ところで、この頃、トゥパク・アマルの脱獄のことなどまだ何も知らぬ、隣国ラ・プラタ副王領に遠征中のアンドレスたちは、如何なる状況になっていたであろうか。
ここで、暫し、彼らが陣を張るソラータの戦況に話を戻そう。
和議を結んでスペイン軍をソラータから撤退させる作戦に失敗したアンドレス率いる当地のインカ軍は、今、再び、ソラータの包囲網を固めていた。
しかしながら、ソラータの街中には、敵軍によって巻き添えにされたインカ族の、あるいは、当地生まれのスペイン人の、それら何の罪も無い市民たちが、以前と同様に街中に立て篭もらされたままでいた。
インカ軍とソラータのスペイン軍との和議が決裂した今、敵兵たちのみならず、巻き添えにされた市民たちは、再び、食糧や生活物資の補給路を絶たれ、このまま包囲戦が長引けば、また過酷な飢えに襲われることは目に見えていた。
しかも、アンドレスに捕えられたスペイン側の将スワレス大佐の代わりに、現在、当地の「籠城」軍の総指揮を執るピネーロは、あくまで立て篭もりを続行する決意が固く、この情勢に至っては、いやがおうでも包囲戦の長引くことは避けられぬと予測された。
そのような戦況の中で、アンドレスが踏み切った行動は、自軍の兵たちをも驚かせた、というか、むしろ唖然とさせたほどであったが、彼は包囲網を敷き続けながらも、ソラータの市街への補給を再開したのである。
むろん、それらの補給物資は、市民たちへのものであったが、当地への補給ともなれば、立て篭もっている敵兵たちの手にも渡ることは明白であった。
が、それを自明の上で、アンドレスはソラータへの補給を再開した。
「籠城」した敵を燻(いぶ)り出す方法は、相手を飢えさせることによるだけではないはずだ、とアンドレスは考えていた。
(立て篭もる敵を、飢え以外の方法で攻め落とす――その方法を必ずみつけてやる!
市民の犠牲は、最小限に留めた上で…!!)
【物語概要】
『コンドルは飛んでいく』で謳い継がれるトゥパク・アマルの物語。
侵略者の圧政を打ち崩すべく立ち上がるインカの末裔たち。
その中心に立つのは、深き人間愛と麗しき風貌を備えたインカ皇帝末裔トゥパク・アマル。
そして、彼の意志を継ぐ若き将アンドレス。
そんなアンドレスを密かに慕い続ける農民の少女コイユール。
インカの復権を賭けた壮絶な反乱を縦軸に、悲恋、友情、主従愛、裏切り――それら多彩な人間模様を横軸に織りなす、風と葦笛の運ぶ物語。
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