまま放流するが、高瀬ダムや奈川渡ダムではこうした方法を用いて大町ダムと連携し洪水を抑え、下流の水害を防止したのである。

(ウィキペディア「平成18年7月豪雨」より抜粋)


 また、今回洪水のあった熊野川でも、同様に発電用のダムを治水にも活用することが、検討の遡上に上っていたようです。
 河川管理者の国が開催した「熊野川懇談会」という有識者会議で、2004~2009年に、治水、利水、自然環境などの議論をする中で、そういう案が出ていたそうです。


 ただ、議論が進む中でその案は弱まり、報告書からは消えてしまったそうです。
 部外者が「何でやらなかったのか」と言うのは簡単ですが、いろいろ難しい事情があったのでしょうね。
 詳しい事情も知らないで論評するのは避け、ここでは、報告書の文章がどう変遷していったかだけ紹介しておくことにします。


2007年12月7日 第6回検討会 検討会資料1

1.治水の現状と課題
1.2 課題
(2) 段階整備
(一部抜粋)
 具体的には、当面の河川整備について、つぎのように考えておく必要がある。治水用ダムの新規建設は必ずしも容易でなく、短期に整備できるものではない。一方、熊野川流域にはいくつかの発電、利水用のダムがあり、洪水初期に空き容量があると、その空き容量に洪水流入量を貯留することによって、下流への急激な洪水流出を緩和することに役立っていることがある。これらの副次的な効果を定量的に評価し、発電、利水用のダム群の容量の一部の治水目的利用を、河川管理の手段の一つとして位置づけられないか検討する

(3) ダム貯水池群の運用の基本的考え方(一部抜粋)
 熊野川においては、ダムが11箇所ありその全てが発電ダムであるが、貯水容量の大きな風谷ダムおよび池原ダムにおいては、電源開発(株)の自主的な運用による発電放流によって、空き容量が確保され、ここに洪水を溜めることにより、洪水時のピーク流量がカットされている。

 このため、現計画高水流量を目標流量とした場合、現在の計画による河川整備計画の実施と現在のダム運用方式により、人口が集中する直轄管理区間においては、洪水を防ぐことは可能と見込まれる。従って、基本的にはダム群の現状運用を大きく変更する必要はないと考えられる。

 また、計画高水流量を拡大する場合は、新たな対策の検討が必要になるが、その順序、内容は次のように考えられる

ⅰ)被害の軽減には、まず新規ダムの建設を含む河川整備で対応することが本筋である。熊野川本流ではダムサイトはないであろうが、支流での可能性を検討すべきである。
ⅱ)既設ダムの運用による軽減を考える場合、国交省所管の猿谷ダムの運用変更、増設等により、予備放流を含め、治水機能を付加することを検討すべきである。
 この場合、紀の川での新たな利水容量の確保も検討対象になると考えられる。
ⅲ)計画高水流量が河川整備での対応の限界を超える場合に、残りを発電ダムに協力を求めることは選択肢のひとつになろう

 また、現在既に電源開発(株)では洪水被害軽減対策で治水に協力しており、現状が発電側にとって損失の受忍限度と説明されている。これをより拡充させることは、発電側にとって、発電運用の幅の制約と、水位が回復しない場合の発電量損失が許容範囲を超えて大きくなることが問題となる。従って調整に当たっては、少なくとも減電補償措置が必要である。それでもこの方式は新規ダムの建設に比べればかなり安価である。また、最近の出水予測技術の進歩を考慮すれば、減電補償を要するケースはそれほど生じないと考えられる。



2009年3月24日 第9回懇談会 「明日の熊野川整備のあり方」報告書

(2) 段階整備(一部抜粋)
 
(2007年12月7日版にあった上記の段落は全部削除)

(3) ダム貯水池群の運用の基本的考え方
(一部抜粋)
 熊野川においてはダムが11箇所ありその全てが発電ダムであるが、貯水容量の大きな風谷ダムおよび池原ダムにおいては、空き容量が確保されていた時、ここに洪水が溜められ、洪水時の流量がカットされたことがある。このような洪水時のダムの運用について、今後、その方法などを考えていくことが望まれる

 ただし、河川整備基本方針においてはこれまでと同じ19,000m3/sが計画高水流量に設定され、ダムによらず河道掘削により洪水を流下させることとなった。このことは河道掘削と堤防整備により、人口が集中する直轄管理区間においては想定された洪水を防ぐことは可能と見込まれるということなので、基本的にはダム群の治水運用への変更はないと考えられる


 この修正が持つ意味は歴史的経緯を知らないのでわかりませんが、修正前は「計画高水流量を拡大する場合」なんてあえて書いていたところを見ると、現行の19,000m3/sという計画高水流量を超える洪水を心配する意見がけっこうあったはず。
 それが、修正後は計画高水流量を19,000m3/sのまま拡大しなかったんだから、今のままの対策で十分で、発電用ダムを治水運用する必要はないということになった。


 計画高水という想定に絶対的な価値を置いている感じで、いつもの想定外・想定内かと感じます。もう少し柔軟にならないものかねぇ(いかん、論評してしまった)。

 ちなみに、今回の洪水では、速報段階で未確定ですが、計画高水流量を超える最大22,000m3/sの流量があったと報じられています


 津波でも大雨でも、想定内なレベルなら現状のハードでだいたい大丈夫なわけで、本来は、想定外の事態にどう対応するかこそが最大の課題のはず。
 想定外の事態になる可能性があるかを事前に判断するのが難しいけど、3.11の津波は地震発生直後に、今回の台風12号は上陸2~3日前に、その判断はできたと思えます。


 想定外の事態を想定した防御策を準備し、今が想定外の事態になる可能性があるかを的確に判断し、その可能性があると判断したら迷いなく防御策を発動する、ということが求められていると思います。
 (求めるのは簡単だねぇ。お前が来てやってみろって感じですね)



 ということで、今回の責任追及より、今後の話として、発電用のダムでも何でも使って、想定を超える洪水をどう防ぐか、議論を深めていってほしいと思います。
 もちろん熊野川だけでなく、想定を超える洪水がありうると心配されているその他の河川についても。