原子力安全庁 環境省外局に | 霞が関公務員の日常

原子力安全庁 環境省外局に

 長らくごぶさたでした。ブログ更新再開です。


 さて、経済産業省の原子力安全・保安院と内閣府の原子力安全委員会を統合して「原子力安全庁」を作り、環境省の外局として置くという報道がありました。

 各新聞ともいろいろ報じていますが、毎日新聞の記事(<原子力安全庁>実行力は未知数 環境省内にも戸惑い )が、このニュースの持つニュアンスを最もよく伝えている気がします。


 政権末期の決定が次の内閣に引き継がれる保証はないので、本当にこうなるか不透明ですが、いちおう感想など書いてみます。



1.どの省庁に置くかという形式より、中身が大事
 まず根本的に、どの省庁に置くかという形式がそれほど重要とは思いません。
 重要なのは、電力会社と対等に議論できる「知識」と、原発の安全性を常に疑う「マインド」を併せ持つ技術者集団をどうや
って確保するかという中身です。


 そして、外部から見るとマインドの方が重要に見えがちですが、本当に重要なのは知識の方です。
 マインドを変えるのは1秒でできますが、知識を得るのには10年かかりますから。


 大規模なプラントの安全規制の場合、規制する側の行政の担当者は、規制される側の事業者の担当者よりも知識が足りないことが多いです。
 これは公務員が無能とか怠慢なのではありません。必然的にそうならざるを得ないのです。24時間365日、自分でプラントを動かして微妙なクセまで熟知している人に、それを傍から見ているだけの人が知識で勝てるわけがありません。


 安全性を疑う「マインド」があっても、知識が足りないから、事業者の言葉を信じるしかなくなり、安全上の問題点を指摘することができなくなる。
 そういう悪循環をいかに断ち切るかが、もっとも重要な課題だと思っています。


 まあ、こんなことは私に言われなくても政府の偉い人は100も承知でしょうから、報じられていないだけで、十分に検討されているものと思いますが。


 私は、担当者の多くを原発運転の経験者とすることが有効と思います。公務員から電力会社への出向と、電力会社or下請会社からの中途採用を組み合わせて。
 一見、癒着に見えるかもしれませんが、まずは十分な知識を持つことを優先し、後からマインドを植え付けるという順番が正しいと思
っています。



2.環境省案、内閣府案、独立委員会案それぞれのメリット、デメリット
 どの省庁に置くかはそれほど重要ではないという前提の上で、いちおう、どの省庁に置くべきかについても考えてみます。

 政府が選択肢としていた環境省案、内閣府案のほか、公正取引委員会のような独立委員会(いわゆる「3条委員会」)とする案も論じられている(自民党の河野太郎議員のブログを参照 )ので、この3案のメリットとデメリットを見てみます。



(1)内閣府案
 内閣府案のメリットは、通常の省庁より総理に近いことに由来します。
 具体的なメリットは2つあって、事故のとき総理をトップにした危機管理が機能しやすいことと、通常の省庁より権限が強いので経済
産業省を抑え込めること。


 総理をトップにした危機管理が機能しやすいのは、担当大臣である「内閣府特命担当大臣」がいわば旗本なので、総理の指示に従って動くから。
 担当大臣が「各省大臣」だと、一国一城の主なので、総理の指示より自分の考えで動き、指揮命令系統が分裂しがち。菅総理と
海江田経産大臣の関係のように。


 通常の省庁より権限が強いのは、制度的に内閣府が通常の省庁より一格上とされているためですが、実質的にそうなる条件として、時の総理がその案件に強い関心を持ち、特命担当大臣を支持していることが必要です。

 小泉総理と竹中経済財政担当大臣(兼・郵政民営化担当大臣)の関係のように。


 当初は総理の強い関心と支持のもと、経済産業省を抑え込めるでしょうが、時がたち総理の関心が薄れ、特命担当大臣も他の担当との兼任になっていくと、そのメリットはなくなり、逆に全く力を失ってしまう危険性もあります。

 福田総理の肝いりでできた消費者庁。今の担当大臣誰だっけ?(調べてみたら、菅内閣の1年間で、荒井聰(国家戦略相)→岡崎トミ子(国家公安相)→細野豪志(原発事故担当相)と変遷。いずれも他の担当が主の兼任)


 内閣府案の最大のデメリットは、原発推進側からの独立性が保たれないこと。その大きな理由は人事の面。
 内閣府は技官を採用していない(今年採用のⅠ種職員は事務官10、技官0)ので、内閣府の中で原子力技官の人事をうまく回せず(原子
力安全庁の中だけで回すならできるが)、半永久的に経済産業省からの出向者が主力となる可能性が高い。


 仮に環境省であれば、今年採用のⅠ種職員は事務官6、技官12(物理化学系6、自然系6)。原子力技官が加わっても他部局と相互交流させることができ、出向ではなく片道切符の移籍と新規採用を主力とすることが可能。


 それと、内閣府は本来、時の政権の重要課題に対応して柔軟に編成されるべき組織なので、恒常的な事務である原発規制を持たせるのはそぐわない気もします。
 ただでさえ、金融庁やら消費者庁やら、他省庁で問題があるたびに内閣府に外局が増やされて肥大気味だし。


 内閣府案は、ざっくり言えば、今より悪くなることは絶対にない手堅い案
 今の原子力安全・保安院体制を60点とすると、当初は80点を見込めるが、だんだん効果が薄れ、最終的には今と同じ60点に落ち着くとい
うイメージでしょうか。



(2)環境省案
 環境省案のメリットは内閣府案のデメリットの裏返し。
 原発推進側からの独立性が保たれることと、総理の関心が薄れても環境大臣がいることで安定した政治力が維持されること。


 原発推進側からの独立性はやや怪しい。環境省は経済産業省ほどではないにせよ、地球温暖化対策という面で原発推進側の一員だったわけですから。
 ただ、イメージとしては、経済産業省を牽制する役割はふさわしい気もするし、大気汚染などの公害規制と親和性がある気もします。


 環境省案のデメリットは、そういう「何となくふさわしい」イメージを実体化する実力が、環境省に備わっていないかもしれないという点。
 特に、危機管理能力の弱さと原子力技術者の不在が課題


 これまでの環境省には、災害対応のような緊急時の危機管理能力が問われる業務はほとんどなかったはずです。
 組織の性格もそれに応じたものになっているはずで、緊急時の瞬発力を高める方向に変えないと、今の原子力安全・保安院よりひどいこ
とになるでしょう。


 原子力技術者の不在については、当初は保安院の職員を丸ごと受け入れ、その後、経済産業省に戻る出向ではなく戻らない移籍の割合を増やしていくのでしょう。
 そこまでは簡単ですが、既存の環境省の部局との融合をどう図るのか。人事交流をするのは当然ですが、両方の長所を伸ばす方向に働
かないと意味がない。


 変な壁が残るようなことがあれば、これまた保安院よりひどいことになるでしょう。
 内閣府は寄り合い所帯が前提の組織なので、壁があっても相互不干渉で問題なく機能するようにできていますが、通常の省庁はそうは
いかないですから。


 環境省案は、今よりよくなることも悪くなることもある、冒険的な案
 当初はメリットとデメリットが相殺されて60点、長期的には80点にもなれば40点にもなるというイメージでしょうか。



(3)独立委員会案
 独立委員会案のメリットは、原発推進側からの独立性。この点では環境省案よりも優れているでしょう。 


 ただ、いろんな意味で未知数なのが怖いところ。
 同じ国家行政組織法第3条に基づく「3条委員会」としては、公正取引委員会が比較的うまく機能していると思いますが、同じようにいくものかどうか。


 500人規模の独立した小さな組織が、「知識」と「マインド」を併せ持つ技術者集団を安定的に確保できるのか、という点が懸念されます。
 あと、大臣がいなくなり、委員長が組織の顔になります。政治と渡り合う胆力を持つ原子力技術者が得られるでしょうか。専門知
識はあっても胆力のない技術者より、アホでも政治力のある大臣がトップの方がよかったということになりかねません。


 環境省案よりもさらに冒険的で、環境省案が40~80点なら、独立委員会案は30~90点というイメージでしょうか。




 どの案も一長一短ですねぇ。正直、どの案がいいのか迷います。

 冒険的な環境省案を選ぶあたりが菅内閣らしいかな。民主党の保守系出身者や自民党ならオーソドックスな内閣府案にしたでしょうね。

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 ま、最初に書いたように、どの省庁に置くかはそれほど重要ではありません。
 とはいえ、霞が関で働く者としては関心があるので、生暖かく見守ることにします。