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日本初のオリンピックカヌー選手『本田大三郎』

テーマ:geonous
2006年04月14日(金)
波2005/7/3 東京オリンピック~日本初のカヌー選手『本田大三郎』

澤田:今日は日本のカヌーの歴史を作ってきたと言っても過言ではありません。すごい情熱持っている方です。カヌーイストで本田カヌースクール校長の本田大三郎さんを紹介します!

船インタビュー1)カヌーとの出会いは!?
本田先生
澤田:今日は三浦海岸まで来ました。本田大三郎さんにお話を聞きたいと思いますが、今日初めてお会いするんですけど、お年を聞いてなんと70歳と!全然見えないですね。カヌースクールを経営なさって現役でインストラクターまでされてるんですね!
本田:いやいや、恥ずかしいな~(笑)
澤田:さっきから携帯電話でバリバリお話をされてたのを横で見てたんですけど、怒鳴りちらしながら、、、、、(笑)相手は生徒さんですか?
本田:いやいや(笑)37歳くらいの女性ですよ。OLの方でカヌー乗ってるんですが、カヌー以外のことでいろいろ相談がくるんですよ。
澤田:本田さんはなんと東京オリンピックでカヌー選手として出場なさったということなんですが、今日はその辺のお話をお聞きしたいと思います。本田さんがもともとカヌーに出会ったきっかけとか、オリンピックに出場された経緯があると思うんですが?
本田:そうですね。私はもともと球技の選手です。ハンドボールをジャパンクラスでやってたんです。私の本職はハンドボールとかラグビーなんですよ。
澤田:はぁ~あ。そうなんですか?
本田:田舎が熊本で、高校時代はハンドボールのキャプテンをしてて日体大にハンドボールで入ってずっとハンドボールで生きてきてたんですよ。それでなぜカヌーをやったかというのはですね、昭和36年頃東京でオリンピックがあるということで、それにはハンドボールが種目は入るということだったんですよ。それでその頃今の自衛隊の体育学校で、当時は陸上自衛隊の体育教育科といって久里浜の通信学校の中の一分野だったんですが、そこでハンドボールとラグビーを教えてたんです。ところがですね、実際に東京オリンピックの競技種目が発表になると実はハンドボールは入ってなかったんです。
澤田:えっ!入ってなかった?
本田:はい!なぜかというとですね、これはなかなか知られてなくて面白いんです。(笑)日本でですね、東京オリンピックをやるには開催国としては金メダルをとらなきゃいかん。当時も金メダル絶対主義ですからね。可能性があるものは何かっていうとバレーボール!これは当時オリンピック種目じゃなかったんですね。だけど日本のバレーボールなんていうのは連戦連勝してたからね、日本は絶対金メダル獲れるよと、これを入れなければいけないということがひとつ!また日本でやるのであれば国技である柔道か相撲を入れなぁ~あかん!こういうことで、柔道入れようとこういうことになった。これは絶対に全部金メダル獲れるだろうということでこれがひとつ。他の種目でもし負けたとしてもこのふたつはメダルは獲れるよと。これを日本がオリンピック委員会にごり押ししたわけ。そしたら向こうからこれと引替えの条件として、当時、日本のバレーボールくらいヨーロッパでは盛んなスポーツがありますよということで提案されたのがカヌーなんです。
澤田:ほ~ぉ!
本田:向こうでのカヌー人口は日本の野球以上に多いわけですよ。それでカヌーを入れたら引替え条件で柔道入れるよと。もうひとつバレーボールとの引換条件として出されたのが、クーベルタンが遺言でずっと残してきた、「いかなることがあっても、近代五種だけはオリンピックの中に残しなさい」という言葉!これを守っていくためにも近代五種を入れろと。日本で近代五種なんて当時、何のことなのか全然わけわからないからない種目だったんですよ。
澤田:なるほど!
本田:さぁそのかけひきで種目が削られていったのがハンドボールでございます。(笑)
澤田:それは結構ショックですよね。
本田:まぁ~ハンドボール協会の上司とか私たちが当時習った日体大の荒川先生だとかハンドボール協会の理事長なんか、それはもうかなりショックでしたよね。我々もなんか心の支えを失ったような気がしてたんですね。そんな矢先に自衛隊の体育学校というのが発足して、自衛隊はオリンピックに向って突っ走るぞということで23人の自衛官が東京オリンピックに参加することができたんです。この中にはマラソンの円谷幸吉なんかがおります。そしてその中にカヌー種目も入ったわけです。それでカヌーをやるということでハンドボールで出場できない者も意気揚々としたんですが、カヌーなんてちんぷんかんぷんなんですよ。(笑)。面白いことがあったのは、当時カヌーの合宿で、『全日本カヌー合宿場』という看板をかけて合宿してたらですね、横書きにしてあったんですよ。そしたら近所のおばぁちゃんが来てね、みんないい体してるでしょ。あんたたちはさすが、『力又一(チカラマタイチ)』と言うだけあっていい身体してるねぇ~って。(爆笑)すごいね~、『全日本力又一(チカラマタイチ)』ってのは腕相撲やるのかい、何やるのかい?ってこうだったんですよね。それくらいカヌーなんて訳わかんなかったんです。
澤田:なるほど!(爆笑)
本田:でもハンドボールが削られたんだったら、くそ~カヌーでオリンピック出てやるか!とこういうことですよ。『シャクにさわるなぁ~頭きたぁ~じゃあやるべ~』って!

< ミュージックブレイク1the jhon butler trio 「Treat you mama」>
本田スクール
走る人インタビュー2)700mまでのゴールドメダリスト!
本田:そういうことで、僕らはまず勝つことはないだろうと思いました。けど当時、心おの中では、何が毛唐なんかに負けるかい!昨日今日始めたカヌーだってくらいつてだって勝ってやるわ!ってね。(笑)これ格闘技だったら相手の親指にくらいつくことできるけど、セパレートされたコースの中じゃそんなことできませんもんね。だからただがむしゃらに漕ぐしかないんですよ(笑)
本田:私がどう戦ったかと言いますと、私たちがやった競技は1000m競技。カヌーを始めてわずか3年くらいでオリンピックが来るんですよ。そうするともう日詰めでやって365日の3倍が我々の到達目標。そこまでの間に自分たちがどこまでやれるかです。今現在の最大の力と最高のものの考え方を全部そこに入れていきました。とにかく今持っている自分の最高のもの、それが今日は10m行った、明日10m2cm行った、この積み重ねをずっとやっていったんです。遂にそのスタートの時です。とにかく自分の持ってる最高の力を出してしまう。1000mだから割り振りをしてどこでどう漕げばいいなんて計算は一切しなかった。その力を発揮できたところが700mまでだったんですよ。500m通過トップです!700mで力尽きてしまいました。これがあと何日か何年か練習期間があったら、このままで行けば・・・。
澤田:ラスト300m!行けたかも。
本田:うん。そしたら恐らくゴールドメダリストだったでしょう!だけど僕はいつも思ってる。メダルなんてものは1個しかないんだから、1個しかないものを世界で取り合いっこするんだから、僕は700mまでのゴールドメダリストだって誇りに思ってる!!
澤田:700mのメダリストですね~。
本田:だから人生っていうのはみなさんに失礼な言い方だけど、何もかも成し遂げて死ぬ人なんてお釈迦様でもなかったと思う。全部やり残したから次の人に継承していくんだと。
澤田:いや~貴重な話ですね。ありがとうございます。先生ちょっと話が変わるんですが、僕なんかあまりカヌー乗ったことないんですけど、カヌーの楽しさというのはその後見えてきたんですか?
本田;カヌーっていうのはね、もともと楽しいものなんですよ。人間っていうのはバカなものでね、自分の能力もわからんで二つ並べればすぐ競争したがる!お母さんがあんた一番にならなきゃって小学生に激をとばしてたりするんですけど、楽しまなきゃ!スポーツというのは遊びと同じで楽しさの連続じゃなきゃいけない。
澤田:なるほど、なるほど!
本田:苦しさなんて教えちゃいかん!そんなものはおのずとついてくる!ルールなんか教える必要ない。ルールなんか守らなきゃ自分がはみ出しもんになっちゃうからあとでわかる。最初からルールでございます、気をつけ!休め!ばっかり教えてたって強くなれるかよ!そんなものあとでついてくる。だから楽しさの連続じゃなきゃいけない。楽しさの連続ってのはどういうことかと言うと、ほどほどであるということ。
澤田:最後に今の若い人たちに何かメッセージをください。
本田:そうですね。精神訓話みたいなことは言えばキリがありませんから、これはあくまでも哲学的なことはですね。これは個人差がありますけど若い人たちにやっぱり期待してるのは、スポーツにも人生にも引退はないということ。(笑)高校生が夏休みの中頃になると野球部の子たちがもう引退しました~なんて言うんです。冗談言うなって!まだ始めたばかりじゃないか、引退なんて・・・スポーツも人生も引退はないよ。それは常に楽しさの連続でなければダメだ。楽しくてしょうがなくて、死ぬ直前まで楽しいから、三途の川の向こう岸でもカヌー漕いでるよと言うくらい楽しさの連続、これがスポーツでなきゃならない。

<ミュージックブレイク2jack Johnson 「Sitting waiting wishing」>

手裏剣感想)
澤田:ということで、本田さんの話を聞いてもらいましたけども、なんと70歳とは思えないバイタリティでした。身長は175cmくらいあるんじゃないですかね。
澤田:でも『チカラマタイチ』すごいでしょ?
安田:おもしろいですね~。
澤田:でもあの当時はね、カヌーって字はねカタカナで書くとやっぱりね、普通のおばちゃんはそう思いますよ。力に又に一。『カヌー』よくわかりますよね!(笑)カヌーって読めないかもしれない。
安田:確かに、おもしろい。落語みたいですよね!
澤田:お話にあった通り1000mを競争して700mまで力つきてしまったということでホントに目に涙をためて説明してくれましたから、よほどの思いがこみ上げてきたんだろうね。まぁしょうがない!ジオノスからですね700mのゴールドメダリストとして認定をさせて頂きましょう。(笑)
安田:そうですよね。700mまでは、1位だったんですもんね~。
澤田:本田さんおっしゃっていましたけど、スポーツ選手は真似されるようなしっかりした人間にならなきゃいけないっていうことを実はこのインタビューの後に言っていたんですね。いわゆる心と体と技、心技一体これをきっちりとやっぱり作るっていくのが大切だと思いました。
安田:そうですよね。子供がプロ野球選手を見て憧れて、具体的に自分の大好きな選手が決まって、それで実際自分もプロになりましたって人が最近出てきてますもんね。
澤田:そうですよね。だからやっぱりね、今後指導する側の人間はそういうようなことを考えて、立派なインストラクターとかコーチになってほしいというような話をしてましたよ。ちなみにおもしろいこと言ってましたよ。本田カヌースクールのモットーは、『ゆりかごからゆりかごまで』なんですって。楽しくて楽しくてしょうがない、でもその中で苦しいこともあるけども、それはあとからついてくる。とにかくゆりかごに乗ってるように楽しくてしょうがないスクールですって。最後に本田さんの言葉をもう一度!『スポーツは楽しさの連続である!!』

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