「謎の絵描き 元さん」がブログを始めてから1年が過ぎた。

当初は、私の絵描きとしての活動を書くつもりで始めたブログだが、ツイッターと同様、原発問題の記事が増えてきた。

特に、最近は、震災瓦礫の広域処理問題や大飯原発の再稼働を巡る動きが慌ただしかったので、もう一週間以上も連続して原発関連の記事が続いてしまった。

日々あまりにも多くの情報が流れ込んできて全てに目を通しきれないので、後で参照するためのメモ代わりにしているのも理由の一つではあるが。



いくら原発問題が深刻で重要とはいえ、「絵描き」のブログに書くのは場違いに思われそうだが、実はそうでもなかったりする。


原発事故による放射線汚染が、日常生活の食品や製造業、輸出入などの様々な分野に悪影響を及ぼしているのと同様に、芸術の分野も原発問題と無関係ではいられない。



先ず、展示会そのものが台無しにされてしまう。

原発事故が起きた数ヶ月の間、海外の作品を扱った展示会が次々と中止になったことは記憶に新しい。

主なものだけでも、これだけある。


● ロシア国立エルミタージュ美術館所蔵のガラス工芸品展 (群馬県立近代美術館) 中止

「原発近い」と開催中止 ロシア美術館が汚染懸念 (47NEWS 2011年9月28日 14:09)


● 「トーベ・ヤンソンとムーミンの世界展」 (岡山県立美術館) 中止

● 「モーリス・ドニ」いのちの輝き、子どものいる風景展 (山梨県立美術館) 中止

● 「ジョルジョ・モランディ」展 (愛知県豊田市美術館) 中止

● ホノルル美術館所蔵の「北斎展」 (東京三井記念美術館) 中止

● 「プーシキン美術館展」 (横浜美術館) ※開催見合わせで延期

フランス政府の美術館総局に至っては、3月16日の時点で既に、国立や国立級の美術館に対して、日本への美術品輸送停止を通達していたほどだ。

地震、津波、原発事故。このトリプル惨事の影響で、海外の美術品を借りて開催する展覧会の中止が相次いでいる。 (ニュース漂流 2011年4月13日)


美術展中止相次ぐ…欧米など貸さず (読売新聞 2011年4月15日)


今年に入ってからも原発事故が「収束」などしていないことを裏付けるように、ベン・シャーンの巡回展が、福島県立美術館への作品の貸し出しを取りやめていた。

米美術館、福島だけ貸し出し拒否 ベン・シャーン巡回展 (朝日新聞デジタル 2012年2月25日)

福島県立美術館は、1954年の米国のビキニ環礁での水爆実験で被曝した第五福竜丸の乗組員を題材にした「ラッキードラゴン」シリーズの一部も所蔵している。

核の問題などをテーマにした作品を残したシャーンの巡回展が日本の核事故によって変更されるとは、あまりにも皮肉だ。



美術界にまでこれほどの迷惑をかけた原発事故の下手人である東電は、自分達の利権を墨守することに夢中で、被害者への賠償は遅々としている。

ところが、東電の賠償費用捻出のための資産売却にも、美術品が絡んでいた。

「東電、保有絵画売却へ=有力画廊に販売委託」
(時事ドットコム 2012年1月26日)

この売却で得た資金は、簿価の1割弱しかなかった上に、売却先も明らかにされなかった。どこまでも隠蔽体質だ。

次に、東電はオークション制度を導入したが、高価な美術品の中には、保存状態が悪いものも多いという。

東電は「印象派の絵画」も持っているそうだが、一体誰がどういう基準で、どんな作品を選んだのか気になる。

「東電、美術品売却にオークション導入 高値売却、透明性向上狙う」 (MSN産経ニュース 2012年6月4日)




こうした原発事故による企画の中止は、音楽の分野も例外ではなかった。

生身の人間が演奏するのだから、数多くの演奏会も中止や変更を余儀なくされた。


● 長崎県美術館を訪れる予定だったレッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジの来日中止

原発事故の影響で…ジミー・ペイジ来日中止 (スポニチ Sponichi Annex 2011年3月29日)


● ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の来日中止

ニュース漂流 2011年4月13日)


● 第16回宮崎国際音楽祭に出演予定だった外国人演奏家8人が参加を辞退

「バイオリニストらが音楽祭辞退 原発事故に不安 宮崎」 (朝日新聞 2011年4月22日)

プログラム変更 (第16回宮崎国際音楽祭 公式ブログ)


● アンネ=ゾフィー・ムター公演(5月5日~5月9日) 中止

● 「フィリップ・ヘレヴェッヘ 指揮 コレギウム・ヴォカーレ」(6月2日 東京オペラシティコンサートホール) 中止

● 「オルガ・シェプス ピアノ・リサイタル」(4月26日 武蔵野市民文化会館小ホール)中止

● 「《ロシア・ピアニズムの継承者たち》第2回アレクセイ・リュビモフ」(4月23日)公演延期

● 「ジョン・ウィリアムス ギター・リサイタル」 (10月20日 武蔵野市民文化会館小ホール) 中止

● 「ノルウェー・アークティック・フィルハーモニー管弦楽団」公演 ( 6月17日 武蔵野市民文化会館 大ホール) 中止

● 「五明カレン&クリスチャン・ポルテラ デュオ・リサイタル」公演 (5月17日 武蔵野市民文化会館 小ホール) 中止


● フランス国立リヨン管弦楽団公演中止 (6月12日 武蔵野市民文化会館大ホール) 中止

2011年6月12日フランス国立リヨン管弦楽団公演中止のお知らせとお詫び (財団法人横須賀芸術文化財団)


● トランペットのセルゲイ・ナカリャコフの5月22日から6月11日までの日本公演の中止 (※ ロシア国内においてチェルノブイリ原発事故を経験した家族の大反対による中止の判断)


● 「シュトゥットガルト室内管弦楽団」公演 (武蔵野市民文化会館小ホール 6月13日) 中止


● ドイツのバイエルン国立歌劇場が行う日本公演で、団員約400人中約80人が参加を拒否

独歌劇場の80人、日本公演拒否 原発懸念、補助団員が代役 (47NEWS 2011年9月17日)

団員80人が日本公演拒否=放射能心配―独名門歌劇場 (時事通信社 2011年9月16日)


● 「チェコ国立ブルノ歌劇場」 来日中止

第35回名古屋国際音楽祭「チェコ国立ブルノ歌劇場」来日中止のお知らせ (名古屋国際音楽祭 公式ホームページ)


これらはほんの一部で、海外演奏家の相次ぐ来日中止による損害は、甚大なものだ。

東京交響楽団は、演奏会のキャンセルやチケット払い戻し等で、約1億円の損害を訴えている。

震災被害に対するご支援のお願い (東京交響楽団)


当然のことながら、日本クラシック音楽協会は東電に賠償請求することにしたそうだ。

音楽事務所団体が賠償請求へ 原発事故で演奏会中止 (47NEWS 2011年6月24日)

クラシック音楽協会が原発事故で損害46億円!! (NAVERまとめ)



こうした海外演奏家の反応に、「風評被害」などの言葉で批判するのは的外れだと思う。

事故当初、東電や政府が否定・隠蔽していたメルトダウンやプルトニウムの飛散などが、その後、次々と判明し、東北の農作物や魚介類から放射性セシウムやプルトニウムが検出され、東京都さえも少なからず放射性物質に汚染されてしまったことが明らかになった以上、これはもはや「風評」ではなく「実害」被害である。


そして、原発が芸術に及ぼす「実害」は、海外の美術界や演奏家が日本に来ないことだけではない。


それは、日本国内での(原発・核に関する)表現の自由が抑圧されてしまうことだ。

東電に財布の紐を握られているテレビや新聞などの大手メディアが現在も原発事故や放射線汚染の実態を殆ど報じないように、原発や放射線に否定的な展示会や映画は殆ど日の目を見ない。

特に、原発事故直後の「自粛」は酷かった。

目黒区美術館で4月9日から開催予定だった「原爆を視る 1945ー1970」展が、「放射能への不安が広がる中で(被災者なと)影響を受けている人々の心情な配慮して」中止されてしまった。

原発事故で「原爆展」中止に 目黒区美術館 (朝日新聞 2011年3月30日) 

経験を代置すること 目黒区美術館「原爆を視る 1945-1970」展の中止について (kk392のブログ 2012年5月7日)

だが、実際に見に来るのは東京の人達な訳であるし、放射線汚染の危険性が現実になったからときだからこそ、観てもらうべき展示会だったと思う。

表現を守るべき美術館が「自粛」の名の下に屈しては、隠蔽と捏造の常習犯である政府や電力会社の思う壺だ。


又、テレビも、事故前に放送が予定されていた映画『原子力戦争』や、黒澤明の映画『夢』、そして『ウルトラセブン』の第26話「超兵器R1号」の放送を次々と中止した。

ここまで来ると、「自粛」を通り越して、まるで戦時中の検閲だ。

憲法で保証された「表現の自由」への冒涜と言わずして何と言おう。


このように、原発は、表現の場どころか、表現の自由すら奪いかねない芸術の敵でもあるのだ。


原発は環境や人体にのみならず芸術にも有害なのだから、芸術家も原発に反対しなければならない。